7話
パーティーが開始され、ラクウェルらも会場へと向かっていった。アルヴィスは国王と共に最後の入場だ。近衛隊のレックス、ディンがアルヴィスの後ろに付き従い、隊長のルークが国王に付いていた。あの日の外出以来、レックスとディンの二人はアルヴィスの護衛として正式に任命されている。
レックスは近衛隊に居た時のアルヴィスの元ルームメートとして、それなりに親しい間柄。そしてもう一人のディンは、レックスよりも先輩で、隊長であるルークとは騎士団時代からの友人らしい。アルヴィス自身はそれほど関わりがないので、よく知らない。二人とも近衛隊の正装を着用していて、帯剣もしていた。王族を守る近衛隊には、会場内でも帯剣することが許されている。会場の外は騎士団を中心に警護されているが、会場内は近衛隊が中心になって警護を行うのだ。
「アルヴィス、少し耳に入れておきたいことがある」
「伯父上?」
「……例の、チェリア元男爵令嬢が、修道院から姿を消した」
「……」
件の令嬢、リリアン・チェリア。ガルーダ修道院送りになったはずの令嬢だ。船での行き来でしか向かうことの出来ない孤島。そこから姿を消すことなど、ただの令嬢が出来る筈がない。アルヴィスは、眉を寄せる。
「塔は勿論、王都に戻ったとも報告を受けていない。だが」
「ガルーダから一人で脱出するのは不可能。協力者がいる、と?」
「父親は除外していい。となれば、別の手の者ということになる。念のため、用心しておいてくれ。アルヴィスもだが」
「エリナ嬢、ですか……」
リリアンという令嬢のことをアルヴィスは全く知らない。アルヴィスは顎に指を添えて考える格好を取る。
ジラルドからの言い分だと、リリアンとエリナはジラルドを巡って仲違いをしていた。一方的な言い掛かりではあるが、リリアンはエリナから嫌がらせを受けたと証言している。階段を落ちたのもエリナの仕業だとリリアンは言った。しかし実際には、エリナの仕業ではなく、別の令嬢が振り向き様にリリアンにぶつかりそのまま落ちてしまったのだ。エリナへ濡れ衣を着せてしまう形となった令嬢は、親と共に直ぐにリトアード公爵家へと詫びを入れていた。この件はジラルドも知らされていない。無論、リリアンもだ。
ならば、リリアンの目的は何か。王家への恨みか。もしくは、己を嵌めたと考えてエリナへ報復するつもりなのか。それともただ逃げたかっただけなのか。
「どういう動きをするのかわからん。アルヴィス、出来るだけエリナ嬢を見ていてほしい」
「……わかりました」
ただの令嬢に何が出来るとも思えないが、アルヴィスはリリアンと面識さえない。ならば、エリナに対して何かをする方が確率は高いだろう。
「ルーク」
「承知していますよ、陛下。ディン、レックスも……殿下から目を離すなよ」
「「はっ」」
意味深な視線をルークから浴び、アルヴィスは顔を背けた。そうしているうちに時間になる。
「陛下、王太子殿下」
「うむ。アルヴィス、行くぞ」
「はい」
既に、王女らは会場入りを終えた。それに続くように王族専用の出入り口から会場内へと足を踏み入れた。
中に入ると同時に、ざわめいていた会場が静まる。その視線はアルヴィスへと集中していた。国王の挨拶が始まり、次はアルヴィスの挨拶だ。国王から場所を譲られ、アルヴィスが前に立つ。こうして、王太子として皆の前で言葉を紡ぐのは初めてだ。
「……今宵は、集まってもらい感謝しています」
ここ数ヶ月で慣れてきた王太子としての仮面を張り付けながら、アルヴィスは笑顔を振り撒く。長々と話すわけにも行かないので、手短に本会の挨拶とお礼を伝えて、アルヴィスからの挨拶が終わる。堅苦しい挨拶が終われば、再び会場は騒がしさを取り戻していった。その後は、貴族からの挨拶回りを受けることになる。
国王の隣に座せば、まずは王弟でもあるラクウェルが先にやってくる。その後ろには、オクヴィアスやマグリアらもいた。ベルフィアス公爵家一同だ。
国王の前に出て、臣下の礼を執った。
「陛下、お久しぶりです。それに……王太子殿下、本日はおめでとうございます」
「……ありがとうございます、ベルフィアス公爵」
父と息子ではあっても、公式の場においてはアルヴィスは王太子であり、ラクウェルは臣下だ。この場でラクウェルを父と呼んでも、おかしいことではない。しかし、ラクウェルはけじめは付けるべきだと考えているらしい。その為に、前もって会う時間を作ったのだから。
周囲もパーティーを楽しみながらも、アルヴィスとラクウェルのやり取りを気にしているようだ。続く、オクヴィアスらとも王太子としての立場で挨拶を交わした。
その次は、リトアード公爵家だ。リトアード公爵と、公爵夫人。そしてエリナと公爵家嫡男であるライアット。ライアットとは夜会で挨拶を交わす程度しか関わりがないが、お互い顔は知っている。リトアード公爵は国王へ挨拶をした後、アルヴィスへと身体を向ける。
「本日はおめでとうございます、アルヴィス王太子殿下」
「おめでとうございます」
「感謝します、リトアード公爵。公爵夫人も」
夫妻の後に続いて、ライアットとエリナが前に出てくる。二人は揃って臣下の礼を執った。
「ご無沙汰しております、アルヴィス王太子殿下」
「お久しぶりです、アルヴィス殿下」
「2年ぶりですね、ライアット。そしてあれ以来ですが、お元気そうで良かったです、エリナ嬢」
「は、はい。その節は、ありがとうございました」
エリナは水色のドレスを着ていた。間違いなく、アルヴィスの瞳の色を意識しているのだろう。あまり目立たないように深紅を取り入れ、金色も使われている。更には、あの時贈ったネックレスを身に付けていた。
「……付けてきてくれたのですね」
「は、はい……その、似合うでしょうか?」
「似合っていますよ」
「王太子殿下、妹はそれはもう嬉しそうにネックレスを見ていましたから、殿下に誉められるのが一番の賛辞ですよ」
「お、お兄様っ」
「……ライアット、あまり妹をからかわないように。エリナ嬢、また後程話しましょうか」
「……はいっ」
それからも多くの貴族の挨拶を迎えて、やや辟易してきた頃に終わりが見えてきた。この後は、ダンスの時間だ。