6話
一ヶ月半後。
あまり期待したくなかった当日がやって来てしまった。本日は、アルヴィスの誕生日。即ち、王城にて盛大に行われるパーティーの日だ。
立太子儀式の時とはまた違った正装を纏い、アルヴィスは憂鬱なまま控え室に待機していた。今回の衣装はというと、王族の色である深紅は同じだが、中に着込んだシャツは青色で表にもその色が少しだけ使われていた。これは、婚約者であるエリナの瞳の色だからだ。アルヴィスよりも濃い青を持つエリナと、衣装をさりげなく合わせているらしい。これは衣装を準備していたティレアから聞いた話だ。また紋章が目立たないようにと、右手には白い手袋をして隠している。
椅子に足を組みながら座っていると、ティレアが外で待機しているアンナと扉近くで話をしているのが、目に入った。すると、そのままティレアは足早にアルヴィスの元へ来る。
「どうかしたのか?」
「はい。ベルフィアス公爵閣下が殿下にご挨拶をとおっしゃっています。ご夫人も、ご一緒だと……」
「……わかった。通してくれ」
「承知いたしました」
返答を聞くなりティレアは控えていたアンナへ頷きを返していた。既にそこまで来ているのだろう。そう考えていると、直ぐに扉が開けられた。
「殿下、ベルフィアス公爵家の皆さまでございます」
アンナ、エドワルドが中へと案内すると、ラクウェルを先頭に数人が部屋へ入ってくる。懐かしい顔ぶれに、憂鬱だった気分が少しだけ浮上するのを感じ、アルヴィスは腰を上げた。
「大分、板に付いてきたようだ。元気そうで安心したよ、アルヴィス」
「父上もお変わりないようで何よりです。それに……」
「アルっ!」
バッと勢いよく女性が抱き着いてくる。しっかりとその身を受け止めた。アルヴィスよりも少し小さい女性が顔を上げ、両手でアルヴィスの頬を包み込む。同じ水色の瞳が揺れているのを、アルヴィスはじっと見つめた。アルヴィスの母であるオクヴィアスだ。
「アル……会いたかったわ。ごめんなさいね、貴方に重荷を背負わせてしまって……無理はしていない? ちゃんと寝ているかしら? それに」
「ありがとうございます、母上。俺は平気ですから……心配しないでください」
「……貴方はいつもそうなのだから。エドに迷惑をかけていない? イースラも貴方には甘いのだから。お仕事も大事だけれど、貴方の身体が一番なのよ。食事はちゃんと摂らないと駄目よ。ただでさえ細いのだから」
つらつらと出てくるアルヴィスを案じる言葉に、アルヴィスは困ったように聞いていた。反論してもよいのだが、隣にいるラクウェルが止めないところを見ると黙っている方がよいのだろう。それだけ溜まっていたのかもしれない。
「お母様」
すると、次々に話が出てくるオクヴィアスを止めるように、後ろにいた少女が声をかけてきた。アルヴィスと全く同じ色を持った妹、ラナリスだ。今年15歳になったので社交界デビューを控えており、学園にも今年から入学している。
「お兄様を独り占めなさるのはずるいですよ」
「あ……ごめんなさいねラナ。私も嬉しくなって舞い上がってしまったわ。まだ話し足りないけれど、ラナも我慢していたのだから譲らないといけないわね」
軽くアルヴィスの頬に口を寄せると、オクヴィアスは名残惜しそうに離れる。代わりに目の前に来たのは、可愛らしいドレスに身を包んだラナリス。何をするのかと見ていると、スカートの裾を摘まみ頭を軽く下げた。貴族令嬢としての基本となる挨拶だ。驚きに目を丸くするアルヴィスに、ラナリスはしてやったりと満面の笑みを浮かべている。
「アルお兄様、ご無沙汰をしておりました。お会い出来るのを、心待ちにしていたのですよ」
「あ、あぁ……随分と所作が綺麗になったな」
「驚いてくださいましたか? ……とっても練習しましたの! アルお兄様に褒めていただけて嬉しいですわ」
「とても驚いた。……そのドレスも良く似合っている」
「ありがとうございます!!」
にっこりと微笑み合うアルヴィスとラナリス。兄と妹にしては顔立ちが似ている二人は、とても絵になっていた。
「そういえば言っていなかった……学園への入学おめでとう。入学祝いを贈れなくて悪かったな」
「いいえっ! アルお兄様はお忙しいのですから要りません!」
「いや、だが」
「でしたら、その……私のデビュタントのダンスのお相手をお願いできますか?」
「ラナの? その程度でいいのか?」
「はいっ! お兄様と踊りたいのです!」
「……わかった。じゃあ、あとでな」
「はいっ!」
ラナリスの社交界デビューは今日だ。本日の生誕パーティーは、絶好の場だった。ラナリスの他にもデビュタントはいるだろう。主役はアルヴィスではあるが、王太子という立場上令嬢とのダンスを頼まれることは十分にあり得る話だ。逆に、アルヴィスからダンスを申し込むことは、余計な勘繰りをされかねないため出来ない。尤も、婚約者であるエリナは勿論除外されるし、それが妹である場合も同じだろう。
「良かったな、ラナリス」
「はいっ、マグリアお兄様」
「実はお前にどうやってお願いするかをずっと迷っていたらしい。泣き落としでもかければと言ったんだがな」
眼鏡を掛けた長身の男性は、アルヴィスの兄のマグリアだ。アルヴィスとは違って父のラクウェルに似た風貌の持ち主で、見た目はお堅い印象だが、中身は真逆の性格をしていた。
「兄上……そんなことをすれば、ラナの評判に傷がつきますよ」
「必死になっている妹の姿を見て、捨て置く兄ではないだろ? 作戦としては間違ってないと思うがな」
「はぁ……相変わらずですね、兄上は。義姉上はどうされているのです?」
マグリアは既婚者。更に言えば、現在その義理の姉は妊娠中である。悪阻が酷いということでパーティーに出席は出来ない。話によると、王都の屋敷で残る弟妹や、ラクウェルの第2夫人であるレオナ共々留守番ということらしい。
「レオナ殿が側にいてくれた方が安心だそうだ。男には気持ちがわからないからな」
「……淡白過ぎませんか?」
「お前も、その時が来たらわかる。急かされるだろうからな……」
「……まぁ、そうでしょうね」
今は他人事でいられるが、マグリアに言った言葉はそのままアルヴィスに跳ね返ってくる。血縁者はいる。途絶することはないが、アルヴィスの次と言えば弟になってしまう。そこまで引きずる訳にはいかない。アルヴィスは、子を早めに作らないといけないのだ。次代へと繋ぐためにも。
「わかってます。義務は果たしますよ」
「……経験者として助言するが、義務では相手……リトアード公爵令嬢を傷付けるだけだ。政略だろうと何だろうと、ちゃんと相手を愛する努力を怠るな」
「……愛する努力、ですか?」
「ジラルドの馬鹿と同じ事はするなということだ」
「……わかってます。いえ……わかりました、兄上」
アルヴィスの返事に満足したのか、マグリアはポンポンとアルヴィスの頭を優しく撫でる。思わぬ行動に、手を払い除けてしまうが、それでもマグリアは笑みを崩さなかった。
ベルフィアス公爵家の久しぶりの逢瀬の時間は、穏やかな時間となったのだった。
度々の誤字脱字報告、申し訳ありません。報告して下さった皆様、ありがとうございます。至らない部分についての助言も感謝しております。今後少しでもなくなるよう、気を付けたいと思います。
そんな中、沢山の方々に本作を読んで頂いており、驚きと感謝でいっぱいです。本当にありがとうございます。




