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9話

今回は前回とは変わって演習地でのお話です。

温度差が激しい。。。


 今年も昨年と同様に近衛隊の演習に同行したアルヴィスとエドワルド。今回は、従僕となったジラルドも同行していた。配置はアルヴィスの前で、エドワルドはアルヴィスの隣を歩く。

 外套を纏ったアルヴィスは、その下に愛剣を携えていた。エドワルドも身を守る為に武器を持っている。ではジラルドはどうかというと……。


「なぜ僕がこんな使い古した剣なんだ……」


 一応というか、ジラルドも同様に帯剣を許可されていた。ただしその剣は、ジラルドが王太子だった頃に使用していたものとは違う。剣を納める鞘にはたくさんの傷がついており、お世辞にも綺麗とは言えないものだ。剣自体へも、多少の傷はついている。だが刃こぼれがあるわけではなく、十分に使える状態のものだった。元々それらの剣は騎士団や近衛隊を引退した者が使っていたりしたものなので、手入れをすればこの先も使い続けられるものだ。

 そのまま進んでいくと、戦闘が開始される。アルヴィスたちは隊列から少し距離を取った場所で、立ち止まっていた。


「ジラルド、ボーっとしているだけなら素振りでもしていろ」

「え?」

「随分と触っていないだろう? いざという時に振れないようだと困る」

「っわかったよ」


 指示されて不満そうに剣を振るジラルドに、アルヴィスは深く溜息をついた。素振りをする様子を暫し眺めていて分かったが、ジラルドはただ振るっているだけだ。ジラルドの心の不満がそのまま振り方にも現れてしまっている。あれでは振っていても何の意味もない。


「全く……」

「アルヴィス様、ジラルド殿は剣の腕前はいかほどなのでしょうか?」


 王族は誰であろうとも剣を学ぶ。それは王女であっても変わらない。第二王女であるキアラも既に基礎は始まっているだろう。ならばジラルドも基礎を叩き込まれている筈である。学園でも講義を選択していれば、実戦経験も積むことが可能だ。しかし、ジラルドが何を専攻していたのかなどアルヴィスが知るわけもない。エリナならば知っているだろうが。


「筋は悪くないが、あいつの剣は魅せる剣であり戦う剣ではないな」

「ルーク?」

「アンブラ隊長、お戻りでしたか」


 口を挟んできたのはルークだ。前の様子を見に行ってのだが、ちょうど戻ってきたところに会話が聞こえてきたらしい。


「まぁ見学者という認識だ。下手をすれば足手まといだろうが」


 熟練した騎士たちの中に放り込めば連携を乱しかねない。当人も行きたいとは願わないだろう。ルークの言葉に頷いたアルヴィスは、表情を厳しいものへと変える。


「前の様子は?」

「良くねぇな……昨年以上に悪い」

「そうか」


 これは想定の範囲内だ。騎士団からの定時連絡でも異変が報告されている。建国祭が近いこの時期に、民衆を不安にさせることは出来ない。やはりその原因を確かめる必要があるだろう。この先も気を引き締めていかなければならない。

 その時だった。アルヴィスの背中にゾクリと不快な気配が走る。アルヴィスは振り返ると、反射的に剣を構えた。


「アルヴィスっ」

「わかっている! エド、ジラルドのところまで下がれっ」

「は、はい‼」


 緊迫した空気の中でルーク、そしてレックスとディンも無言で構えた。瘴気がここまで来ている。いや、今この場に発生したという表現が正しい。前方とは距離を取っているにも関わらず、何故ここに発生するのか。疑問は増えるばかりだが、ここで立ち止まってもいられない。アルヴィスは戦闘へ集中する。


「殲滅次第、前方と合流する!」


 指示を飛ばすと、アルヴィスは剣にマナを纏わせて湧き出る魔物へと駆けだした。


「わかった。お前ら、王太子殿下に傷一つつけるなよっ!」

「「はっ!」」


 既にこの場に魔物がいる中で、ここにいるのは最低限。他の戦力は前方へ割り振っている。迷っていれば囲まれてしまう。それだけは避けなければならない。アルヴィスに続くように、近衛隊が魔物を葬っていった。



