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9話

今回の話は、悩みながら描きました。

根幹にかかわるお話になります(汗



 背中を見せるセリアン宰相。先ほどの言葉が脳裏から離れない。耳鳴りがする。これが何を意味するのか。アルヴィスは既にわかっていた。だが、それを顔に出すことは出来ない。今は、そう見せるしか出来ないのだ。この場にいるのが他国の重鎮たちである以上、下手に動けば危険は彼らにも及ぶ。否、既にその術中に居るのだから遅いのかもしれない。

 目を閉じてからアルヴィスはバレないようにと静かに息を吐いた。すると、肩に手を置かれる。グレイズだった。


「アルヴィス殿……」

「グレイズ殿、大丈夫ですか?」

「えぇ。助力感謝します。ですが、今は従うしかないでしょうね」

「……」


 グレイズも同意見だった。念のため、彼にも国から持ってきた解毒剤を渡してある。あくまで渡しただけで、彼が事前に服用するかは賭けのようなものだった。それでもグレイズはアルヴィスを信じ、既に飲んでいたらしい。それはつまり、セリアン宰相を疑っていたということと同義だ。


「行きましょう」

「えぇ」


 輪から離れるような行動は出来ない。アルヴィスは目を閉じると、掌に小さなマナの塊を作る。出来たそれを聖堂の外へと放った。辿る先は、ディンらのところだ。悪い予想が当たった。ディンならばこれだけで伝わる。


「アル、ヴィス殿それは?」

「……伝えるだけ。今はこれしか出来ませんから」

「わかりました」


 グレイズの瞳に嬉々とした色が見えた。アルヴィスがしたことが気になったのだろうが、今この場で起こす行動ではない。欲を抑え込んだらしいグレイズに、心の中で感謝する。渦中にいる中で、たった数時間程度の知り合いという関係でしかないが、それでも一人ではないことにアルヴィスは心強さを感じずにはいられなかった。



 セリアン宰相に案内された場所は、広々としたサロンだった。恐らく王城にも引けを取らない。指示された通りに座る。アルヴィスとグレイズはここでも隣席だったが、アルヴィスの左側にはセリアン宰相が座ってしまった。それでも異議を唱えることは出来ない。彼の思惑に乗るしかないのだから。

 本当ならば、食事を摂ることも避けたい。目の前に提供されたものが、安全である保障は一切ない。毒が入っていた方がまだマシだ。


『これは事前に飲んでおくことである程度予防は出来ます。ただ、長時間の摂取においては確実に避けられるとは言い切れません。殿下、万が一そういった状況に陥ってしまった場合は……』

『場合は……?』

『より強い意志を持つことのみ。ご自身との戦いだと、お考え下さい』


 特師医の言葉が脳裏に浮かぶ。どれほど強い薬であろうと、香であろうと強く意志を持つこと。最後は、結局人の力なのだと特師医が言っていた。綱渡りのような状況だが、アルヴィスは絶対に屈することは出来ない。


「アルヴィス王太子殿下、お口に合いませんでしょうか?」

「いえ、そういうことは」

「そうですか。ではこちらもいかがでしょう? 陛下が良く好まれていた料理で、マラーナでは平民の間でもよく食されているものなのですよ」


 セリアン宰相はアルヴィスに食事を勧める。アルヴィスが口にするのを確認すると、同じようにグレイズや他の国賓にも食事を促していった。全てを口にすることなく、アルヴィスは手を止める。正面に居る恰幅のよい男性は完食していたが、少し目の色が淀んで見えた。きっと、はた目にはアルヴィスも似たようなものに見えているのかもしれない。手足の感覚が鈍い、そんな気がするからだ。


「良い頃のようですので、皆様に見ていただきたいものがございます。どうか、ご同行願いますよ。お立ち下さい」


 口元に弧を描きながらセリアン宰相が立ち上がる。彼の言葉に従うかのように、皆が一斉に立ち上がった。アルヴィスもそれに倣う。セリアン宰相が背中を見せたところで、アルヴィスは不快な感覚を晴らそうとしたが、片腕を引っ張られることで集中力を切らす。


「やめた方がよさそうですよ」

「グレイズ、どの」

「……私はアルヴィス殿以上に勧められませんでしたので、まだ平気です。ですからアルヴィス殿は、ただ意識を持ってかれぬようにだけ努めてください」

「わかりました」


 確かにグレイズにはセリアン宰相も強く勧めたりはしなかった。アルヴィスの影に隠れていたこともあるのだろう。グレイズは先程と比べても様相に変化が見られなかった。彼が平常心に近い状態でいる。ならば、今の彼の進言に従った方がいいだろう。アルヴィスは頷いた。


