閑話 騎士と奇妙な縁
すみません、また別視点となります。
ガリバースらの傍を離れたブラウは、王都にあるスラム街へとやってきた。人気のない場所まで来ると足を止める。その背後に人影が降り立った。かと思うと、直ぐにブラウの首へ刃を立てる。
「……殿下は無事か?」
「あぁ、無事だ。あんたは、あの時の奴じゃないな」
「……」
「そうか。それより、その手を下ろしてもらえないか? 流石に物騒過ぎる」
「貴方たちを信用することは出来ない」
「飛び出してこなかったあんたより、役に立ったのはこちらの方だが?」
あの場所に来賓らと王太子、そして自分たち以外の人間がいると気が付いたのは、ルベリアの王太子が落ちた後だ。それまで息を潜めていたのだろう。さすがに、自国の王太子が落とされたとあって動揺したらしい。すぐさまこちらの王太子ガリバースが飛び込んだので再び息を潜めたようだが、一瞬で膨れ上がった気配を忘れることなど出来なかった。
首に立てられていた刃が下ろされるのを待って、ブラウは後ろを振り返る。黒いフードを被った男。その表情はわからない。諜報を主としているのならば、相手に見られないようにするのは当然のこと。ブラウとて顏を見たいわけではない。
彼はスッと腰を落とし、地面に膝を突いた。
「おい」
「……確かに貴方の言う通りだ。殿下を救っていただいたこと、感謝する」
「まぁ寝覚めが悪かったしな。ただなんだ……こうも直ぐに手を出すとまでは考えていなかった。それはあんたたちも同じなんだろう?」
「……」
「無言は肯定と受け取る」
黙ったまま彼は立ち上がると、スッと手を伸ばして高く掲げた。
「おい、お前何を――」
すると、空から大きな物量が落ちて来る。目の前に落ちてきたため、砂埃が舞った。ブラウは腕を顔の前で交差させて埃を防ぐ。
「一体なんだって……って、女?」
「アン、遅いです」
腕を下ろしたブラウが見たのは、簡易なドレスを身に纏った女性だった。思わず空を見上げるが、どこも下りてくるような足場はない。ここはスラム街だ。どこの建物も、風化し崩れ落ちそうになっているところもある。いやそもそも、飛び降りて来るような場所などない。
「すみません、少々面倒だったものですから」
「……そうですか」
「報告は聞きましたが、先程のは事実ですか?」
「はい、申し訳ありません。如何様にも処分してください」
再び地に膝を突く彼を、下りてきたアンと呼ばれた女性が見下ろす。会話から察するに上司と部下という間柄なのだろう。
「その判断を決めるのは後にしましょう。今は、状況の把握と殿下の安全を保障するのが先です」
「……わかりました」
「それでは、ブラウ元近衛騎士団長」
「何だ?」
突然名を呼ばれたことに若干驚きを感じるが、この女性も諜報に属する者。こちらの情報が知られていたとしても不思議はない。妙に既視感があるのは置いておいて。
「マラーナ王国の事情はこの際おいておくとしても、そのために我が国の王太子殿下を利用するというのは宰相としても人としても、常軌を逸しています。当然、受け入れるつもりはありませんし、マラーナ王国に対する同盟や協力関係は既にないも同然です」
「当然だな」
「この先、貴方方が我々に手を貸したところで、大した意味はない。この国が生き残れる可能性はゼロ。当然、王太子も厳罰は免れられない」
「……あぁ、わかっている」
マラーナ王国は、ルベリア王国に対し宣戦布告されて当然のことをしている。否、ルベリア王国だけではない。他国の来賓を利用して事を進めようとした。己の手を汚さずに。
責任を問いただされたところで宰相は、実行役となった来賓たちを盾にするつもりだ。彼らにも非はあると。確かにその通りなのだが、あの場で彼らの様子を見ていたブラウからしてみれば、尋常じゃない様子だったのは明らかだった。彼らに意志がなく、宰相の言葉にただ従うだけの人形を見ているようだった。
帝国の皇太子は解毒剤を用意していたと言っていた。それもルベリア側が。ということは、何か麻薬か何かを使わされたということなのだろう。マラーナ王国内において、麻薬というのは珍しいものではない。奴隷制度廃止とともに禁止されるようになったものだが、その実は一定の貴族らが占有するようになったとも言われている。高値で取引されているとはいえ、宰相ともなれば手に入れるのはさほど難しくないだろう。
「ともかく、私たちを殿下の下にお連れ下さい。その後どうするかは、そこで決めます。まず殿下の無事をこの目で確認しなければ、報告も出来ませんから」
「……わかった。案内しよう」
「ジュド、貴方は王城にいる殿下の護衛の皆様と、ご友人の無事を確認してきなさい」
「御意」
指示を受けた彼は直ぐに気配を断ち、この場から去った。残されたのは、アンと二人。初顔合わせのはずだが、どことなく消えない既視感。確認するならばこのタイミングしかない。
「お前さん、前に会ってないか?」
「ナンパですか?」
「違う!」
「まぁ、そうですね。酔っ払いの集団とお酒を楽しんだことはありますよ。色々と情報をくれたので、黒か白か迷ってしまいました」
やっぱり会っていた。それも、あの時酒場で見かけた相手。ルベリアと言っていたからもしやとは思ったが。
「ん? でもあれは男、だったよな? 実は女だったのか」
「さぁどちらでしょう」
「……食えねぇやつだ」
「それが諜報員というものでしょう?」
「違いないな」
あの時の仕草も、頭に残る様な存在感も全て意図的だとしたら。ブラウは、そこまで考えて首を横に振った。今は、それ以上のことを考える必要はない。どうあろうとも、アンがルベリア王国の諜報員であることは既に知っている。それで充分だ。