11話
エリナが出てきていないので、ちょっと話題を入れてみました。
次に登場するのは閑話までお預けになりそうなので(汗
肩を落としたまま微動だにしないジラルドを置いて、アルヴィスは天幕へと戻ってきた。天幕の前には、エドワルドが立っている。どうやらアルヴィスが戻ってくるのを、ここで待っていたらしい。アルヴィスの姿を認めると、エドワルドは少しだけ安堵したような顔を見せた。
「お帰りなさいませ」
「あぁ、悪かったなエド」
「いえ……アルヴィス様はそういうお人ですから。それよりも何事もなくて良かったです」
アルヴィスが天幕の外に出る時、エドワルドは引き留めることなくただ「お気をつけて」と送り出してくれた。何をしに行くのかも全て承知の上でのことだろう。
この場でジラルドはただの従僕という扱いだ。本来ならば、アルヴィスが気に掛ける必要などない。放って置いても問題はなかった。それでもアルヴィスが声を掛けに行ったのは、未だに心のどこかで弟のような気分が抜けていないからだ。それもエドワルドにお見通しだったということ。本当にこの幼馴染には頭が上がらない。
「この遠征が終わった後、予定通り向こうへ送る予定だ。その前に、少しでも自覚させられればいいんだが」
「そうですね……」
多少荒療治になっても構わない。未だにリリアンという少女の呪縛の中にいては、己の責任をはき違える可能性もある。ジラルドの行動の責任はジラルド自身にあり、何がいけなかったのかを自覚してほしい。それは、婚約を破棄された側の令嬢たちがまず一番に望むこと。その上で改めて罰を受けさせて欲しいと。
塔に幽閉されたまま生涯を終えるか、それとも見習い騎士として昇給することはないまま国に尽くすか。どちらがより辛いかと問われた場合、アルヴィスが選ぶのは確実に前者だ。無為の時間を過ごすことほど苦痛なことはないのだから。尤も、ジラルドにとってどちらが苦痛かはわからない。いずれにしても、その先はアルヴィスが考えることではない。
天幕の中へ入りシートの上に腰を下ろしたアルヴィスは、外套を脱ぎエドワルドへと手渡す。
「もう遅い時間ですし、お休みになられますか?」
「あぁ」
腰から剣を外してすぐ傍に置くと、アルヴィスは横になった。明日も早いことに加えて、夕方にはあの墓所へと向かうことになっている。そこで何が起きるのか。大聖堂で起きたことを考えれば、何かしら起きると構えておいた方がいい。
天を仰ぎながら、アルヴィスは右手を胸の上に置いた。この身に起きている胸騒ぎの正体。それを少しでも掴んでおきたい。明日の行動予定を考えながら、そのままアルヴィスの意識は落ちていった。
その翌朝、アルヴィスが朝食を摂っていると遠くの大木に腰を下ろしているジラルドの姿を見かけた。少し目が赤いようにも見える。恐らくは眠れなかったのだろう。ジラルドは学園の演習以外での実戦経験はない。馬車以外の移動方法で王都外に出たこともないはずだ。野営経験などあるはずもなく、全てが未経験だろう。
遠征中は、当然休むのは野外。当たり前だがベッドなどはないし、湯あみも出来ない。これは王太子であるアルヴィスでも同じだった。尤も、アルヴィスは騎士団や近衛隊での経験があるので、アルヴィスだけが例外な可能性もある。そもそも王太子が遠征に参加すること自体が異例なのだから。
野営という不慣れな環境で眠ることが出来ないのは、遠征の初参加者にはよくあることでもある。それでもジラルドは不満を漏らしていないので、今の置かれた状況は理解しているらしい。
「それだけでも進歩、か」
「……随分遅い進捗具合ですがね」
「ハーヴィ?」
「おはようございます、殿下」
アルヴィスの呟きを拾ったのは、副隊長のハーヴィだ。
「おはよう、見張り隊ご苦労様だった」
「ありがとうございます。あの方は、昨夜は一睡もせずに外にいたらしいですよ。想像していた以上に、過酷に見えたのでしょう。我々にとっては普通なのですが」
「考えたこともないんだろうさ」
どれだけの人の力で、己が守られていたのかを。無論、アルヴィスとてまだまだ未熟者の部類に入る。精進しなければならないことなど山程あるので、偉そうなことは言えない。
「俺も、頑張らないとだな」
「あまり頑張られても困りますが……そういえば」
「そういえば、なんだ?」
意味ありげに言葉を止めたハーヴィは、少し意地の悪いような笑みを浮かべている。アルヴィスは反射的に身体を引いた。
「出発前に妃殿下がお見送りに来ていらっしゃいましたが、その時あの方が妃殿下を見て呆然としていたらしいですよ。惚れ直していた、という様にも映ったみたいでスッキリしたという隊士もいましたね」
確かにエリナが見送りに来ていた。思い出していると、ふと気づく。あれは遠征の出発前。つまり、近衛隊士らの目があるところだった。従僕として同行していたジラルドもその場にいたのだ。アルヴィスの様子から色々と察したハーヴィは苦笑する。
「意図的、ではなかったのですか」
「違うっ」
ただあの時は、朝からエリナがどこか不安定に見えていた。アルヴィス自身、そのまま出発していいか迷っていたところへ、寂しそうな顔をしているエリナが傍に来たのだ。放って置けなくなってしまうのも当然だろう。ただそれだけのことだ。周りのことなど頭になかった。あるのはただ、エリナを安心させたいという想いだけ。本当に他意はなかったのだ。
「それはそれでよろしいと思います」
「……」
ほんの少しだけハーヴィの笑みが黒く見えたのは気のせいだろう。
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