閑話 残された二人
前回の予告とおり、リティーヌ視点となります。
要件を伝えた後、アルヴィスはまだ執務が残っているらしく、この場を去っていった。残されたのは、リヒトとリティーヌの二人だ。
「あの国ってそんなにヤバいとこなのか」
「……そうね。昨年の建国祭でのことは知っているでしょう?」
「あいつ、何かあったのかよ?」
少しだけ堅くなった声色にリティーヌがリヒトと向き合う。すると、彼には珍しく表情をこわばらせていた。いつも飄々としている印象が強いだけに、リティーヌは驚く。
「姫さんは知っているんだろ?」
「え、えぇ。かいつまんで言うと、アルヴィス兄様がちょっと体調を崩していたらしいんだけれど、それがマラーナ王女が薬を盛った所為らしくて」
「へぇー」
リティーヌも又聞き程度の情報である。アルヴィスが害される可能性があることは、その時点で確実視されていた。にも拘わらず、アルヴィスはマラーナ王女の誘いに乗ったのだ。この時だけは、アルヴィスを制止したという国王の意見に同意した。結局、アルヴィスはこれに乗っかり、現行犯という形でマラーナ王女を捕えることは出来た。しかし、アルヴィスにはその影響がしっかりと残ったらしい。
「エドワルドからも詳しいことは聞けなかったから、きっと軽いものではなかったのでしょうね。軽いのなら、そう伝えるはずだもの。隠しているということは、程度が重度だったということよ」
全て事後報告だから、リティーヌには判断できないことだ。建国祭の最中はアルヴィスも忙しかっただろうし、顔を合わせたのは最初の数日。その後は終わるまで顔を見ることはなかった。だからこそ勘繰ってしまう。
ただわかっていて策略に乗ったということなら、ある程度の自衛はしていただろうから大事には至らなかったと思われる。相手が王族である以上、アルヴィスが対応するしかなかったと言われれば頷かざるを得ない。リティーヌでは対象外だろうし、国王なら余計に安心できないからだ。いやむしろ絶対だめだ。消去法的に考えても、アルヴィス以外にはいない。ならどうしようもなかったことだと思うしかなかった。納得できるものではないとしても。
昨年のことを思い出してリティーヌが溜息を吐いていると、隣でリヒトも溜息を吐いていた。
「……あの馬鹿。王太子になっても治らねぇのかよ」
「リヒト?」
「昔からそうなんだよ。いつだって自分で動かないと気が済まないんだ。あいつ、幹部学生のトップだぜ? それも公子様だ。指示すれば皆が動く。けど、あいつは自分でやっちまうんだよ。その方が早いってな」
「何となく想像がつく気がするわ」
基本的に人任せにしない性分だ。加えて自分でできてしまうからこそ始末が悪い。決してそれが悪いことではないけれど、時としてそれが諸刃の刃となってしまうことをアルヴィスには自覚して欲しいものである。
「リヒトも苦労していたのね」
「……まぁ俺は楽しんでいたからいいけど、ランセルの奴は苦労していたと思うぜ。俺は自覚ありだが、アルヴィスは無自覚でやっているからな」
「ランセル卿は、貴方と兄様二人に振り回されていたのね。なんだか印象が変わってしまうけれど」
生真面目な性格はリヒトとは正反対。それでいてアルヴィスと三人でいたのならば、学生生活はさぞかし大変だったことだろう。
「だが、今回はランセルの奴はいねぇし……出来るだけ俺がサポートしてやるさ」
「リヒト」
「だから、あんま心配すんな」
ポンと背中を軽く叩かれる。アルヴィス以外に、こんな風に気安く触れて来る相手など居なかったため、リティーヌは少しだけ驚いた。けれど嫌だとは思わない。これが何も知らない貴族男性だったならば、嫌悪していただろうに。
リティーヌはリヒトの胸に顔をうずめた。
「姫さん?」
それでもリヒトはリティーヌを振り払わなかった。抱きしめて来るわけでもなく、ただ受け止めているだけ。今はそれで充分だ。
「お願い……アルヴィス兄様と共に無事に帰ってきて。私が望むのはそれだけだわ」
胸騒ぎがする。アルヴィスの表情もそうだが、やはりマラーナという国が信用できないからだろう。アルヴィスが同行させる騎士も実践重視で揃えるということから、ただでは済まないというのは明白だ。薬師としてリヒトを同行させるという点についても、もしものために備えているのがわかる。そのもしもが、リティーヌの想像通りだとすれば……。
「安心しろよ」
リティーヌの考えが嫌な方向へ向かっていくところへ、リヒトの声がすぐ傍で聞こえてきた。年齢よりは少し幼めの声だ。
「ちゃんとみんな無事に帰ってくるさ。あいつは俺にとっても大切な奴だからな。何があろうと、絶対に俺が守るって」
「うん」
「なんてったって俺は天才だからな」
「……」
その言葉に、リティーヌが顔を上げる。そこにはいつものようにニカっとした笑みを向けているリヒトがいた。
「ほんと自信家ね、貴方って」
「事実だからな」
「台無しよ、まったく」
「ひでぇ」
指摘されて項垂れるリヒト。けれど、先程までの暗い気持ちは薄れていた。いつものようにただこうしてじゃれているだけ。リティーヌは笑みをもらし、リヒトもつられるように笑い合う。
大丈夫。そう勇気づけられている気がしていた。




