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20話


 今回は不在にする期間が長くなる。対応可能なものについて出来るだけ前倒しにしておきたいが、それでも総てというわけにはいかないのが現状だ。特に建国祭周りについてはどうしても手が足りない。


「はぁ……」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫、と言いたいところだが流石にな」


 アルヴィスは椅子の背もたれに体重を預けて深く溜息を吐く。今アルヴィスを悩ませているのは、疲労に抗えない己と、執務をこなすことを優先してエリナとの時間を取れないことだった。安心させるために傍に居たいと思う。だが、国を挙げての行事に不備があってはならない。気を抜くことも出来ないことに加えて、出立準備も並行して行う。

 不満を言ってもどうにもならないことだ。アルヴィスは建国祭に関する報告書に署名をし、近衛隊に指示するものをまとめた。


「ジラルド、この件についてルークに調整するよう伝えてくれ」

「は、はい」


 控えていたジラルドにその束を渡せば、戸惑いながらもジラルドが頭を下げて出ていく。無言で騎士が付いていくのを見送り、アルヴィスは再び書類と向き合った。

 本来ならば、既にジラルドは従僕の任を解かれて騎士として従軍させる予定だったのだが、マラーナの件で状況が変わった。多少なりとも使える手があるならば使う。近衛隊の詰所はジラルドにとって居心地の良い場所ではないが、そのようなことは関係ない。ジラルドへの不満を持つ輩はいるが、アルヴィスの遣いだと言われれば王城内にその邪魔をする愚か者はいなかった。



 ことが落ち着いたのは、既に空が青みを帯びてきた頃だった。つまり夜通しやっていたことになる。


「アルヴィス様」

「これが最後だ。後は国王に任せる。それ以外は帰還後だな……」

「承知しました」


 最後の書類にペンを走らせてから、アルヴィスは手を置いた。出立前にやることは一通り終えたことになる。出立は明後日。明日も多少は準備確認をするが、それ以外は休暇扱いだ。

 両手を組んでから伸ばして机仕事で固まった身体を解すと、アルヴィスは立ち上がって上着を脱いで椅子へと掛ける。


「少し仮眠を取ってくる。二時間後に起こしてくれ」

「はい、ごゆっくりお休みください」


 そして隣にある寝室へと入り、そのままベッドの上に倒れ込んだ。目を閉じて、本能のまま襲ってくる眠気に従う。深く眠ってしまえば起きないことはわかっていた。エドワルドに起こすように頼んでいたから大丈夫だろう。出来ればエリナが目覚める前に王太子宮へ戻りたい。そんなことを想いながら、アルヴィスは意識を落とした。




 柔らかな感触に心地よさを感じながら、ぼんやりと目を開ける。暖かい陽射しと相まって、アルヴィスは己に触れていたそれを握った。傍にある温かさが離れていきそうになるのを感じて、それを引き寄せ顔を埋めて目を閉じる。どこかで息を飲む声が聞こえた気がしたが、目を開けるのが億劫になってアルヴィスはそのまま意識を落としていった。

 ハッとなって気が付き、アルヴィスは目を開けて起き上がる。周りを見回せば、既に空が茜色に染まりつつあった。つまり、既に夕刻近いということになる。あれから随分と寝ていたということだ。


「起こせと言ったのに……エドの奴」


 盛大に寝過ごしてしまった。一日無駄にした気分だったが、それほどに疲れていたということなのだろう。ここまで寝たのは随分と久しぶりだ。ベッドから降り、アルヴィスは窓際へと移動する。そこへ寝室の扉が開く音が届いた。


「あ、起きられたのですね」

「……エリナ、どうして?」


 姿を見せた予想外の人物にアルヴィスは驚いて目を瞬いた。アルヴィスの記憶が正しければ、今日は令嬢たちとお茶会をしているはずだ。いや、違うのだろう。既に終わったと考えるべきだ。この時間までアルヴィスが寝ていただけで。そこに考え付いて、アルヴィスは首を横に振った。まだ頭が起きていないらしい。


「いや、違うな。悪い。ボーっとしていたみたいだ」

「随分とぐっすり眠っていらっしゃるので、ハスワーク卿も起こすのを憚られたと言っていました」

「そうか」


 ここまで寝ていたのはアルヴィスだ。エドワルドが気を遣ってくれたのはわかる。休暇なので、アルヴィスが寝ていようと問題があるわけではない。ただ予定外に時間を使ってしまったことに、アルヴィスが不本意だと思っているだけで。

 クスクスと笑いながら話すエリナの傍に近づくと、アルヴィスは黙ってその身体を抱き締めた。一瞬驚いたエリナが身体を強張らせる。しかし、直ぐにアルヴィスを抱き返してくれた。漸く収まった。そんな感覚がして、アルヴィスは抱きしめる腕に力を込める。


「……会いたかった」


 会っていなかったわけじゃない。だが、ゆっくりこうしていられる時間がここ最近取れていなかった。それだけのことだと言われればそうだけれど、こうして抱きしめただけで安心するくらいには寂しさを感じていたのだろう。


「私もです」

「悪かった。時間も取れなくて」

「わかっています。お忙しかったのも知っていますから」

「ありがとう」


 そっと顔を離したアルヴィスは、エリナへと触れるだけのキスを贈る。再び顔を離せば、エリナは柔らかく微笑んでくれた。そのエリナの額にもう一度口を近づける。


「エリナ、明日は休暇だから一緒にいられる」

「本当ですか!」

「今日からだったんだが……すまない」


 本当は今日から一緒に居られたはずだった。それを寝過ごすだけの時間にしてしまったことだけは悔やまれる。


「大丈夫です。私はアルヴィス様の寝顔を堪能していましたから」

「……?」

「ずっとお傍にいました。実は朝から」

「そう、だったのか」

「はい!」


 それはそれで勿体なかった。アルヴィスは顔を右手で抑えて、息を吐く。一方のエリナはどこか嬉しそうだ。エリナが笑顔でいられるならばそれも悪くない。暫く顔が見られなくなるのだ。だからこそ、一緒に居られる時間を大事にしたい。アルヴィスはエリナのひざ裏に手を入れて、エリナを抱き上げる。


「ア、アルヴィス様っ」

「そろそろ帰ろうか」

「はい」


 

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