22話
出立前の二人です。
メルティの口調が初出と変わっているかもしれません。
朝食を終えたアルヴィスはエリナと共に城下へと出かけた。向かう場所は、メルティの店だ。事前に前触れを出したところ、意外にも好意的な返事が戻ってきた。そのこと自体に驚きを隠せない。
「……」
「あの、アルヴィス様どうかされましたか?」
「メルティ殿からの返事が、予想とは違ったことにちょっとな」
国との付き合いがあるとはいっても、メルティと個人的な付き合いをしていたわけではない。アルヴィスが描いているのは、ただの先入観だ。それでも気にかかるのが、エリナをメルティが好意的に受け入れていることだった。
城下にあるメルティの店は馬車で出向けばすぐに到着する。馬車を降りて、アルヴィスはエリナの手を引いて店内へと入った。
「失礼する」
「お早いお着きですな、アルヴィス殿下」
薄暗い店内の奥から出てきたのは、いつものように暗い色のコートを身に着けたメルティだった。アルヴィスは軽く頭を下げる。
「突然の訪問になって申し訳ない」
「いえいえ、妃殿下からは何度かお話を受けておりましたので問題はありませぬよ。それにしても……」
「メルティ殿?」
挨拶を終えると、メルティがまじまじとアルヴィスの顔を見てきた。その眼力に思わず後ずさる。これまで見たことのない真剣な眼差しに息を飲んで、アルヴィスは黙ったまま視線を返すことしか出来なかった。
「あの、アルヴィス様にメルティ様?」
すると不思議に感じたのか、隣に立っていたエリナが不安そうな声をあげる。それでアルヴィスもメルティも我に返った。
「失礼をしました、アルヴィス殿下」
「いえ……」
気にならないと言えば嘘になるが、ここで話をすることではないだろう。メルティは、エリナの前に立つとその手を取り優しく微笑んだ。
「妃殿下も、わざわざ来ていただいたというのに」
「そのようなことは……私からお願いしたことですし」
「変わらずお優しい方でいらっしゃる。その分苦労なさっておられるようですが」
そのままメルティがエリナの手を引いて、傍にあった椅子へと座らせた。メルティに用件があるのはエリナだ。アルヴィスはエリナの後ろにまわり、壁に背中を預ける形で立つ。
「さて、今日こちらに来られたのは例の件ですな?」
「はい。無理を言って申し訳ないのですが、出来るだけ急いでいただきたくて」
「承知しておりますよ。実は、既に準備は終わっておりましてな。後は妃殿下自身のお力添えを頂くだけなのですよ」
「え?」
二人の話の中身が見えてこない。どうやら手紙でのやり取りの中で、二人は状況を共有しているらしい。魔女であり長年国の味方であるメルティ。信用できないというわけではないが、アルヴィスが知らないことを二人でやっているということに不安を覚えてしまう。それが態度にも出ていたのか。メルティがニコリと笑みを深くした。
「アルヴィス殿下が心配なさることではありませぬ」
「……わかっています」
こちらの考えていることなどお見通しなのだろう。アルヴィスは深く息を吐き、顔を逸らして窓から外を覗いた。
この店の前は人通りも少なくない。通り過ぎていく人々をただ何となく見つめる。笑い合う姿もあれば、慌てて走り去る姿も見る。城下に暮らす人々の日常だ。それだけでルベリア王国は平和な方なのだと実感できる。そのような考えが浮かぶのは、明日マラーナへと発つからか。
「アルヴィス殿下」
声を掛けられて、アルヴィスは店内へと意識を戻した。すると、メルティはエリナの前ではなくアルヴィスの前に立っている。その手には小さな袋を持っていた。
「メルティ殿?」
「発つのは明日でしたか」
「えぇ、ですが何故それを」
「企業秘密じゃ。まぁそれは追々として……これをお持ち下され」
差し出された袋をアルヴィスは受け取る。見た目以上に軽いそれに、アルヴィスは驚いた。何が入っているのかと思い覗き見ると、中には小さな石が入っている。
「これは?」
「あの国は最近おかしな空気がしておりますのでな。持ってお行きなされ。ないよりはマシでしょうからな」
「……わかりました。有り難く頂戴いたします」
どういう意味なのかを訊ねたところでメルティは話してくれない。ならばここは黙って受け取るのが正解なのだろう。
