閑話 この国の王太子としての罪
本日二話投稿しています。
先に9話の方をご覧の上、こちらをお読みください。
「アルヴィス殿っ⁉」
招待した国賓たちの手によって湖の中に落とされたのは、ルベリア王国の王太子であるアルヴィスだった。まさかそこまでの所業をするとは思わなかったが、何かをするとは思っていた。考える余裕はない。ガリバースはそのまま湖の中に飛び込んだ。
この湖の底は深い。いや、底がないと言われている。その様な場所に落とされれば、間違いなく帰ってこれない。だが、彼を死なせるわけにはいかない。沈みゆく姿を追いながら、ガリバースは必死に手を動かす。そうして彼の胸の何かが光るのを見た。気のせいなのか、彼の沈みゆくスピードが落ちた気がする。この機を逃すまいと、ガリバースはアルヴィスの手を取った。
「がはっ‼」
「王太子っ」
湖の傍で待っていた男が手を差し出してくれる。彼にアルヴィスの身体を渡して、水の中から上げた。ガリバースもなんとか湖から上がる。
「はぁはぁ……」
肩で息をしながら、呼吸を整える。あれほど必死になったのは初めてだ。それでも、これだけは叶えさせるわけにはいかなかった。
「おい、アルヴィス、どの、は?」
「黙っていてください。いま、やってますから」
青白い顔をしたアルヴィスは、息をしていなかった。胸の上に乗りながら何度もマッサージを繰り返すのは、ガリバースと共に来た男。その正体は、元王国近衛兵の団長だ。
「どいてください、人工呼吸をしますから。貴方は、マッサージを続けて」
戸惑うガリバースを押しのけて紫色の男がアルヴィスの顔に覆いかぶさった。首を動かし上に向けながら、息を吸ってアルヴィスの口から息を吹き込む。何度も何度も繰り返して。
「ぐはっ……はぁはぁ……」
何度か繰り返して、ようやくアルヴィスは水を吐き出してくれた。とりあえずこれで窮地は脱したと言える、と言いたいところだが……。
「それで、貴方はどなたですか? アルヴィス殿を助けて頂いたことには感謝をしますが、この場に現れたことといい、タイミングが良すぎますよ」
疑いの目を向けた彼に、ガリバースは頭を下げる。
「マラーナ王国第一王子、ガリバースだ。一応、王太子ではある……」
「一応、ですか」
「俺は……宰相に殺されかけたからな」
「……そうですか。私は帝国の皇太子、グレイズです」
一応というのは、本当にそのままの意味だった。生きているのはたまたまであり、死んでいる方が良かったのだと今でも思うことはある。それでもガリバースは生きている。セリアン宰相がそれを知っているかどうかはわからない。だが、彼にとってはガリバースが生きていようと居まいと、さほど関係などないのかもしれない。今の彼にとっては。
「王太子、ともかく今は」
「あ、あぁ。まずはここから逃げるのが先だ。彼らの暗示は?」
彼ら、アルヴィスを落とした国賓たち。今は、倒れた状態で放置されている。自分たちが何をしたのかも、恐らく覚えていないだろう。
「この後も続くかはわかりません。でも、殺すことはないでしょう。この方とは違って……」
元団長である彼がその腕にアルヴィスを抱き上げる。なんにせよ、ここから早く離れた方がいいことに違いはない。
「わかった。グレイズ殿、貴方も出来れば」
「えぇ、そうさせていただきます。色々と伺いたいこともありますので」
他の連中は置いて、グレイズとアルヴィス、そしてガリバースらはその場から離れることにした。そのまま王城の隠し通路を抜けると、貴族居住区の端にある小さな屋敷へと向かう。
「ここは?」
「……隠れ家だ。妹と共に始末された侍女の元家族が住んでいた、らしい」
始末された妹。そのことを思い出すと、ガリバースは罪悪感に苛まれる。あの頃は全くそのようなこと考えていなかった。妹のやったことも知らなかったし、その結果何が起こるのかも理解していなかった。
ガリバースよりも聡明で、己の美貌に自信を持ち、それを誇らしく思っていた妹。アルヴィスの妃になるのだと、自信満々だった。そうすれば、ガリバースはエリナを手に入れられると。だが、それは叶わなかった。妹がしでかしたことを聞いた時は、何かの間違いだと思ったし、ガリバースは強く否定した。それでも、アルヴィスとお茶会をすると言った妹を見送ったのが、最期の姿となってしまったのだ。
「カリアンヌ王女、でしたか。賊に、と聞いておりますが」
「それは事実ではない。妹は、宰相に殺された。それに……妹は、ここに住んでいた侍女を盾に逃げようともしていたらしい。最期まで、あいつは……」
今までのガリバースならば、侍女が王女を守るのは当然だと考えていただろう。王族が守られるのは当然で、平民も貴族でさえも駒のように思っていた。
「王太子」
「あ、あぁアルヴィス殿は?」
