閑話 従僕となって気づくこと
書き殴っていたら思いの外長くなりました;;
ジラルド視点となります。反省まではいっていません。。。
僕の名はジラルド。ジラルド・ルベリア・ヴァリガンだった。その名はもう名乗ることは許されない。それを従兄であり、現在は王太子の地位にいるアルヴィスに言われた。今の僕はただのジラルドであり、国を冠する名は既に僕のモノではないと。それは王族に与えられる名であるのだから、廃嫡された僕に与えられるものではない。
「何をしている、早く来い」
「っ……」
手には書類の束を持たされ、以前は命令を下していた近衛隊士に指示をされる。目の前の奴が誰なのかはわからない。だが、何度か見た顏だ。それはつまり、僕自身が王太子として接していた頃に顔を合わせているということ。そんな相手に命令されることなど、屈辱でしかない。
思わず唇を噛み、相手を睨みつけてしまう。すると彼は呆れたように肩を落とし、スタスタと歩いて行ってしまった。悔しいが、今の僕には彼を追いかけなければならない。その更に前を歩くアルヴィスについていかなくてはならないからだ。僕が遅れたからと言って、アルヴィスが足を止めることはない。この書類の束を投げ捨てて逃げ出すことだって、やろうと思えば出来る。でも……それをすれば、僕はもう二度とここへは戻って来れなくなる気がした。再びあの塔の上で、一人で過ごすこととなる。それを想像すると、今の方がマシに思えた。だから従うしかない。決して寂しいわけではない。そう必死に己に言い訳をした。
王太子の執務室で、僕は端に立ったままアルヴィスを見ていた。積み上げられた書類を一枚一枚手に取って、じっくりと目を通す。時折、書物を確認したり侍従に資料の確認を頼んだりしながら、手を動かしていた。
「たかだか一枚に時間をかけすぎじゃないか」
王太子として回される仕事は、大体が慣例に則って報告されているものが多い。さっと目を通して似たようなものであれば、サインをするだけでいい。国政に関わる重大なことは、父である国王が行う。騎士団関連はこちらに回されることが多いにしても、吟味するようなものなどそう多くはない。そんなに時間をかけても結果は変わらないというのに、何を逐一やっているのだろうか。僕の方が早く処理できる。王太子になってから日が浅いアルヴィスよりも、僕の方が出来るはずだ。
「己の方が出来る、と言いたそうですね?」
アルヴィスの傍に居ることが多い近衛隊士が話しかけてきた。王太子と近衛隊士という間柄なのに、気安く話をしている奴だ。恐らく、アルヴィスが近衛隊に所属している頃の同僚か何かなのだろう。
「……ふん、当たり前だ。僕はずっと王太子としてやってきたんだから」
「その割には、お粗末なことをしていたようですが?」
お粗末なこと。それは学園でのことか。それともリリアンとのことか。僕は相手を睨みつける。だが、近衛隊士は僕など見ていなかった。その視線は真っ直ぐにアルヴィスへと向けられていたからだ。
「どのような書類を処理していたのか、覚えていますか?」
「大体が似たような陳書や報告書だ。僕が考えるまでもなく、別のところで結果が出るようなものも多かった」
僕が考えて調べることなど特にない。ただ許可が欲しいだけで、王太子が目を通したという証拠が欲しいだけの作業なのだから。やりがいも感じないつまらない作業だった。
「そうであっても、それが本当に問題ないのかは考えなければいけないでしょう?」
「他の人間がやっているのだから、わざわざ僕がする必要はない」
それに考える時間があるならば、リリアンと過ごしていた方が良かった。学園の講義を受けながらも、そのような仕事をする時間などあるはずがない。それが当たり前だ。そうしてうまくいっていたのだ。
「考えている人間が誰か知っていますか?」
「そんなの僕が知るわけがないだろう。いつも同じ名前で報告されるのだから、気にしなくても」
「……では名前を偽るだけで、いくらでも虚偽の申請が通るというわけですね」
「何を言っている。虚偽などされるわけがない」
王太子に対して偽るようなことが起きるはずがない。想像もしたことがないと話せば、近衛隊士の彼は鋭い視線を僕へと向けた。思わず身体が震えそうになるのを、必死で抑えた。
「あんたが王太子じゃなくて本当に良かったよ。じゃなきゃ、今頃マラーナにつけ入れられていた。この国は終わっていたのかもしれないんだからな」
「な、なにを……」
