16話
「リヒト、お前はどうしてここに居るんだ? ディンたちと一緒だと思っていたんだが……ゴホッ」
「まぁ、黙っていられなかったってことだよ」
リヒトとテルミナの二人と合流したアルヴィスたちは、ひとまず姿を潜めるために近くの空き部屋へと入った。埃が溜まっていて、かなり長期間利用されていない部屋だったらしく、思わず咳き込んでしまう。
「あまり長居したくない部屋ですね」
「でもグレイズ様、このお城はこういう場所多かったですよ? なんか必要じゃない場所は放置しているみたいな感じです」
「……テルミナに指摘されるようでは、この城の使用人たちはよほど疎かにしているのでしょうね。もしくは、最低限の人数しかいないということなのか。どちらでしょうね」
間違いなく後者だろう。予想よりも王城内への侵入は苦労しなかった。顔を隠し、内通者がいれば簡単に入り込める。ブラウが言うには、これでも警備は強化されているらしい。時折見回りらしき騎士が回廊を歩いている。通常であれば、これさえもないと。
「堂々と制服を来て歩いていれば、気づかれなかったぜ? 俺らなんて仕事も押し付けられたくらいだ」
「……制服だけでか?」
「な? あり得ないだろ?」
衝撃的過ぎる内容だ。それがこの国の王城で働く者たちなのか。一体どうして。
「アルヴィス殿、まずは私たちの出来ることをしましょう」
「そうですね。出来れば全体がどういう状況なのかを知りたいところですが」
「あー! そうだ、アルヴィス。一応言っておかないとと思うんだが……」
突然リヒトが声を上げる。何かを思い出したにしては、歯切れが悪い。物事をはっきりと告げるリヒトには珍しかった。
「どうした?」
「いやあのさ……俺らも仕事押し付けられたって言ったよな? それ、もう一人いてさ」
「もう一人?」
「お前の部下なんだろうけど、近衛の中にはいなかったから多分侍女とかそんな感じの」
「アンナか……」
「お、心当たりあるのか? その人がさ、宰相の部屋に向かったんだよ」
この場にいたリヒトとテルミナ以外の三人の動きが止まる。宰相の下に向かった。アンナが。確かに王城内に行くとは言っていたが、何故そんな懐に飛び込む様な真似をするのか。
「どうなさいます、アルヴィス殿?」
「……あいつ」
侍女として接することが多かったが、武芸に長けているというのは聞いていた。そしてアンナが影の一人だというのならば、長けているという程度ではないのかもしれない。勝算があるからこそ、飛び込んでいった。というのならば、アンナが無事であることを信じるしかないだろう。
「大丈夫でしょう。アンナなら、万が一の場合でも切り抜けられるはずですから」
「お前さんがそういうなら構わねぇが……ってことはそっちは任せるか」
「その方がいいでしょうね。私たちが策もなく向かうのは、却って邪魔になります」
尤も危険だと思っていた宰相の状況。それはアンナに任せる。ということであれば、こちらは国賓たちの状況を知りたい。
「リヒト、ディンたちは今も部屋にいるか?」
「わからないな」
「そうか」
リヒトが出た時、ディンたちはそのまま部屋で待機していた。恐らくその後も自ら動いてはいないだろう。無事がどうかも含めて、一度貴賓室に戻って見たいところだが。
「止めた方がいいだろう。あっち方面に行くには、この奥にある回廊を通って上にあがらにゃきゃならんが、その先は見回りがあちこちにいる」
「……もしかすると、テルミナやリヒト殿が不在なのを知って探しているのでしょうか?」
「かもしれんな」
名前を記載されていなかったことから安堵していたが、そうもいかないということか。もしかすると、今回の同行者を全員葬るつもりなのだろうか。そこまですれば、完全に他国を敵に回す。そうなっても構わないのか。
「アルヴィス」
名を呼んだリヒトがアルヴィスの額を突く。
