8話
腰を上げて、アルヴィスは壇上を降りる。今宵の主役であるアルヴィスが、ファーストダンスを務めるためだ。言われずともアルヴィスの前にいる貴族らは道を開けていく。そのままアルヴィスが向かうのは、エリナの元だ。
「あ……」
「エリナ嬢、ファーストダンスのお相手を、お願い出来ますか?」
「はい」
騎士のように手を差し伸べると、エリナは頬を赤く染めて手を重ねてくる。重ねられた手をそっと握り、フロアの中央へエリナを誘う。
中央に到着し、二人で向かい合えば曲が流れ始めた。ダンスをするのは、アルヴィスとエリナのみ。必然と注目を浴びることになる。流れるワルツに合わせて、アルヴィスはエリナの腰を抱いて、側に寄せると音楽に合わせて足を動かした。公爵家で育った者同士、ダンスは二人ともお手の物だ。
「お上手ですね」
「アルヴィス殿下も……とても、その騎士様のようです」
「元騎士、ですから」
「…そうですね。……とても素敵です」
「? ……光栄に思いますよ」
頬を染めながらエリナが告げたのは、本音なのかもしれない。容姿がそれなりに整っていることは自覚している。それでも、照れたように話すエリナの姿には好感が持てた。思わず、素の笑みを向けてしまった。
「っ!」
「エリナ嬢?」
「…心臓に悪いです」
「……それは失礼しました」
苦笑しながら伝えると、少しだけ令嬢ではない拗ねたような表情を覗かせる。そんな風に、アルヴィスとエリナはダンスを踊りきった。国王が立ち上がり、いち早く拍手の賛辞を送ってくれる。アルヴィスはエリナの手を取りながら、礼を執った。
「アルヴィス、それにリトアード公爵令嬢。見事なダンスだった。皆の者も続くがよい」
国王の合図と共に、手を取り合う男女が集まる。アルヴィスは中央を明け渡すと、そのままエリナをライアットの元へ送り届けた。
「お見事でした、殿下」
「いえ、エリナ嬢がとても上手でしたので、踊りやすかったです。お相手ありがとうございました」
「いえ……私の方こそ、ありがとうございました」
「では、少し失礼します。エリナ嬢、また後で」
再び音楽が鳴り始めた。ダンスが始まり、アルヴィスは周囲から視線を受けつつも無視して、約束を果たしに向かった。ラナリスのところだ。
「アルお兄様っ」
「ラナリス、ここでは違うだろ」
「あ……ごめんなさい、お父様」
思わずといった風にアルヴィスを呼んでしまったことを諭され、ラナリスは肩を落とす。公的な場所なのだから、ここではアルヴィスは公爵家ではなく、王家の人間となる。あくまでアルヴィスは王太子として、ラナリスは公爵令嬢として接しなければならないのだ。
「……ラナリス」
「お兄っ……アルヴィス殿下」
「ラナリス嬢、ダンスのお相手をお願い出来ますか?」
苦笑しながらもアルヴィスは王太子として、ラナリスに声をかける。デビュタントとして初の行事だ。兄として、ラナリスに恥をかかせるわけにはいかない。
アルヴィスが差し出した手を、ラナリスはゆっくり重ねた。
「……喜んで」
「良く出来た。それでいい」
「あ……」
「では、ご令嬢をお借りします」
父であるラクウェルに形だけの許可を取ると、ラナリスの手を握ってダンスの輪の中に入っていく。
「あ……」
「ラナ、もう大丈夫。いつものように呼んでもいい」
「アルお兄様……はいっ」
強張っていた表情から笑みが溢れた。ラナリスと向かい合って音楽に合わせて踊る。エリナとは違い、まだまだ慣れないダンスではあるが、ラナリスは間違えないように必死にもなっていた。初めてのダンスは誰しもが緊張してしまうものだ。そんな様子の妹をアルヴィスは穏やかな気持ちで見ていた。
「ラナ、ダンスは楽しむものだから……あまり下を見ない方がいい。ちゃんと俺の方を見て踊るんだ」
「アルお兄様、でも」
「大丈夫、間違えても俺がフォローする。その位の技量はあるからな。楽しみにしていたんだろ?」
「はい! ありがとうございます、お兄様っ」
顔を上げて笑うラナリスに、アルヴィスも笑みを返す。
公爵家兄妹は中央ではないにしても、とても目立っていた。誰が見ても兄妹だとわかる二人であっても、妹相手ということもあり素に近い表情をしていたアルヴィスと、初めて公に出るベルフィアス公爵令嬢との組み合わせが注目されないわけがない。
視線の数が多いことをアルヴィスは知っていたが、恐らくはラナリスは気が付いていない。後でマグリア辺りから話はあるだろう。目の前のラナリスは楽しそうにしているのだから、水を差すのは悪い。そう思うくらいには、アルヴィスもラナリスとのダンスを楽しんでいた。