エリナは何をしているのかと様子を見てみると、何やら真剣な顔で机の上にあるものとにらめっこをしている。怪訝そうにアルヴィスが覗き込めば、どうやらマナを注いでいるらしいことがわかった。あまりマナ操作が得意ではないとエリナは話していた。当人がそう感じている通り、エリナの作業には不安定な部分が多い。力み過ぎて力が流れている。
「エリナ――」
「アルヴィス殿下は手を出さぬようにお願いしますよ、それでは意味がありませぬ」
「え?」
「ただ黙って見守っていればよいのですよ」
見守っていればいいというが、気にかかってしまう。アルヴィスがマナ操作を得意としているから余計にだ。悶々としながらもエリナの様子を見守っていると、数分後にエリナがマナを止めた。
「メルティ様、終わりました」
「……うむ、よい出来でしょうな」
エリナがマナを注いでいたのは、小さな魔石だった。真紅の色をした石。メルティが手に取ると、慣れた手付きで細工をしていく。そうして出来上がったのは、イヤーカフと飾り紐だった。完成品を受け取ったエリナは、そのままアルヴィスへとそれを差し出す。
「アルヴィス様、受け取ってください」
「俺に、か?」
「はい。私はお傍に居られません。でも、私にも何かできないかと考えたんです。けれど私はアルヴィス様のような力もありませんし、出来る事なんて多くなくて」
悩んでいたところにフィラリータたちからメルティのことを提案されたのだという。エリナも既に面識がある相手だ。エリナにとっては優しいおばあさんのように映っていたのだろう。
「メルティ殿」
「これでもこの国には長いことおりますので。気まぐれの一つのようなものとでも思っておいて下され」
「ありがとうございます。エリナも……ありがとう」
「はい、アルヴィス様」
受け取ったイヤーカフを左耳に付け、飾り紐は剣へとつける。
「くれぐれもお気をつけて」
「感謝します、メルティ殿」
「メルティ様ありがとうございました」
挨拶をしてから、アルヴィスとエリナは店を後にした。そうして馬車へと乗り込むと、庭園へと向かう。以前来た時とはまた違った花々が咲き乱れている。庭園を歩くのは、結婚する前に来て以来だった。あの時はまだようやく二人の距離が縮まり始めたばかりの時だった。そう考えると、さほど時間が経っているわけでもないのに、随分と二人の関係は変わったものだ。
少し遅い昼食を摂った後、アルヴィスはそのまま寝ころんだ。
「戻ってきたら、またこうしてのんびり過ごしたいな」
「そうですね」
「戻ってきたら」その言葉に、エリナの表情が陰る。数週間の不在。否、時間の問題じゃないのだろう。何かあっても駆け付けられる距離にいない。そちらの方が不安だ。隣に座るエリナへと手を伸ばし指を絡める。するとエリナも同じように握り返してくれた。
「エリナ」
「はい」
もう片方の手でエリナの肩を抱き、同じように横たわらせる。驚きつつもエリナはその顔を寄せてくれた。
「何かあれば、リティを呼びつけるなりしてくれ。決して我慢だけはしないように」
「はい」
「気分転換をしたいなら、ここに来てもいい。ランセル嬢も王都にいるみたいだしな」
「はい……」
返事をしながらも、エリナの指に力が入る。そのまま顔を押し付けるエリナの表情はアルヴィスからは見ることができない。
「エリナ?」
「……」
アルヴィスは絡めた指を離して両腕でエリナの身体を抱き締める。顔を見ないようにしながら頭を撫でた。そうしていればエリナも顔を上向かせてくる。漸く顔が見られたと、アルヴィスがその額に口づけを贈った。
その日の夜。二人だけの時間になって、アルヴィスはベッドの上でエリナを抱き締めながら唇を重ねる。わかりやすく頬を染めるエリナに、アルヴィスは微笑みながら目元にも口づけた。そして頭の後ろに手を当てると、首元に口を近づける。白い肌に吸い付けば、その証が刻まれた。いずれ消えるそれはただの自己満足でしかない。それでも何か証を残しておきたかった。すると、エリナがバッと身体を離す。
「あの、私もやってみたい、です」
「え?」
「だめ、でしょうか?」
「駄目ではないが……」
半分肯定すると、エリナが少しだけ立ち上がる形になりアルヴィスの首筋へと吸い付いた。恐らく痕は付いたのだろう。エリナはその場所を指で撫で、そのまま首の周りに腕を回して抱き着いてきた。
「エリナ?」
「今日はこうして寝てもいいですか?」
「……あぁもちろん」