「アルヴィスは己の責任を知っている。自分の言葉や行動一つで何が起きるのか。己の一言で、人の人生を変えることだってあることをちゃんと理解している。自分だけじゃない、他の誰かの人生を、国を背負うという意味をあんたはわかっていない」
意味なら分かっていた。僕は王太子で、国を動かす王になるはずだった。誰かに指示をするのが僕がすべきこと。領地のことだって、国のことだってそれなりの知識を持っている。それなのに、僕は言い返せなかった。何故かはわからない。ただ感じたのは、恐怖に似た何かだ。
「アルヴィスは、王太子となってから二度も重傷を負っている。死ぬ可能性だってゼロじゃなかった」
「え……」
「あんたなら、きっと近衛を責めるだろう? 当たり前だって」
当然だ。近衛隊は王族を守るのが仕事だ。その結果、大怪我をしようと死のうと職務を果たすのが彼らの仕事。だから責められるのが当然だ。
「だがアルヴィスは近衛を責めることはしない。むしろ謝罪をしてきた。何故だかわかるか?」
「……」
「王族に傷をつけられれば近衛の失態だ。だから王族は近衛隊の命を背負っているようなもの。自分に何かあれば、それは傷ついた己だけじゃなく近衛へも降りかかることだと知っている。近衛を盾にして逃げることだってできるのに、きっとあいつはしない。そんなあいつだからこそ、俺たちは命を預けられる。多少の処分だって喜んで受けるさ。そういう信頼関係があいつとの間にはあるんだよ」
それはまるで僕には預けられない、信頼していないと言われているみたいだった。僕は頭の中が真っ白になる。考えてみれば、僕は近衛隊士の名前を誰も知らない。アルヴィスのことは知っていたけれど、それだけだ。近衛隊を信頼していたかと問われても、是と答えることは出来ない。信頼とかじゃない、ただ当たり前として受け止めていただけだ。王城の人間に対しては皆がそうだった。
僕は王太子で、敬われるのが当然。彼らだって僕に対しては、何をしても出来て当然と言っていた。それが僕は嫌だった。だから褒めてくれたリリアンが大切で、誰よりも信頼していたのに……同じことを僕自身もしていた。そのことに気づいた僕は愕然とする。
もう一度アルヴィスへと視線を向ける。集中しているのか、僕たちが何を話しているのかなど聞いてはいない。手を動かしながら、時折考え込む様子も見えた。
「アルヴィス様、少し休憩をなさってください」
「……」
「アルヴィス様っ‼」
「っ⁉ あ、あぁ悪い。キリの良いところで休むよ」
何度目かの呼び掛けてようやくアルヴィスが反応する。困ったように笑うアルヴィスは、僕の知る従兄のアルヴィスの顔だった。思えば、アルヴィスは休憩をあまりしていない。夜も遅いし、日付が変わってから帰ることもある。それでもアルヴィスはいつも変わらなかった。疲れているはずなのに、それを見せずに文句の一つも言わない。
「アルヴィスは、僕を恨んでいる、よな」
ふとそんな言葉が漏れた。いつだっただろう。アルヴィスは騎士になって僕を守ると言ってくれた。剣を振るうのが好きだからと。それを僕はなんと返しただろうか。不満を覚えた気がする。マグリアと違って家を継がないのなら、騎士としてじゃなくもっと近くにいて欲しかった。文句を言えば、アルヴィスは苦笑しつつ頭を撫ででくれた、と思う。目の前と変わらぬ姿で。
僕はリリアンが好きだ。可愛くて、素直でちょっとドジなところもあるけれど愛らしい彼女が。ころころと表情が変わっていくところも可愛かった。エリナは美人だが、頭が良くて僕よりも勉強も出来た。僕よりも優秀だったことが気に入らなかった。どんなに頑張ってもエリナはその上を行ってしまう。エリナが頑張っていることなど考えもせず、僕はただ表面だけを見てエリナを避け始めた。
それに比べてリリアンはそれほど賢くない。僕の話を凄いといって聞いてくれる。それがどれほど僕を癒してくれたことだろう。僕以外にも彼女を好いていていた者はいるが、僕以上に地位がある者はいない。だから僕が選ばれて当然だと思った。
だからリリアンを王妃にして、この国を変える。そうすれば……いいと思っていたはずなのに、その先が今は想像できない。国王という役割がただいるだけで務まるはずがないことなどわかっていたはずなのに、僕はそれよりもリリアンを優先してしまった。国よりも……。
ふと、リリアンの顔が脳裏に浮かぶ。彼女はいまどこで何をしているのだろうか。




