閑話 想定外の少女
リヒト視点の続きです。
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帝国の皇太子に与えられた貴賓室。ノックもなしにリヒトは室内へと立ち入った。室内はどうやらアルヴィスに与えられた部屋と同じ造りになっているらしい。中を見回すが、マラーナ国の侍女や騎士らはいないようだ。安堵の息を漏らしたリヒトは、出来るだけ小さな声で呼びかける。
「誰かいるか? いたら返事をして欲しいんだけど」
その時だった。背中に冷や汗を感じ勢いよく振り返る。すると、そこには小さなナイフを持った小柄な少女。更に彼女は、リヒトの首に向けてそれを突き刺そうとしていた。
「……できれば、それを下ろしてもらえると」
「見知らぬ人が来たら、排除してもいいってグレイズ様から言われているので、それは出来ませんよ」
「グレイズ様って……あぁ、帝国の皇太子殿下だっけ」
そういえばアルヴィスからそのような名前を聞いたことがある。名前呼びをしているということは、この少女は帝国皇太子と親しい間柄なのだろう。
「君がこうして襲ってくるってことは、その皇太子も不在ってことだよな。当てが外れたか……」
「グレイズ様も? どういうことですか?」
「俺の友人もさ、昨日から戻っていないんだ。ルベリアの王太子なんだけどさ」
「え……? あのグレイズ様が気に掛けている王子様ですか?」
グイっと顔を近くに寄せてきたかと思うと、少女は目を輝かせてリヒトを見ていた。今の会話のどこに惹かれるものがあったのかはわからないが、どうやら警戒心は解けたらしい。首筋に当てられたナイフは下ろされている。一体いつ下したのかはわからないが。
「とりあえず、情報共有をさせてもらいたい。奥に行ってもいいか?」
「仕方ないですね。今回は見逃してあげますが、普通部屋に入る時はノックをするものですよ」
「へいへい」
確かにそれは正しいのだが、どことなくこの少女に常識を問われるのは納得し難かった。初対面で気配を悟られずに背後に回り、ナイフを突きつけるような少女の方が絶対非常識だ。この場にアルヴィスがいれば、お互い様だと呆れ顔をされそうだが幸いこの場にはリヒトとこの少女しかいない。
奥にある部屋に入り、リヒトは少女と向かい合わせの形で座った。
「まず自己紹介だな。俺はリヒト・アルスターだ。ルベリア王国から来た」
「テルミナ・フォン・ミンフォッグです。グレイズ様と一緒に帝国から来ました」
「ってことは貴族なのか。にしては、あまり令嬢らしくないなアンタ」
少なくとも王城に勤めてから出会った令嬢たちと雰囲気も、所作も全く違う。こちらの方が好感が持てる気がするのは、リヒトが平民だからなのだろう。距離感を感じさせないというか、気安さがあるのだ。
「えっと、よく言われます」
頬を掻きながら話すテルミナは苦笑いをしている。皇太子に随行しているということは、それなりの立場だろう。ならばテルミナの言葉通り、相当な人間に同じことを言われているのかもしれない。とはいえ、リヒトにとってはどうでもいい話だ。
「まぁそれはいい。んで、あんたは皇太子殿下が今どこにいるのか知らないか? 恐らくそこには俺の友人もいるはずなんだ」
「知りませんよ。私も教えて欲しいくらいです。昨日から帰ってきてないんですもん。目くらましの護衛として都合がいいとか言っておきながら、私を置いていくからですよ」
「護衛? あんたが? 嘘だろ」
「こう見えても私強いんですよ。訓練にだって参加してます! 私には、神様の加護がありますからね」
「はぁ⁉」
神様の加護。この少女はそう言わなかったか。リヒトの脳裏に友人の顔が思い浮かぶ。ルベリア王国内において、それは有名な話だった。王太子がルシオラの加護を得たというのは。まさか、この少女も同じなのだろうか。
「嘘じゃないですよ!」
「……いや、正直信じられないけど。ただまぁ、あり得ないという話ではないことはわかる」
「ルベリアの王子様もそうだって聞きましたよ?」
「その辺りは、俺も詳しく聞いていない。あいつ話さねぇし……」