 殲滅が終わり、周囲から魔物の気配が消える。周囲がホッと安堵している中で、アルヴィスは己の手をじっと見つめていた。


「アルヴィス、どうした?」

「……何でもない」


 心配そうな声に振り返ると、レックスが心配そうにこちらへと歩いてきた。アルヴィスは首を横に振る。ただ、レックスはあまり納得していないようで眉を寄せていた。そんな友人に、アルヴィスは苦笑する。

 ただ思い知っただけなのだ。そうであると頭では理解していたし、鍛錬中でも気づいていた。しかし、実際に戦闘を行うとほんの少しの違和感が剣筋を鈍らせてしまっていることに気づく。頭の中で考えている動きと、実際の動きとの乖離が生じているのだ。思う様に動いてくれない腕。それは右肩の傷が原因だ。アルヴィスは左手で右肩に触れる。


「まだまだだな、俺は」

「アルヴィス」

「すまない、急ごう」


 右手に持っていた剣を鞘に納め、アルヴィスはエドワルドらと合流すべく足を動かした。



 前衛部隊と合流し、予定よりかなり遅れて野営地へと到着した。近衛隊士たちの疲労は例年以上だ。その為か、ジラルドが隊士たちにこき使われていた。


「なんでこんなことを僕がやらないといけないんだ!」

「口を動かさずに手を動かしてください。殿下にそう指示されているはずです。次はこれを運んでください」

「っ……わかっている!」


 命令する相手だった存在に命令されるということで、ジラルドは特に反応してしまうらしい。ただ救いなのは、アルヴィスの名前が出ると口答えが減るということだ。


「まだまだ素直にはなれないか」

「……何故、あの方をお連れになったのですか? あれならばいなくとも問題はありません」


 問題ないとエドワルドは言うが、その本音はいない方がいいということだろう。この場にジラルドを王子として扱う者はいない。護衛についていたことがある隊士もいたはずだが、ジラルドは誰かを探す様子も名を呼ぶこともない。まるで、誰が護衛についていたのかなど知らない風にアルヴィスには映っていた。まさかとは思うが、そこまで酷いとは思いたくない。


「まぁあの方のことはどうでもいいです。それよりもアルヴィス様は大丈夫ですか? 先にテントでお休みなられた方が宜しいのでは?」

「平気だ。それほど疲れてはいない」

「ですが今回は、アルヴィス様も参加されておりましたので」


 それは不意打ちを受けたあの時だけだ。それ以降は、後方支援に務めていた。そう何度も王太子を戦場に向かわせることなど出来ないのだから仕方ない。アルヴィスとしては、もう少し実戦の感覚を積んでおきたいところだが、己の立場上無理を通すことが出来ないことはわかっている。


「アルヴィス殿下」

「ハーヴィ?」


 そんな二人のところへ声を掛けてきたのは、ハーヴィだった。いつになく疲れているように見えるのは、気のせいではないだろう。


「お聞きしたいことがあるのですが、宜しいですか?」

「あぁ。さっきの瘴気のことか?」

「えぇ……隊長が突然発生した、と仰っていたのですが」

「事実だ。俺にもそうとしか見えなかった」


 アルヴィスの答えにハーヴィは表情を険しいものへと変えた。これまで瘴気が発生する場所は、大抵同じ場所だった。当然、待機しているアルヴィスらの位置はそこから外れている。だが、今回はその外れた場所で発生したという。これは大きな問題だ。


「同じようなことが、別の場所でも起きる可能性があると思いますか?」

「……」


 想定外の場所で瘴気が発生するか否か。暫し考え込んだアルヴィス。頭の中に浮かんだのは、ただの勘だった。


「ない、と思う」

「アルヴィス様?」

「殿下、その根拠は?」

「ない、が……何といえばいいかわからない。ただ、あれは今までとは少し違うもの、な気がする」


 それ以上のことは言えなかった。本当にただ直感的にそう思っただけなのだ。その言葉にハーヴィは更に皺を増やしてしまう。アルヴィスは首を横に振った。


「悪い、気にしないでくれ。根拠も何もない。可能性については、現時点ではわからないとしか言えないな」

「……承知しました。今はそういう事にしておきましょう。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「貴方の直感は、意味があるものだと思っています。今の状況だからこそ尚更」


 そのハーヴィの視線の先にあるのは、アルヴィスの手の甲。つまりは女神の紋章だ。アルヴィスの勘がそれに影響されていると言いたいらしい。


「もちろん希望的観測であることも否めませんが」

「そうだな」


 いずれにしても結論は出ない。分かったのはただそれだけだ。

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