閑話 本音との葛藤
短いです、すみません;;
その日の深夜。ふと、エリナは目を覚ます。いつもならば目が覚めるのは、既に陽が昇った後だ。カーテンの隙間から光が射していて、隣には既にアルヴィスがいない。
「アルヴィス様」
しかし今は深夜なので、アルヴィスもちゃんと眠っている。エリナを抱きしめながら。その温もりは、もはやエリナにとっては心地よく何よりも安心できる場所となりつつあった。エリナは顔だけを動かして、アルヴィスの顔を見つめる。しっかりと閉じられた目は、開かれることはないだろう。だから、そっと手をその顏に伸ばす。
「……マラーナはそれほど遠くにある場所じゃない。それでも、決して近くもないところ」
ポツリポツリとエリナの脳裏には、マラーナ王国に関する情報が思い浮かんだ。国土はルベリア王国と大きく変わるわけではない。王都近くには深い森があり、帝国側との国境沿いにも険しい山と森があった。制度はルベリア王国と同じく、王侯貴族制で女性には継承権がない。
最も大きく違うのは、奴隷制度の有無だった。廃止はされたが、裏では続いているとエリナは聞いている。その為、国民の意識という点においてはルベリア王国とは相容れないだろう。長い間続いてきた制度を変えることは出来ても、人々の意識までを変えるのはそう簡単ではない。長い年月が必要となる。そもそもその様なこと、制度を変えた人物ならば承知の上だろう。それが、シーノルド・セリアン宰相だ。
「……」
この功績だけを聞けば、とても出来た人物のように思える。だが、アルヴィスは彼を信用してはいない。むしろ警戒している。もしかすると、今回のマラーナ国王の崩御についても、何かしら思うところがあるのだろうか。
アルヴィスがエリナへ、マラーナ国王の訃報を伝えた時の表情を思い出す。彼は驚いた様子もなく、ただ淡々と語った。まるで、いずれその時が来るということを予想していたかのように。マラーナ国王の年齢は、アルヴィスの実父であるベルフィアス公爵と同年齢だった。身罷られるのには年齢的にも早い。病弱だったという話も聞いたことがない。
そこまで考えて、エリナは血の気が引くのを感じた。まさかとは思う。あってはならないことだ。だが、ガリバースの様子とカリアンヌ王女が亡くなった経緯を考えれば、あり得ない話ではない。いくらお飾りだとしても、ガリバースは口が軽すぎる。外交の場に出せば、マラーナ王国の品位を落とすことになりかねない。しかし、昨年の建国祭でマラーナ王国はそれを行い、彼の失態はルベリア王国だけでなく他国にも知られることとなった。
「そんなこと……あり得ないわ……」
あり得ていい筈がない。でも、きっとアルヴィスはエリナの知らない情報を知っている。エリナが及ぶ考えなど、既にアルヴィスも辿り着いていることだろう。それをエリナには伝えないということは、心配を掛けたくないと考えているのかもしれない。
今の時点で、エリナの中は不安でいっぱいだ。そうしなければならないと理解はしている。アルヴィスはルベリア王国の王太子で、エリナはその妃だ。王太子を支えるのが妃の役目。彼が決めたことならば、それに理解を示し従わなければならない。そんなことはわかっている。
マラーナ王国は危険だ。あの国に行けば、何が起きるのかわからない。セリアン宰相も信頼できないとなれば、あの国が他国の王太子を守ってくれる保証などないに等しい。何かが起きても、きっと隠蔽を図ってくるだろう。そんな場所に行かなければならないなんて……。
「っ」
考えれば考えるほど不安が募り、エリナの目からは涙があふれてきた。声を出してはアルヴィスに気づかれてしまう。アルヴィスの頬から手を離し、エリナはその胸に顔を埋めた。我慢しなければならない。絶対に気づかれてはいけないのだから。
「……行か、ないで……」
それだけが偽らざるエリナの本音だった。