「リヒト」
「考えるのもいいけどよ。まずは助けることを考えようぜ。今日なんだろ?」
「……だがどこにいるのか」
「「……」」
処刑を実行するとなれば、拘束されていると考えるのが普通だ。ディンたちが容易に捕まるとは考えにくいが、今回はアルヴィスを盾に取られているようなもの。近衛騎士として王族を人質に取られていれば、反抗することはしない。この場合は、ディンたちがアルヴィスが無事であることを知っている前提だが、恐らくアンナが何らかの形で伝えているものと思いたい。
「なぁアルヴィス。お前さ、学園でやったアレは出来ねぇの?」
「アレ?」
「いつだったか、例の実戦経験を積むとかで野外に出たことが合っただろ?」
「あったかもしれないが、お前はサボっていたんじゃなかったか?」
野外演習という事ならば、何度か講義でもあった。ただ、その中にリヒトの姿はなかったはずだ。一体何のことを言っているのだろう。見当がつかずに、アルヴィスは困惑する。
「ランセルから聞いたんだよ。お前、その時に貴族の馬鹿どもがはぐれて迷子になったのを探してたんだろ?」
「……そんなこともあったな」
アルヴィスの前でいい恰好を見せようとした子息や、己の力量を見誤った子息たち。学生らしく、実戦といっても小さな魔物との対峙から始まる。そのことに憤慨した一部の連中が、止めることも聞かずに暴走して本来のルートを大きく外れた場所まで行ってしまったことがあった。
あの時は面倒事に関わりたくなかったため、アルヴィスも積極的に動くことはなく、シオディランと呆れる程度だった。ただ、彼らは戻ってこなかったのだ。曲がりなりにも貴族子息。行方不明などと言われてしまえば、学園が親たちから責められるのは必至。子息たちが勝手に行ったことだというのに。だからアルヴィスは仕方なく……。
「あれは、野外だからこそ出来たんだ。それこそ、人がいない場所だからこそであり、こことは状況が違う」
「けど、よく知っているマナなら感知できるんじゃないか? 全員じゃなくてもいい。一人でもいいんだからよ」
「簡単に言ってくれるな」
「出来ないことは言わないって。お前なら出来るから言っているんだっての」
マナの力は一人一人違う。そしてディンとレックスは、王太子となってから最も近くで守ってきてくれた大切な人達だ。そのマナが感知できないはずがない。そうまで言われてしまえば、アルヴィスとてやらないとは言えなかった。願うなら、この王城にマナの気配に長けた人間がいないことを願うだけだ。もしいたならば、アルヴィスの居場所も同時に知られてしまう。
「見つけ次第、直ぐにここを離れなければならない。それと……これはかなり疲れるからな、肩を貸してくれよリヒト」
「わーってるって」
「アルヴィス殿、一体何を?」
「探します。ここから、私の近衛たちを」
「えっ?」
目を閉じてアルヴィスは集中する。なるべく小さな力で、この王城内全域を探すように力を広げる。少ないと言っても人はいる。その残滓が邪魔をしているようで、なかなか当たりの人物が見当たらない。
「チッ」
「アルヴィス」
「違う……ここでもない……」
王城内は探したはずだ。だがどこにもいない。ならばもっと外れ、大聖堂か。それとも外か。そうした中で、何かが視えた気がした。と同時に、嫌な気配がアルヴィスを捕まえようとする。アルヴィスは直ぐにマナの放出を止めた。
「っ⁉」
「アルヴィス!」
「見つかった。ここを離れよう。直ぐに」
「あぁ。アルヴィス掴まれ」
「わかりました。テルミナ行きますよ」
「は、はい!」
「え? おい一体何が? ちょっお前ら待てって」
アルヴィスはリヒトに肩を貸して貰いながら、グレイズはテルミナと共に、そしてブラウは一人遅れてその部屋を出る。向かう先は、大聖堂。国葬が行われた場所と、貴族街とを繋ぐ広場だった。




