8話
それから数日後、アルヴィスは執務室である人物と相対していた。机を挟んで向かい側に立つ相手に、アルヴィスは座ったまま声を掛ける。
「……」
「久しぶりだな、ジラルド」
そう、元王太子であったジラルドだ。彼は近衛隊に拘束される形ではあるが、一年半以上振りに王城へと足を踏み入れたことになる。皮肉なことに、この部屋はジラルドの部屋でもあった場所。どこか憎々し気な表情は、己の居場所を奪われたという考えがどこかにあるからだろう。それでも口に出さないだけ、まだ殊勝な方なのかもしれない。
アルヴィスの呼び掛けに応えず黙ったままのジラルド。困った奴だと苦笑するアルヴィスとは反対に、傍にいたディンは眉を寄せていた。そしてディンが一歩前に出ると、ジラルドの前に立つ。
「ディン?」
「貴方はご自身のお立場をご理解していますか?」
「……」
自分の立場。既にジラルドは王族の一員ではない。廃嫡された後、貴族位を与えられたわけでもないので、その身分は平民同然だ。アルヴィスだけでなく近衛隊も含めたこの場にいる誰よりも、その立場は低いものであった。
ディンの言葉は、それを理解しているかという問いかけ。即座に否定を口にしなかったところを見るに、知ってはいるのだろう。ただそれを受け入れているかどうかは別の話。だが、少なくともあの件で己に非があったということは受け止めたのかもしれない。
アルヴィスは立ち上がると、ジラルドの傍まで近づいた。そしてジラルドの前に立っていたディンに離れるよう指示をする。更に、部屋にいたレックスを含めた全員に退室を促した。
「殿下……」
「問題ない」
「承知しました」
彼ら全員が部屋の外に出るのを確認してから、アルヴィスはもう一度ジラルドへ声を掛ける。
「ジラルド」
「……アルヴィス」
「少しは頭が冷えたか?」
この問いにジラルドはバツが悪そうな表情をして顔を逸らす。肩を竦めたアルヴィスは、後ろに下がって机に腰掛ける形を取った。そのまま腕を組んで、息を吐き出す。
「ディンの言葉を引き継ぐが、お前は今の己の状況をどれだけ理解している?」
「僕は……もう王子でも、王族でもないってことは聞いた。父上にも母上にも、会うことは許されないと」
「そうだ」
絞り出すような声でジラルドが話す。プライドが高いジラルドには、使う側だった近衛隊に今の己の姿を見せることが癪だった。子供っぽい自尊心だとわかっていても、それを出す勇気が今のジラルドにはないということだ。アルヴィスと二人きりになったことで多少は素直になったが、このままというわけにはいかない。
「元々、お前はずっと塔で幽閉される予定だった。伯父上がそう仰っていたからな」
「父上が……じゃあ、何故だ?」
「あの件で被害者という形になった令嬢たちの願望だ。今の状況は、お前が守られているように映るらしい」
「僕は王太子の地位を失くし、王族でもなくなった。どこが守られているっていうんだ!」
「それでもお前はのうのうと生きていけるということだ。飢えに苦しむこともない」
誰と話すわけでもなく娯楽もない。本当にただ同じ毎日を過ごすだけ。生きているというより、生かされていると言った方が正しい。それだけでも十分に罰だという考えもあるだろう。だが彼女たちが望んでいるのはそのような罰ではないというだけだ。
「そんなお前の生活を支えているのは民の血税でもある。そういう意味でも、お前は守られているな」
「血税って、そんなの――」
「当たり前、とでも言いたいのか?」
「っ……」
そう簡単に考え方は変わらない。王族ではなくなったというのに、その思考は以前と同じ。確かにこのまま幽閉していても、彼女たちの気は済まないだろう。ジラルド自身が、その身を以て経験しなければ。アルヴィスは深く溜息をついた。
「ジラルド、お前の今後の処遇については俺に一任されている。これは伯父上、国王陛下からも既に同意を得ていることだ。よって、これに異を唱える者は誰であろうと許されない」
「アルヴィスっ」
「今後、人前では言葉を改めろ。そして、年長者には敬意を払え。誰であろうとな」
「なんで僕が⁉」
ジラルドは誰に対しても敬意など払ったことがあるとは言えない。国王と王妃に対しても、父と母という接し方だった。常に命令する側だったジラルドは、年長者どころか他人への敬意を抱いたことすらないのかもしれない。だがこれからはそうはいかない。
ジラルドは、王城で働く身分となる。働いたことがないジラルドにとっては、誰もが先輩だ。ならば、敬意を示すのは当然のこと。たとえそれが、元同級生たちであっても。
「お前は平民だ。そして現時点において王城で働く誰よりも経験が浅い。つまりは、立場的にお前が一番下という扱いとなる」
「王城でって、僕に働けというのか‼」
「そう言っているんだが」
「断る! 僕は――」
「俺の言葉を聞いていなかったのか? 誰であろうと異を唱えることは許されないと言っただろう」
誰であろうと。それはジラルド本人も含まれるということだ。既にジラルドに選択肢はない。いや、この先ジラルドが選択肢を与えられることなど滅多に起きないだろう。他の者たちと違い、ジラルドには爵位を与えられることはない。どれだけ頑張ろうとその地位が上がることはないのだから。
拳を握りしめながらジラルドは俯いた。辛そうにも見えるが、手を差し伸べることは出来ない。これから先、アルヴィスも厳しく接していかなければならないのだから。気持ちを切り替えて、アルヴィスはジラルドに宣告を下す。
「お前は今後、俺の傍で従僕として働いてもらう」
意見感想ありがとうございます。
ジラルドはとりあえずここから再スタートを切ります。
どうかこの先の展開を見守っていてください(*- -)(*_ _)ペコリ