「ベッドに。とはいっても、ここではあまり衛生的にも良い環境ではありませんから、ただ横にしただけですが」
「……そう、だよな」
鋭い視線を向けられたが、この近衛団長が手伝ってくれなければ最悪の事態となっていたことは間違いない。ガリバースは頭を下げる。
「ブラウ団長、手を貸してくれて感謝する」
「……まだ貴方を許したわけではありませんが、他国の人間をこの国で傷つけるわけにはいきませんから。それに、俺はもう団長ではありません」
「近衛は既に解体されてしまったからか……」
「えぇ、他ならぬ王太子、貴方によってね」
それを言われれば何も言い訳出来ない。確かに、近衛を解体させたのは自分だ。パーティー三昧していたところに、文句を言ってきたから。瘴気が多発し、地方の傭兵団では回らなくなっているところから要請が来て、独断でそこに向かおうとしたから。勝手なことをする近衛なら不要だと、団長を解雇した。すると、全員が去ってしまった。事実上の解体だ。
「それは……あの時は知らなかったんだ。本当に、知らなかった……」
すべて宰相に任せればいい。彼が国を動かしていると言われても、気にもならなかった。それで構わないと。妹の件の事実を知り、己にその刃が向くまでは。
ある日、いつも通りに夜会に参加した後で、ガリバースは死ぬほどの恐怖を味わった。黒いフードを被った男たちに刃を向けられて、背中を斬りつけられた。逃げる間もなく刃を突き立てられそうになった時、人の声がした。そこで意識を失い、次に目を開けた時には汚い治療院という場所に寝ていたのだ。
王太子だと叫んでも、誰も笑って相手にはしなかった。命令をしても誰も聞いてくれなかった。そうしていると、怒鳴られ説教をされた。話を聞いてほしいならば、まず自分が話を聞くのだと。そうすれば耳を傾けてくれるものだと。
何を言っているのだろうと思った。だが、言われてから気づく。ガリバースの治療をしてくれているのは、まだ小さな少女。それに年端も行かない少年だった。彼らはガリバースに傷の具合を尋ねて来る。痛むところはないのか。体調はどうかと。
きっと気づかないだけで、これまでも尋ねていたのかもしれない。ただガリバースは聞く気がなかったので、それをすべてなかったことにしていた。はじまりはここだった。どれだけマラーナという国が人々を追い詰めていたのか。人々がどれだけ王侯貴族に恨みを抱いているのか。漸くそれを知ったのだ。
「マラーナ国の王太子が愚者だということは、帝国にも伝わってました。王女もそうです。特に、先のルベリア王国での件は、マラーナ王国に疑念を抱かざるを得なかったでしょう。表立って非難せずとも、他の国々も同じです。加えて宰相という御仁に対する疑惑も」
「宰相も、疑われていたというのか」
「だからこそ、ルベリア王国は事前に対策をしていたのですよ。私自身も解毒薬を事前に服用していたので、魔の手から逃れました。ただ標的とされていたアルヴィス殿は、身動きがとりにくかったので……結果的に防ぐことは出来ませんでしたが」
「父の国葬の際、あの場で何かをするのは予想していたのだ。宰相はあの場所に何かがあると、以前から言っていたからな」
だからずっと見張っていた。まさかあのような行動に出るとは思わなかったが、宰相があの場にいなくともガリバースは飛び出しただろう。アルヴィスを失えば、エリナは悲しむ。誰に何と言われようと、エリナはガリバースにとって恋しい人なのだから。
「王太子、この後はどうされるので? ルベリア側にこのことを伝えなければ」
「む、そ、そうだな……」
考えていると、グレイズが口を出してきた。
「……ブラウ殿、今ルベリアの者たちはどこにおられるのかわかりますか?」
「いいえ。ただ、一つだけ伝手はあります」
「伝手ですか?」
「はい。以前、ルベリア側の密偵らしき人物と接触したことがあるので、彼ならば」
誰のことを話しているのかはわからないが、ブラウとグレイズは二人で何やら相談を始める。ガリバースには彼らの話す内容が何を意味しているのか、理解することはできなかった。
二人を置いて、ガリバースはアルヴィスが寝かされている部屋へと向かう。少し息は荒い。身体が冷えたためか、熱が出ているかもしれない。それでもこの場で出来ることはなかった。ただ休ませるだけ。
「え、りな……」
ふと口から漏れ聞こえる名前。ガリバースはアルヴィスよりも自分の方がエリナを想っていると、ずっと決めつけていた。だが、もしかしたら違うのかもしれない。アルヴィスもエリナを……。
「あはは……馬鹿だったのは私か……本当に、愚かだな……」
エリナがアルヴィスを想っていることは知っていた。ここで理解したのは、ガリバースに付け入る隙はないということ。ならばガリバースが出来るのは唯一つだけだ。
「早く目を覚ましてくれ、アルヴィス殿」
不在だったガリバース登場になります。




