5話
今回のマラーナ王国訪問は、明るい話題ではない。他国の王族らが滞在しているのであれば、歓迎の意を示すためにパーティーなどを開くのが通常だが、今回は国葬のためという名目なので華やかな場を設けることは出来ない。かといって、歓迎の場を開かないわけにもいかないということで、今宵はささやかな食事会が設けられるらしい。アルヴィスも参加する。人数の関係で護衛を伴うことは出来ないが、付き人という形で一人だけアルヴィスと共に参加することが認められた。
「で、俺?」
「本当ならばディンかレックスを連れて行きたいが、近衛隊として同行するとなれば疑っていると言っているようなものだからな。消去法だ」
「まぁいいけどよ……俺、マナーとかあんま自信ない」
「困ったら俺の手元を見て真似ればいい。お前得意だろ?」
要領が良いリヒトは、適応力も優れている。出身の影響もあって、当たり障りのない対応も長けていた。でなければ、学園でアルヴィスらと3年間もつるんでいない。のらりくらりと躱せるだけのものがリヒトに有ったからこそだ。
「それくらいなら任せろ」
「あぁ」
ディンとレックスはアルヴィスの部屋で待機。その他の騎士たちは、別に用意された場所で各々待機中となる。単独行動は控えて、二人以上で行動するようにと伝えてあるが、到着したばかりなので今宵は身体を休めるのが最優先事項だ。
侍女に案内されて向かった場所は、広々とした空間に円卓のテーブルが用意されていた。席には数人が既に座っている。いずれも顔を見たことがある人物たち。昨年の建国祭でルベリア王国にも来ていた人物も中にはいた。
案内された場所へ座ると、隣にいる御仁が声を掛けて来る。彼はザーナ帝国の北方にあるウェーバー公国の大公殿下の弟君だ。アルヴィスより一回り上の御仁だが、年齢以上の貫禄を感じさせる。
「お久しぶりですな、アルヴィス殿下」
「ウェーバー卿も、壮健そうで何よりです」
「お蔭様で。まさかこのような形でまたお会いすることになるとは思いませんでしたが」
「えぇ」
彼によると本来ならば大公の息子が来る予定だったのだが、状況を鑑みて弟である彼が来ることになったらしい。何があっても代わりが利く人間という意味で。ただ元々予定にはなかった訪問先で、アルヴィスに邂逅するとは予想外だったようだ。
「ですが宜しかったのですか? アルヴィス殿下がここに来られて」
「……ご心配ありがとうございます。全て承知の上のことなので問題ありません」
「そうでしたか」
王太子という立場にあるアルヴィスが、この場に来ても大丈夫なのかという懸念だ。同じような懸念はルベリア王国でも抱いているが、現実問題としてアルヴィス以外に適任者がいない以上、アルヴィスが出向くしかない。彼も事情を察したのだろう。それ以上は追及してくることなく、他愛ない会話を続けた。
席が埋まっていく中で、アルヴィスはふと視線を感じて正面を見る。紫色の髪と同色の瞳。真っ直ぐな髪は腰辺りまでの長さだ。かといって女性ではない。どこか探る様な視線に、アルヴィスは真っ向から見つめ返した。
「……面白いですね」
小さく呟かれた言葉は、アルヴィスの耳にも届いた。外見から判断するに、彼は帝国の人間。それもアルヴィスと同じ立場である皇太子。ザーナ帝国の皇太子であるグレイズで間違いない。絵姿はアルヴィスも見たことがある。恐らくはあちらも同様だろう。
「皆様、今宵は国王陛下のためご臨席いただきありがとうございます。ささやかではありますが、こうして歓迎の場を設けさせていただきました。どうかごゆるりとご談笑ください」
セリアン宰相が場を取り仕切る。食事会が進められていく中、アルヴィスは一つの疑問を抱いた。それはこの場に彼が、王太子であるはずのガリバースがいないからだ。仮にも父である国王の国葬のため集まった貴賓たちを、息子である彼が労わらないというのは筋が通らない。恐らく、この場にいる誰もが感じたことだろう。たとえ悲しみに明け暮れていたとしても王族の誰かは顔を出すべきだ。
だが結局終わりを迎えてもガリバースが顔を見せることはなかった。終始いたのはセリアン宰相一人。マラーナ王国側の人間は彼だけ。ガリバースは一体どうしたのだろうか。彼の性格上、父を亡くして臥せっているということは考えにくいが。
「あーあ、終わった終わった」
「お疲れ」
「一応、色々と警戒したけど何もなかったな」
「流石に初日に仕掛けて来ることはないだろう。何らかの意図があったとしても、国葬の邪魔をするようなものだからな」
とはいえ、国葬を終えればアルヴィスを始めとして皆が帰路に就く。本当に国葬を開くためだけに呼んだのであればそれでいい。何事も起こらないことに越したことはないのだから。
「そうだな。でこの後はどうする?」
「他国で歩き回るわけにもいかないし、ここで休むだけだな」
「つまらねー」
「歩き回れば面倒なことになりかねない」
アルヴィスとしては、このまま役目を果たして帰ることが第一目的だ。下手に歩き回って渦中に飛び込む様な真似はしたくない。
「そりゃそっか」
納得したらしいリヒトが荷物を漁り始めた時だった。扉の外から侍女がアルヴィスを呼ぶ声が届く。この場には、アルヴィスとリヒト、レックスとディンの4人しかいない。アルヴィスはディンに指示をして、侍女の下へ向かわせた。
ほどなくして戻ってきたディンは困惑した表情をしている。何を言われたのだろうか。
「ディン?」
「伝言を受け取ったのですが、ザーナ帝国の皇太子殿下がアルヴィス殿下とお会いしたいと仰っているようでして」
「……帝国の皇太子が」
「はい。可能ならば、お茶のご用意もしてあるのでそちらへ案内しますと」
食事の時の視線と言葉。何らかの意図があると見るべきだろう。それにザーナ帝国には一つだけ気にかかる噂があった。そう考えればいい機会かもしれない。
「わかった。申し出を受けよう。レックスとリヒトはここで待っていてくれ。ディンは俺と共に来い」
「承知しました」
「了解」
脱いでいた上着を羽織り、アルヴィスはディンと共に扉の外へと向かった。




