閑話 墓所の外側では
今回はエドワルド視点です。
アルヴィスとジラルドが中へと入って一時間程度が経過した。それでも二人が戻ってくる気配はない。
「一体中はどうなっているんでしょうか……」
「ハスワーク?」
「外壁を越えてすぐに、アルヴィス様の姿が見えなくなったことも含めてですが、ここは普通ではありません」
そう、そもそもそこから不思議なことだらけだ。墓所という形をとっているこの場所は、外側からも建物が見えている。しかし、アルヴィスたちの姿は見えない。建物が目視できる位置にあるのだから、普通ならば移動している姿が見えてしかるべきである。それがアルヴィスたちの周囲に霧のようなものが発生した後で、二人はそのまま見えなくなった。まるで建物の姿が絵画であるかのように。
「まぁ、な。俺も初めて見るが……陛下や閣下でもここを訪れることはほとんどない。王族であっても一生に一度あるかないかという程度で、ここに来ることが出来る日は決まっている。それを破ってここへ来たという時点で、そもそも普通のようにはいかないとは思ってはいたが」
ルークもここへ来たことはあれど、中に入る王族と共に来たことはないという。この場にいる全員が同じ状況だ。これが墓所では普通なのか。それともイレギュラーな状態なのかなど判別することは無理だろう。
「私たちには、ただ待つことしか出来ないと……そういうことですね」
「あぁ。この地は大聖堂以上に女神との繋がりが深いとも言われている場所だ。アルヴィスがその加護を持っているのだから、そうそう滅多なことは起きないはずだ」
「そうであればいいのですが」
女神ルシオラの加護を持っている。それは間違いなくアルヴィスの身を守ってくれるもの。それはエドワルドも理解していた。しかし、女神の加護というのは時としてアルヴィスへ負担を負わせているようにも見える。思い出すのは大聖堂でのことだ。
『アルヴィス様っ⁉』
『……落ち着きなされ、侍従殿』
『ですがっ』
倒れたアルヴィスの額へと大司教が手をかざす。エドワルドにはわからなかったが、大司教が眉を寄せているのを見てあまり芳しい状態ではないことだけはわかった。
『王太子殿下のマナがざわついております』
『何が起こっている?』
『申し訳ありません、近衛隊長殿。私にもそれ以上のことは』
エドワルドたちから見れば、アルヴィスが突然倒れたようにしか見えなかった。アルヴィスの為に出来たのは休ませることだけ。あの時、アルヴィスの身に何が起きたのか。結局は教えてくれなかった。今回のことも、どうしてこの場に来たのかという理由さえ教えてもらっていない。ただ、アルヴィスがどこか焦っているようにエドワルドには映っていた。
そんな風に考え込んでいると、ポンと肩を叩かれる。振り返ってみると、それはルークだった。
「ほら、王太子殿下のご帰還のようだ」
「え」
視線を墓所へと戻すと、霧が立ち込める中からジラルドの姿。そして少し遅れてアルヴィスが現れた。
「アルヴィス様!」
速足でこちらへ来るジラルドとは違い、アルヴィスの歩調はやや遅い。よく見れば顔色も悪いようだ。何事もないとは思わなかったが、やはりアルヴィスに負担を掛けるような何かがあったのだろう。
外壁から出て来ると、エドワルドは真っ先にアルヴィスへと駆け寄った。
「エド?」
「お帰りなさいませ、アルヴィス様」
「……あぁ、待たせたな」
言いたいことは山ほどあるが、まずは休ませるのが先だ。休ませるための場所は既に用意してある。
「さぁまずはお休みください」
「いや、俺は平気だから――」
「そのような顔色で何を仰っているんですか。それとも、すべて妃殿下へお伝えしてもよろしいのですか?」
「……お前は最近エリナを頼り過ぎじゃないか?」
それは当然だろう。何と言ったところで今一番アルヴィスに効果的なのは、エリナの名前だ。エリナ当人からも、アルヴィスが無茶をしそうならば遠慮なく名前を出して欲しいと許可を得ている。以前よりは随分マシになっていると言っても、未だアルヴィスは自ら率先して動き過ぎる。特に最近のアルヴィスは。
「いいからお前は休んで来い。王都に戻るとはいえそのくらいの時間はある」
「……わかった」
ルークにも言われて渋々ではあるもののアルヴィスが休む態勢へと入った。それに安堵したエドワルドは、ジラルドの下へと向かう。
「ジラルド殿」
「何だよ」
「アルヴィス様と共に居てくださったこと、お礼を申し上げます。ありがとうございました」
「え」
実際にアルヴィスの世話をしてくれたわけでもないし、ただ一緒にいただけだという事はわかっている。それでも一人で向かわなかったのはジラルドがいてくれたからだ。誰かがいるだけでアルヴィスの行動には制限がかかる。その役目を果たしてくれたエドワルドなりの礼儀のつもりだった。
しかし当のジラルドは、驚いたのかただ目を見開いている。何か言葉を言いたいらしく、口をパクパクさせていた。だがエドワルドが言いたいことは伝えた。その後ジラルドが何を感じたところで、エドワルドには関係がない。
「では失礼します」
「あ……」
エドワルドは茫然としているジラルドを残して、アルヴィスの下へと走っていった。




