閑話 寂しさとの葛藤
今回はエリナ視点となります。
甘い部分を少しでも出していけたらと思いながら描いてみました。
アルヴィスの下に従僕という形でジラルドが置かれて数日後……。
エリナはいつものように、アルヴィスと朝食を摂っていた。この後は、王城へ向かうアルヴィスを見送る。それはいつものエリナの日課だ。この日も同じように見送る予定である。ただ一つ、いつもと違うことがあった。それは今日からアルヴィスが三日ほど帰ってこないということだ。
「どうしたエリナ? 気分でも悪いのか?」
「い、いえ大丈夫です」
考え事をしていた所為か手が止まっていたらしい。エリナの様子を不安そうに見つめるアルヴィスに、エリナは努めて笑みを返した。ここでアルヴィスに心配をさせてはいけないことくらい、エリナも承知の上だ。何の心配も要らないと、安心して送り出すことがエリナがすべきこと。そうだとわかっている。だからエリナは必死に笑顔を作った。
朝食を終えた後、アルヴィスは王城へと向かっていった。その後ろ姿を見ながら、エリナは溜息をつく。
「エリナ様、大丈夫ですか?」
「サラ……」
エリナの不安に気が付いていたサラが声を掛けて来る。やはり隠し切れないらしい。アルヴィスの前では必死に虚勢を張った。だが、それもアルヴィスの姿が見えなくなると崩れてしまう。
「……お仕事だもの、仕方ないわ。あまり我儘を言えば、アルヴィス様を困らせてしまうのだから」
今までもアルヴィスが夜も不在になることはあった。それでもここまで不安を覚えなかった気がする。エリナはそっと己のお腹に触れた。まだ膨らみが目立つわけではない。それでも温かい力を感じる。特師医によると、この子は現時点で母親であるエリナよりもマナの力が強いらしい。やはりアルヴィスの子だからなのだろうか。
「中に戻って休まれますか?」
「そう、ね。そうするわ」
エリナはサロンに戻って、日課の編み物を始めた。だが、その手はあまり進みを見せない。気が付けば手を止めて、窓の外を見てしまう。見たところで変わることはない景色なのはわかっているというのに。
「エリナ様」
「あ、ごめんなさい。何でもないのよ」
「準備しましょう」
「え?」
「まだ出発なされていない様ですから、まだ間に合います。ちゃんと不安だという事をお話なさってください」
まだアルヴィスは城を出ていない。でも、エリナは首を横に振った。正直に今のエリナの気持ちを話せば迷惑をかけてしまう。それにアルヴィスは遊びに行くわけではない。演習に向かうだけなのだ。三日後には帰ってくる。三日だけ留守にするというだけだ。
「駄目よ。お邪魔をするわけにはいかないのだから」
「特師医様も仰っていたではありませんか? 今は大事な時期です。エリナ様が不安に思えば、それはお子様へも伝わってしまうと。伝えるだけでも違います。迷惑なはずがありません!」
「でも――」
「反論は聞きません。行きますよ」
サラは既に羽織るものを準備していたティレアとアイコンタクトをする。するとフィラリータとミューゼがサロンへと顔を出してきた。
「ルーク隊長からそろそろだと連絡がありました」
「わかりました。エリナ様、急ぎましょう」
「え、あの、サラ⁉」
手を引っ張られ、されるがままに立ち上がる。走ることは出来ないので、これ以上急ぐことは出来ない。もう出るのであれば間に合わないだろう。そんな風に俯いていると、ミューゼがエリナの前に屈みこむ。
「妃殿下、失礼します」
「あ、ミューゼ? あの、きゃっ!」
膝を抱えられたかと思うと、エリナは抱えあげられてしまった。浮き上がる身体に驚き、ミューゼの腕を掴む。
「本来ならばアルヴィス殿下だけが許されることでしょうが、今回だけお許しください」
「……えぇ」
しっかりと腕に抱かれて、ミューゼは足早に駆けていく。時折すれ違う人々に驚かれはしたものの、気にしている場合ではなかった。ミューゼが止まったのは、近衛隊たちが準備に忙しなく動いている場所。
「到着しました、妃殿下」
「ありがとう、ミューゼ」
そっと下ろされてから、エリナは辺りを見回す。直ぐに目当ての人は見つかった。ローブを纏い、何やらルークと話をしている。エリナが見つめていると、アルヴィスはこちらに気が付いたようで大きく目を見開いた。
「エリナっ⁉」
