16話
王都へ帰還してから二日後、アルヴィスは国王の執務室へ呼ばれていた。執務室にはいつもの顔ぶれがある。国王と宰相の二人だ。だが、いつになく困惑した様子の国王に、アルヴィスは怪訝そうに首を傾げた。
「伯父上?」
「あ、あぁ。来たか、アルヴィス」
「えぇ、お呼びと聞きましたので」
アルヴィスが来たことにさえ気が付いていなかったらしい。一体、何があったのだろうか。とりあえずはと座るように勧められたので、アルヴィスは国王の正面へと座る。国王が一呼吸を終えた後に、重い口を開いた。
「マラーナの国王が亡くなった、と一報があった」
「……そう、ですか」
マラーナの国王が亡くなった。十分に一大事ではあるものの、驚くことではなかった。その予兆は以前から報告を受けていたからだ。病に臥せった国王、そして全権を委ねられた宰相。例の件で王女を即座に始末し、あくまで国としては無関係だという体のまま装っている。遊び惚けている王太子をそのままにし、国王の代理をさせる気配もない。現在のマラーナ王国は宰相が采配を振るっている状態だった。
「近々国葬を行うこととなっている。当然のことかもしれんが、その招待が来た」
「……」
如何に昨年の建国祭の件があるといっても、一国の王の国葬だ。そして、長年友好国としてやってきたという歴史もある。あくまで昨年のは王女一人の暴走であり、国は関与していない。実際のところは大いに関係しているとほぼ確信している。しかし、そうであっても一国主を悼むという点においてそれを持ち上げれば、懐が狭いと見られるかもしれない。件のことは知れ渡っているため、そう認識されることはないし、参加しなかったところでルベリア王国が非難されることもないだろう。だとしても、体面というものがある。
「建国祭と時期が被ります。ということは、伯父上が行くわけにはいきません」
「余は直に退位する身だ。だが、他国はそれを知らん。わかっておるが、何があるかわからん場所だ……」
隠居することがわかっているのだから、国王自身が行けば万が一の場合も国は大丈夫だとそう言いたいのだろう。しかしそこまでの敬意をマラーナ国へ持ってはいない。逆に、他国へそう受け取られても困る。ゆえに、国王自らが向かうのは選択肢としてあり得ないのだ。
「そもそもマラーナへ伯父上が行くことは危険すぎます。何があってもと言っても、そんな危険な場へ国王陛下を向かわせることなど出来ません」
「だが――」
「俺が行くべきでしょう。あちらもそのつもりで送ってきているでしょうから」
チラリと宰相へ視線を向ければ、彼は頷いた。そもそも論議をする必要さえないことだ。国王と王太子、どちらかを行かせなければならないのならば王太子を行かせるべき。建国祭という行事が迫っているのだから猶更だ。
「わかった。この件はお前に任せよう」
「はい」
「エリナはどうする?」
「当然、連れて行きません」
即答した。妊娠中であることに加えて、かの国にはカリバースがいる。既に婚姻も済ませているし流石に不用意なことをしないと思いたいが、それでも同じことが起きないとも限らない。出来れば彼の目には触れさせたくない。エリナに思慕を抱いているというのであれば尚のこと。
「そうだな。大事な身体だ。旅などさせることも出来ぬし、ここで安全にしていた方がいいだろう」
「はい」
同伴者と共に出るのが常識ではあるものの、既にマラーナ王国はルベリア王国にとって友好国とは言えなくなっている。その程度の非常識をしても別に問題はない。
「建国祭については、出発前に引き継ぎます。エリナにもそう伝えておきますので」
「うむ」
「では、俺は失礼します」
話は終わりだ。アルヴィスは立ち上がり頭を下げると、そのまま執務室を後にした。建国祭に不在となるならば、色々と手回しをしておかなければならない。回廊を歩きながら、アルヴィスはふと空を見上げた。
「……まさか、な」
ぽつりとつぶやいた言葉は、誰に拾われることもなく消える。尤も、聞かれたところで何を示しているかなどわからないだろう。
「アルヴィス様、お話は終わりですか?」
そんなアルヴィスの下へ、エドワルドが駆け寄ってくる。
「あぁ。詳しい話は部屋でする。まずは戻るぞ、エド」
「承知しました」
執務室へ戻ったアルヴィスは、エドワルドらにマラーナ王国の件を説明した。国王が亡くなり、国葬が開かれること。そこへルベリアを代表としてアルヴィスが出向くことを。
「マラーナ王国へ、ですか」
「あぁ。実際に国内へ入ったことはないが、報告を聞く限り情勢は不安定なままらしいからな、用心するに越したことはない」
「妃殿下は当然お連れになりませんよね?」
「当たり前だ」
国王の時と同じく即答する。連れて行かない。それだけは変わらない。ただ気になるのは、エリナの精神状態だ。遠征へ向かう時も、不安そうな表情で見送られた。特師医によれば、妊娠している女性は不安定になることも多いという。それは、宿っている子のマナが原因らしい。
人は誰しもマナを持っている。当然、子どももだ。子どもは両親からマナを受け継ぐ。だが、両親のマナの強さに差異が大きい場合、触れ合うことでその差異を補う。それでマナを安定させているという。補えずにいると、エリナの様にどこか影響が出てくる。つまり、エリナとアルヴィスではマナの強さに差がありすぎるということだ。
だがこれは傍に居れば解消出来る事。出来るだけ傍にいるように努めたいとは思う。ついていきたいと望まれれば叶えてやるのがエリナの為にはいいのだろう。しかしそれだけは出来ない。行き先がマラーナ王国でなければ考えるが、あの国だけはだめだ。
「アルヴィス様?」
「……今回は、一週間程度不在になるかもしれない。その期間のエリナのことが気がかりだ」
「そうですね。姉上によると、アルヴィス様が遠征に行ってしまった時も大分ふさぎ込んでいたと聞いています」
「そうか」
アルヴィスはそっと己の手を見つめた。己のマナの力が強いのは知っていたこと。それがアダになる日がくるとは考えもしなかった。
「フォラン特師医に相談するしかないか」
「お呼びしてきましょうか?」
「時間がある時でいい。ここに来て欲しいと、伝えてもらえるか?」
「はい」




