14話
少しだけ物語の核心というか、色々と触れてきています。
今回の話はどうか心に留めておいていただけると。。。
何度か深呼吸を繰り返し、アルヴィスは息を整える。頭の鈍痛は治まりそうにないが、それでも大分落ち着いてきた。
「だ、大丈夫、か?」
「あ、あぁ」
ゆっくりと立ち上がろうとすると、視界が暗く染まる。眩暈だと思った時には遅い。身体が倒れかけるのを他人事のように感じていると、横から腕を引っ張られた。
「アルヴィス!」
支えてくれたのはジラルドだ。それ以外に人はいないのだから間違いない。アルヴィスの腕を首に回して、倒れないようにと支える。
「すまん」
「そんな調子で出て行くつもりか?」
「はは……」
思いがけないジラルドからの指摘に、アルヴィスは笑う。まさかそんな心配をジラルドからされるとは思わなかったからだ。笑われた形となったジラルドは不満そうに唇を尖らせる。
「なんで笑うんだ」
「悪い、お前からそんなことを言われるとは思わなかったんだよ」
「僕だって、そのくらいは……」
否定しながらも、その声は徐々に小さくなっていく。恐らくそれはアルヴィスの言葉を完全には否定できないからだろう。ジラルドが誰かを気遣う場面など、少なくともアルヴィスは見たことがない。もしかしたらリティーヌに対しても、そしてエリナに対しても気遣うことなどしてこなかったのかもしれない。それは次のジラルドの言葉でわかる。
「いや、言ったことなどなかったかもしれない。ヴィクターにも誰にも」
「……そうか」
小さい頃からアルヴィスの方が少しだけ身長が高く、こうして顔がすぐ横にあるというのは初めてかもしれない。だからこそ今のジラルドの表情が良く見える。後悔をしている、ということがありありと見て取れた。
この墓地に入った時は連れてきたことを後悔したが、やはり連れてきて良かったのかもしれない。ジラルドに支えられながら苦笑すると、ズキリと頭に痛みが走った。
「っ」
「アルヴィス、僕はどうしたらいいんだ……?」
「いい。このままここを出よう。まだちょっと混乱しているだけだから、休めば治るというものでもないしな。それに――」
「それに?」
「お前も、ここには長居したくないだろう?」
ジラルドがフイっと顔を背ける。だが耳が赤くなっているところを見るに図星なようだ。恐怖感が薄れたわけではないらしい。このまま外に出れば、間違いなくエドワルドらに責め立てられることはわかっている。だが、急がねばならない。ここで得た情報が、今マラーナで起きていることと酷似しているというのならば、直ぐに動く必要がある。
「いずれにしても急ぎ城に戻らなければならない」
「……それはさっきの独り言と関係があるのか? まさか、その……幽霊、とかじゃあない、よな?」
「ある意味ではその類に含まれると言えなくもないだろうが」
女神を幽霊と言っていいものかと言われれば駄目だろう。しかし、実体を持っていないという意味では違うとも言い切れない。そういう意味でアルヴィスは伝えたのだが、ジラルドには当然伝わっていない。腕を掴んでいる手へと力が込められるのを感じて、アルヴィスは再び笑った。
「別に怖いわけじゃないっ」
「くくっ、そうか」
「お前っ! 調子が戻ったならもういいだろう! 僕は先にいくっ」
腕を離して、ジラルドは足早に先へと向かっていく。出るだけならば一人でも問題はないはずだ。まだ残っている吐き気を深呼吸をしてやり過ごすと、アルヴィスは石碑へと振り返った。
「ルシオラ、貴女の子孫の一人として務めは果たすこと、お約束します」
胸に手を当てて、アルヴィスは頭を下げる。風が頬を撫でた気がして顔を上げた。おそらくそれはルシオラからの返答だろう。いまここですべきことはやった。再び石碑へと背を向けると、アルヴィスはジラルドの後を追うのだった。
アルヴィスの姿が完全に見えなくなった後で、ルシオラは石碑の前に顕現する。両手を組み、祈るようにして目を閉じる。
『……どうかお願いします。アルを、あの子をどうか』
届かないことはわかっている。今ルシオラがやっていることは卑怯なことであるということも。それでも願わずにいられない。自分たちが行ったことが正しいとは思わないし、それを認めて欲しいわけでもない。それに、結果として今の世界をそうしてしまったことはルシオラたちの罪である。だが、それを変えるだけの力がルシオラにはない。既にマナだけの存在となり久しい自分たちには、何度も人間たちと関わることなど出来ない。神、と呼ばれる自分たちが関わればその人間が狂うことを知っているからだ。
ゆえに、奇跡のようなものだった。アルヴィスという人間に出会えたことは。少なくともルシオラはそう思っている。ルシオラの力を受けても狂うことのない器。本来ならば女性であることが望ましく、男性であるアルヴィスが受け入れられたのはまさに奇跡としか言いようがない。それでも今を生きる人間では、彼しかいなかった。大聖堂でマナを感じた時に、ルシオラは即断したことを間違いだとは思っていない。ただ、彼の周囲にいる者たちへは申し訳なさを感じてもいる。
ルシオラが彼を選んだということは、つまりはある選択を突き付けてしまうこと同義なのだから。




