12話
ブラウの持って来た外套を羽織り、アルヴィスはフードを深く被った。暗い中であれば、髪色もそれほど目立たない。なるべく顔を見られない方がいいので、外に出る時も大通りを避けていくこととなった。裏路地を中心に使って、まずは貴族の居住区を抜ける。
「ここへ来た時も思いましたが、国全体が喪に服しているという雰囲気ではありませんよね?」
同じようなことはアルヴィスも感じた。国王の死ということを知らなければ、気にも留めることもなかっただろう違和感。それだけマラーナ王国において、国王が敬意を払う存在ではないということ。
「礼儀として口を噤んではいるんだが、俺らの心象的にはようやく来たかというのが正しいからな。ここまで生かしておいたんだろうな、と思っている連中のが多いと思うぜ」
「……」
ブラウ自身も、国王に対して敬意はもちろんのこと、大した義理も恩でさえも感じていないという。近衛騎士団にいたのも、ただその方が生きていく上で安全だったから。家族を持つ身であれば、国に仕えておく方が生きやすい。ただそれでも限界がある。近衛騎士団を解体したのはガリバースだが、潮時だったということなのだろうと。
「ブラウ殿、貴方のご家族は?」
「全員この国にはいない。外に出したからな……ただ、もう会うことはないだろう」
身分を詐称して、名前も何もかもを変えて他国に出したという。二度と会えないと話したブラウの横顔が陰る。そこにあるのは、今も無事でいるのかという不安と、会うことが出来ない寂しさなのだろう。アルヴィスは外套の下にある胸元のペンダントを握りしめる。
ブラウの決断をアルヴィスは理解出来た。恐らく同じ立場ならば、アルヴィスもそうしたはずだから。己よりも家族を。ただその決断は今のアルヴィスには出来ない。今ここですべきことは、生きてルベリアへ帰ることだ。それが第一に優先すべきこと。マラーナ王国で何が起きているのかを知ることも大事だが、そこを忘れてはならない。
「アルヴィス殿? どうかされましたか?」
「いえ……何でもありません。先を急ぎましょう」
貴族区を抜けた更に先を行く。路地は更に狭くなり、道もあまり整備されていなかった。その奥に、小さな店が見える。どうやら飲食店のようだ。
「ここだ。所謂、たまり場ってやつだが」
「ほう、たまり場、ですか。何やら興味がありますね」
「本当ならお前さんたちのような立場の連中を入れるのは、気が進まないんだが仕方ねぇ。何を見ても騒がないように頼むぜ」
「わかりました」
グレイズと顔を見合せて、アルヴィスは頷く。とりあえずブラウの指示があるまでは声も出さず、会話にも参加しない。それがブラウから最初に言われたことだった。
カランと音を立てながら扉を開けるブラウ。店内に入ると、アルコールの匂いが漂っていた。まだ明るいというのに、既に酒を飲んでいるらしい。
店内に入ってきたブラウに気づいた一人が、空になったコップを上げて名を呼んだ。その周りにも数人が酒を飲んでいる。
「旦那ー! 今日は連れがいるのか? 珍しいなぁ」
「あぁ、ちょっと昔馴染みと会ったんでな」
彼は近衛騎士団とは関係がない人らしい。ここの常連客で中々の情報通であり、ブラウが元近衛騎士団の人間であることも、そこの団長であったことも知っている。昔馴染みという言葉に、ほんの少しだけ眉を動かした彼は、その場に立ち上がると真っ直ぐこちらへと向かってくる。そして同行していたアルヴィスとグレイズを見定めるように覗き込んできた。
「随分と毛色が違うんだな。特にそっちの兄ちゃんは……こういう場所には不似合いじゃねぇか? 特にそっちの綺麗な顔の坊ちゃんはよ」
「……」
坊ちゃんというのは、アルヴィスのことだ。フードで顔を隠してはいても、全く見えないわけではない。挑発的な視線を受けても尚、アルヴィスはただ黙って見返すだけだ。余計なことは話さない。互いに視線を逸らすことなく牽制し合っていると、やがて彼は口元に笑みを浮かべた。
「訳あり、ってことか旦那」
「そうだ。深く聞くなよ」
「ただの坊ちゃんじゃないのはわかった。ただ、目立つ連中を連れ歩くのは感心しないな」
「それも仕方ないことなんだよ……」
「へぇー」
彼はそのまま奥の席へと移動する。その後をブラウが追ったので、アルヴィスらもそれに続いた。ブラウが彼の前の椅子へと腰を下ろし、アルヴィスとグレイズはその後ろに控える。
「部下共についてはある程度知ったと思ったんだがな、まだこんな若いのを隠し持っていたとは驚きだ。それで? クーデターでも起こす気になったのかよ」
「んなわけあるか。もう愛想は尽きている。無駄なことはしない主義なんだよ……」
「その割には、難しい顔をしているな。いやそうじゃねぇ……旦那、何に首を突っ込んでいるんだ?」
彼はそう言うと、指を鳴らして周囲にマナを展開した。これは防音用の結界らしい。その綿密な操作にアルヴィスは思わず目を見張った。ガヤガヤと聞こえていた声も一気に遮断され静音となる。
「これで周囲には聞こえねぇ」
「助かる」
「旦那には世話になっているからな。多少の事なら融通することも構わねぇさ。んで、本題だ。そっちの二人……旦那の部下じゃねぇだろ? 俺に誤魔化しはなしだぜ?」
ブラウは溜息を吐きながら、こちらへと振り返り頷いた。とりあえず彼は信頼できるらしい。ただ、それはブラウが信頼できるというだけなので、こちらの素性を話すことまではできない。
「こいつらは、アルとレイ。確かに正確には俺の部下じゃない。今回の国葬の参加者だ」
国葬の参加者というだけで、国賓――つまりは他国の人間であるということになる。彼はアルヴィスとグレイズを交互に見ると、溜息を吐きながら首を横に振った。
「なるほどなぁ。つまりはだ、国葬で何か問題が起きた。それに首を突っ込んだということかよ。旦那……苦労性だな」
「ほっとけ」
「まぁいい。俺はシザーズだ。情報屋をやってる。よろしく頼むぜ、坊ちゃんたち」