 そのままセリアン宰相に従う形で歩いていくと、やがて外に出る。既に赤みがかかった夕日で照らされていた。随分と時間が経過していることに驚く。だが予定にない行動をしているというのに、アルヴィスとグレイズ以外の国賓たちには異論を唱える者もいなければ、騒ぐ者もいなかった。

 聖堂から離れて森の中へと入る。深くなった森の奥には湖があった。それでこの場所がどこか、アルヴィスは悟る。地図上にあった、王城の奥にある森。今、アルヴィスたちがいるのはそこだろう。湖の前までくると、セリアン宰相はようやく立ち止まる。アルヴィスらもそれに合わせて、足を止めた。


「……ようやくここまで来た。陛下……いや、あの愚王を廃してようやく始められる。それだけの地位と力を手に入れるのに、私がどれだけの労力を必要としたか」


 雰囲気と口調を変えたセリアン宰相は、湖を前にした途端に肩を震わせる。かと思うと、笑い声が漏れ聞こえてきた。

 震わせながら振り返ったセリアン宰相。その表情は、憎しみに満ちていた。


「この国は、すべての始まりと終わりを背負わされた地。聖国が守っていると見せかけているが、あのようなもので誤魔化されるものか。守っているならば、どうしてマラーナだけが奪われ続けなければならぬ」


 一体、彼は何を話しているのだろう。聖国というのは、スーベニア聖国のことだろう。それが守っている。一体何から。マラーナ王国が始まりと終わりを背負っている。なのに奪われている。


「お前たちは知らぬ。既にマラーナ王族の血筋など途絶えている。いや、マラーナだけではない。それ以外の国も失われていた。ただ一つ、貴方の国を除いて」


 そう話したセリアン宰相が視線を送ったのは、アルヴィスだった。ゾクリと背筋に悪寒が走る。それでも動くことは出来なかった。


「どうしてなのかとずっと思っていた。この国の王族だけが愚かで、他はマシだからこそ余計にそう思わされた。ならばこの国の王族を滅するだけでいいと。でもそれは否だった。どうしてか? そう、ルベリアの女神がマラーナに恩恵を捧げていなかったからだと知ったからだ。全てはその所為だと知った。この国が滅ぶのも、すべて」


 ゆっくりと近づいてくる姿。それでもアルヴィスの足は動かない。地に張り付けられたかのように、身動き一つ出来ない。その間にもセリアン宰相は近づいてくる。その瞳の片方が赤く光っていた。まるで血塗られたルビーのように。何かがおかしい。


「ルベリアの女神は、この大地の豊穣の女神。大神の伴侶。その存在が忌み嫌っている国がマラーナだ。ならば、その血を引く者がここにいれば救われる。滅びの道も、その未来も」

「……」


 狂気めいた言葉を発するセリアン宰相だが、昨日会った人物と同一人物とは思えなかった。瞳の赤がそれを余計に増幅させている。まるで、彼自身が何かに取り付かれているみたいに。その直感は正しかった。


()()()()()。あいつの血を強く引く人間が生まれるのを。力を受け継ぐ人間でもよかったけど、その両方を持つ人間がいたなんて……()は本当に運がいい。希望なんて、人間には要らないんだから」


 宰相の一人称が変わる。と同時に宰相の姿と誰か違う人の形を模したものが視えた。どこか懐かしさを感じるその姿は、にやりと笑みを作る。


「実行するのは俺じゃない。その為に、彼らをここに連れてきたんだから。お前たち、()()の時間だよ」


 手を挙げて指示を出すと、セリアン宰相らしき人物はそのまま湖から去っていく。その背中を見送りながら、一瞬アルヴィスは気が遠くなるのを感じた。だが、次の瞬間にパシャンと水の音が聞こえる。気づくとアルヴィスは己の周囲が水に囲まれていると理解した。そう、先程の水音はアルヴィスが湖に落とされた音だった。


「(……エリナ……)」


 騒ぐでもなく、どこか冷静な頭でアルヴィスはエリナの名を呼ぶ。遠くに見える水面に、グレイズの青ざめた顔を見た気がする。そうしてそのままアルヴィスは目を閉じた。





いつも誤字脱字報告ありがとうございます!


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