慌てて駆け寄ってくるアルヴィス。エリナはサラたちの制止の声にも構わずにアルヴィスの方へ走り出し、そのままその身体に抱き着いた。力を込めて抱きしめると、アルヴィスも抱き締め返してくれた。
「どうした? こんなところに」
「申し訳ありません、アルヴィス様。私……」
邪魔をしてはいけない、迷惑になるとわかっていたのに、姿を見て思わず抱き着いてしまった。らしくない行動をしているのはわかっている。それでも、サラたちの言葉が背中を押してくれた。黙っていてはだめだと。伝えなくてはいけないと。
覚悟を決めて顔を上げると、アルヴィスは困ったような笑みを浮かべながらエリナの頭を撫でてくれた。
「朝からおかしいとは思っていたんだ。話を聞いてやれなくてすまなかったな」
「……アルヴィス様」
「溜め込まなくていいと言っただろう? せめて俺の前では抱え込まないで欲しい」
アルヴィスにはお見通しだったのだろうか。エリナが何かを我慢していることを。それだけでもエリナにとっては嬉しかった。優しく頬を撫でられて、その手に己の手を重ねながらエリナは首を横に振った。
「気にしていただけただけで、私は十分です。迷惑をかけてしまって、申し訳ありません。お忙しいのに邪魔をしてしまいました」
「そんなことはない。いつだって君は自分は後回しなんだから」
「それはアルヴィス様も同じです」
「……」
そう言い返せば、アルヴィスは何とも言えない表情をする。心当たりがあるからだろう。なんだかおかしくて、笑みが零れた。そんなエリナに、アルヴィスも笑みを浮かべる。
「少しは気が晴れたようで良かった」
「出発前にご心配をおかけしてしまいました。少しだけ、寂しかっただけなのです」
「エリナ」
「今回は演習ですし、毎年のことだとわかっています。でも危険がないというわけではありません。ですから、無事をお祈りしています。お気をつけて行ってきてください」
「あぁ、ありがとう」
これ以上引き留めるわけにはいかない。エリナはアルヴィスから離れようとしたが、その腕をアルヴィスが掴む。
「アルヴィス様?」
「エリナ、これを預けておくよ」
アルヴィスがそう言って懐から差し出したのは、少し古いお守りだった。
「これは?」
「俺がずっと持っていたお守りだ。俺の代わりとまではいかないかもしれないが」
「ですが、これはアルヴィス様の――」
「俺にはエリナがくれたものがある。だから大丈夫だ」
チラリと見せてくれたのは、まだ結婚前にアルヴィスへと送ったペンダントだった。もう一度アルヴィスを見上げれば、彼は強く頷いている。エリナは差し出されたお守りを受け取った。少しだけ感じるマナは、アルヴィスのそれとよく似ている。エリナはギュッとお守りを握りしめた。
「ありがとうございます、大切にお預かりします」
「あぁ」
嬉しくてエリナはもう一度アルヴィスの胸に頭を寄せる。すると、アルヴィスの手がエリナの顎を持ち上げた。
「アルっ――」
エリナの声は、アルヴィスの口づけによって塞がれてしまう。アルヴィスの行動に驚いたエリナは目を開いたままだった。
「じゃあ、行ってくるよ」
「いって、らっしゃいませ……」
アルヴィスはそれだけを言うと、エリナから離れていく。その後ろ姿をエリナは茫然と見送った。
――
少し離れた場所では、二人の様子を近衛隊たちを含めたその場にいた全員が見ていた。その中の一人、ジラルドは久々に見た幼馴染であり元婚約者の姿に目を奪われているところだった。
「エリナ……あれが、エリナだと……」
ジラルドの知るエリナは、何事にも淡々としていて、何を言われても動じない冷静な人間という印象だ。周囲をよく見ており、令嬢の模範となるようにと常に気を配って行動していた。それが今のは何だ。
アルヴィスとエリナは政略結婚だ。ジラルドの代わりに王太子となったアルヴィスだが、幼少から王太子として教育を受けてきたジラルドとは違い未熟な点も多いアルヴィスだから、エリナが選ばれたのだと思っていた。だが今目の前で起こったのはまるで、お互いに想い合っているかのようではないか。
更に視線の先にジラルドがいたというのに、エリナは一度も視線を向けることはなかった。いや、エリナにはアルヴィスしか見えていなかったと言った方が正しい。あまりにかけ離れた様子に、ジラルドは混乱から中々抜け出せなかった。
誤字脱字報告いつもありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ




