14話
グレイズの説得によって、協力させられることになったシザーズ。彼と共に次は、王城への侵入経路を考えることとなった。いずれにしても今日直ぐに実行することは出来ないため、アルヴィスたちは例の元侍女の実家へ戻る。
家の中に入ったところで、アルヴィスは頭痛を覚えて顔をしかめると、そのまま傍に在る柱へと手を突いた。
「アルヴィス殿⁉」
「おい、大丈夫かよ」
「……だいじょうぶです。少し眩暈がしただけですから」
辛うじて倒れこむことはなかった。だが、鈍い痛みがまだ続いている。何度か深呼吸をしてから、アルヴィスは体勢を立て直した。すると、隣にいたグレイズがアルヴィスの額へと触れた。その体温の差はあまり感じられないので、熱があるわけではなさそうだ。
「熱はなさそうではありますが、やはり体調が悪かったのでしょうか?」
「いえ、そんなことはありません」
これは本当だ。この家から出て酒場へ向かう途中も、酒場でシザーズと話をしている間も不調は感じなかった。常に周囲を警戒し、マナを巡らせて状況を窺いながら行動していた。そのくらいの余裕はあったはずだった。酒場からここへ戻る中で疲労感はあったものの、アルヴィスの感覚では気にする程度ではなかったのだ。
「まぁ昨日の今日だしな。疲れが出たんだろう。あとで知り合いにでも食事を持ってきてもらうよう頼んでくる。お前さんたちは、暫し休んでな」
「感謝します、ブラウ殿」
グレイズと共に用意された部屋へと戻り、ベッドへ腰を下ろした。思わず安堵の息が漏れる。この場所とて完全なる安全が確保された場所ではないとしても、多少なりとも気を抜くことが出来る場があるだけでも違う。
窓際から空を見上げれば、直に陽も暮れそうだ。本来ならば、マラーナ国を出てルベリアへ向かっているはずだった。一日あればルベリア国内へと戻ることが出来る。帰国の報を待っているエリナにも、もしかするとマラーナ王国で起きた件が知らされているかもしれない。そうであったとしても、それを伝えた者を責めることは出来ないし、アルヴィスにそれを止めることは出来ない。ただ、叶うならばアルヴィスの言葉で伝えたかった。アンナが言うにアルヴィスの生存はルベリアへ伝えられているというから、エリナが取り乱すことはないだろうが。
「奥方が心配ですか?」
「え?」
「こう言ってはなんですが、アルヴィス殿お一人ならばこの国を出て自国へと戻ることも可能なのでは、と思いまして。であるならば、そうするのもまた一つの手段だと思うのですが」
それはマラーナの王都を強行突破するということだろう。強行突破といっても、包囲されているわけでもなければ手配されているわけでもない。堂々と王都を出て、国境へ向かえばいい。国境で身分等々聞かれれば多少強引な手をとるか、もしくは国境の門を通らずに国を出るという手段もないわけではない。後者だと一般人には到底無理な方法だが、アルヴィスならば可能だということだ。
この問いかけに、アルヴィスは目を伏せてから苦笑する。そのようなこと、グレイズから言われるまで考えもしなかったからだ。出来るかどうかではなく、そもそもアルヴィスがリヒトたちを置いて帰るという思考そのものがなかった。
「どうかされましたか?」
「いえ、そもそも思いつかなかったものですから。私が彼らを置いて逃げるという考えが」
「……」
「グレイズ殿もご存知だと思いますが、私は継承順位こそ高かったものの、その地位に在る可能性はほぼなかったという立場にいた人間です」
「えぇ聞き及んでおります」
「私と彼らは主従関係ではあっても、それだけの間柄ではありません。私が王族に戻される以前からの仲間、友人なのです」
表向きには王太子と近衛隊士、王城に仕える研究者。肩書で言えばただそれだけだ。ただそれ以上に、同僚として友人として過ごしてきた時間の方が濃かった。その意識が拭えないというのは王太子という立場にある人間として正しいとは思っていない。けれども、だからといってそれまでの関係がなくなるわけではないだろう。アルヴィスの考えとして、友人を置いて逃げるという選択肢は存在しない。本当に必要な時がくれば、それを選ばなければならないことはわかっている。しかし、今はその時ではない。
「今我々に必要なのは逃げることではない。この状況を知ること。それはグレイズ殿も同じでしょう」
「……」
アルヴィスがそう告げると、グレイズは目元をやわらげて不敵に笑った。
「その通りですね。すみません、試すような真似をしましたことお許しください」
「いいえ、先の件がある以上帝国側が探りを入れて来るのは当然でしょう」
先の件とは、すなわちジラルドの婚約破棄事件のことだ。王族としての立場と権利を軽視し凶行に走った。人の本性というものは、追い込まれた状況こそ現れやすいもの。帝国にアルヴィスを知る人間はいない。だからこの場で聞いてみたかったのだろう。
「探りというのもありますが……今更隠し立てをしても意味はありませんね。実は帝国の外交官の意見を聞くに、今後の関係性をどう考えるかを再考した方がいいという意見も出ていたので。例の方が王となった場合、そのまま関係を続けていいものかどうか、と」
「……状況は理解できますよ」
「当時の外交官が小柄な女性だったので、それも原因だったのでしょうけれども……色々とあったようでして。なので、アルヴィス殿が王位に立たれるというのは、帝国としても歓迎しているのです」
「ありがとうございます」
帝国の信用は勝ち取れたらしい。そのことに安堵しながら、アルヴィスは尚も視線を感じて顔を上げると、グレイズと視線が合う。するとにっこりとグレイズが微笑んだ。よくわからないが、アルヴィスも合わせるように笑みを浮かべる。
「……私個人としても、長い付き合いをしたいと思っておりますよ」
「? 何か?」
「いえ、こちらの話です。何にせよ、今宵は身体を休めて王城への侵入は明日になりそうですね。内部の様子を探るにしても、あまり時間をかけるのは得策ではなさそうですし」
「はい」
この日は食事をして早目に休むこととなった。そうした翌日、思いもしない内容が王城より発表された。
『ルベリア王太子殺害のため、以下の者たちを処する』
記された名前は、アルヴィスを落とした国賓たち。そしてアルヴィスと共にマラーナ入りしたディンとレックスの名前と、何故かガリバース王太子の名もあった。