話せば無関係でいられなくなるかもしれない。アルヴィスはそういうことを考える奴だ。リヒトは友人だけれど、それでもアルヴィスはどこかで一線を引いている。恐らく誰に対しても。侍従であるというエドワルドや、己の妃であるエリナにさえも話をしていないことはあるだろう。それは優しさでもあるが、同時に残酷なことだ。万が一の時に、知らないことが多すぎて動くことが出来なくなるのだから。だが、今はそのことを議論している時間はない。知りたいのならば、こちらから攻めればいいだけのこと。悪知恵だけならば、リヒトの方が上手なのだから。
「とりあえず、あんたがアルヴィスと同じく普通じゃないってのは置いておいてだ。何も知らないのなら、別のところを当たるしかないが……」
「別のところってどこですか?」
「……流石に特攻仕掛けるのは無謀だからな。国葬が行われたっていう聖堂にでも潜り込めれば何かわかりそうなもんだけど」
そこも流石に無理だろう。侍女たちを倒して、詰所にでも向かうか。もしものことが起きる可能性は増すが、黙っているよりはいい。
「出来るだけ人が少ない経路行くのがいいな。そもそも人自体少ない気はするし」
「それは私も思いました。ここお城なのに、護衛の人とか侍女さんたちとか少ないですよねー」
「まさか、マラーナ国に限って質実剛健というわけではなさそうだし、別の理由があるんだろうな」
「別の理由、ですか?」
「人が少ないってことは、情報を漏らさないための意図的なものか。それとも単純に雇うだけのものがないか。もしくは……」
作為的に減らしたのか。その手段については想像の域を越えない。侍女や護衛たちの表情がないところとか、言葉が少ないことも気にかかる。普通は、歓迎しているという意を表すために表面上だけでも笑顔を取り繕うものではないだろうか。そういったものが全く見えない。喪に服すために禁じているという可能性もゼロではないにしても、やはりリヒトからすれば異常だ。
「考えても仕方ないか。行動あるのみだな」
「えっとよくわかりませんけど、どこか行くなら一緒に行っていいですか? グレイズ様にも会えるかもしれませんし」
「あんたが? けど、危ない目に遭う可能性もあるしな」
「私は強いって言いましたけど? その辺の人になら大抵負けませんよ。魔物でも、そうそう負けません」
「……あ、そ」
魔物との戦闘経験がほとんどないリヒトからしてみれば、それがどのような強さなのかが全く想像できない。その辺の人というのがどういう基準なのかも。ただ、テルミナは相当自信があるようだ。戦闘に関しては、という限定的の範囲で。
「ならついて来いよ。ただ、フォローは出来ないからな。自分で何とかしろ」
「そこは普通助けてくれるっていうものじゃないんですか?」
「残念ながら、俺は紳士でも王子様でもないんでな」
そう言うと、テルミナは頬を膨らませながらぶつくさ言っている。状況がわかっていないからなのか、それともこういう性格なのか。テルミナは危機感が全くないようだ。
「あんた、よくわからないな」
「お互い様ですよ」
釈然としないけれど、ここでこれ以上ゆっくりしているわけにはいかない。仕方なくリヒトはテルミナを伴って、貴賓室を出る。周囲を警戒するが、誰かが来る様子はない。
「どこか隠れたりしないんですか?」
「あからさまに怪しいって言っているようなもんだろう? それより堂々としていた方が案外気づかれない」
「気付かれたらどうするんです?」
「……その時はおねんねしてもらうだけだな」
「怖いことを仰いますね。流石は殿下のご友人、ということですか」
その時聞こえてきたのは、テルミナでも己でもない声だった。思わず後ろを振り返るが、人はいない。目の前にも人の影はない。一体どこから聞こえてきたのか。
「こっちですよ」
「え?」
こっち、と言われて上を見上げればそこにはワンピース姿の女性が……いた。どういう表現をしていいのか詰まったリヒトは、驚きを隠せない。
「うわっ! 凄いですね! どうやってるんですか?」
無邪気に驚くテルミナ。聞くところはそこかよと突っ込みたくなるのを押さえて、リヒトは頭を横に振った。
「ともかく……お前誰だ? 殿下ってことはアルヴィスの知り合いか部下か?」
「ご明察です。面白いものをお持ちなようなので、是非私と一緒に行動してもらえませんか? そちらが欲しい情報も持っていますよ。たとえば、帝国の皇太子殿下とアルヴィス殿下の居場所、とかね」
「「‼⁉」」
「協力、してくださいますよね?」




