7話
明日、5巻が発売します!!
といいつつ、既に並んでいるお店があるそうですが(笑)
どうかよろしくお願いします(*- -)(*_ _)ペコリ
王太子宮へと戻ってくると、アルヴィスはサロンへと向かう。するとそこには、エリナが待っていた。
「おかえりなさいませ、アルヴィス様」
「ただいま、エリナ」
以前までなら入口で待っていたエリナ。だが、今はサロンで待つようになった。エリナの体調を考えて、そうして欲しいとアルヴィスが望んだからだ。エリナもこの件については素直に従った。
アルヴィスはエリナが座っているソファーの隣へと腰を下ろす。エリナの手元には、編み途中の帽子があった。
「今度は帽子を編んでいるのか」
「はい、まだ不格好なのですが」
途中段階である帽子をエリナが見せてくれる。確かに編み目がズレていたり大きさが違うところが見える。刺繍は元々やっていたが、編み物をエリナが本格的に始めたのは妊娠してからだ。それを考えると、本当に上達したのだと思う。
「十分すごいと思う。出来ない俺が言ったところで、説得力はないかもしれないが」
「いいえ、アルヴィス様がそう言ってくださるのなら嬉しいです」
「大変じゃないのか? あまり無理をすると――」
「私、楽しいのです。もちろん、刺繍をするのも楽しかったのですが、こうして自ら作ったものを誰かに渡すのを考えるのが楽しくて」
王妃教育の中では学ぶことのなかったことだと、エリナは話す。とりわけ、知識という点においてはジラルドの補佐をすることを考えて、沢山のことを学んでいたらしい。アルヴィスは知らなかったが、ジラルドは言語や他国に関することについて疎い部分があったという。学園での成績では上位だったが、それはあくまで一般的な知識という点だ。為政者としては十分ではなかったと。それを補うべく、エリナはジラルド以上の知識を持たなければならなかった。
「誰にでも苦手な部分はあると思いますし、私が得意だったというのもあって」
「そうだったのか」
「もし、あの方とだったら……こんな風にゆっくり過ごすことなんてなかったのかもしれません」
「……本当に、あいつが迷惑ばかりかけてすまなかった」
「アルヴィス様の所為ではありませんから、私ならもう平気です。幸せ、ですから」
照れるようなものとは違う柔らかく微笑むエリナに、アルヴィスはそっとその身体を抱き寄せた。
「お互い様、だな」
「はい」
ジラルドはどこかでエリナを都合の良い相手とでも考えていたのだろうか。少し考えれば、エリナがどれだけ己を助けてくれていたのか理解しそうなものだが。尤も、今更理解したところで遅い。エリナは既にアルヴィスの妃だ。
そこでふと、アルヴィスは少し前に届いていた書面を思い出していた。ジラルドの件だ。エリナに話すべきか迷っていたところだが、既に割り切っているのであれば話しておいた方がいいだろう。
「エリナ、ジラルドのことなんだが」
「はい、何でしょうか?」
「ジラルドを、北部に移したいという申請があったんだ。具体的には、騎士見習いとして就かせるということなんだが」
「……」
ジラルドは廃嫡されており、王位継承権は持たない。現国王の実子ではあるが、そう遠くない未来にアルヴィスへ王位が移る。その時、ジラルドの価値は王の実子ではなく王の従弟となる。直系としてヴァレリアがいる以上、その後にジラルドが何をしようとも王家にそれほど影響は与えられない。持ち上げようとしても、根拠が弱くなってしまうからだ。
更に言うと、エリナの懐妊は国中に知れ渡っていた。アルヴィスの実子がいるのであれば、その可能性は更に低くなり、ジラルドは先代の血を引く男児というだけとなる。外に出しても害はない。そもそもジラルドにその気概があるのならば、大人しく塔にいることもなかっただろう。
説明すると、エリナは少し考え込むように黙った。数分ほど考え込んでいたエリナが、真剣な眼差しでアルヴィスを見る。
「アルヴィス様」
「何だ?」
「率直にお聞きしますが、あの方に見習いなど出来ると思われますか?」
「……それはまぁ……難しいとは思うが」
「北方の方は、魔物の数も多くルベリアでは最も大変な場所と聞いております。そのような場所では、騎士の方々のご迷惑になるばかりか仕事に支障をきたすのではないでしょうか?」
ジラルドには爵位が与えられないので、北部に向かわされたところで一般兵と同じ扱いだ。そういった扱いにジラルドが耐えられるかどうかと聞かれれば、否と答える。エリナの意見にもほぼほぼ同意だ。だが、そうであってもエリナからこうも低評価を受けているとまでは思いもしなかった。
「エリナは、どういったことならあいつに出来ると思っているんだ?」
「そうですね……歴史や芸術関連においては得意だったと記憶しています。物を大切に扱うことが大前提ですが、美術館やそういった場所の方があの方には向いているのではないかと思います」
「王都に留めることになるが、それでもいいのか?」
「はい、構いません」
もう顔も見たくないのだとアルヴィスはもちろん、リティーヌを始めとした王族の皆が考えていた。エリナとジラルドを会わせることのないようにと。その一環として王都から遠く離れた場所へと向かわせる方針を考えていたのだ。だが、当のエリナから別の案を提案される。これには流石のアルヴィスも驚きを隠せない。
「私は、今が幸せなのです。考えてもみなかった望みも叶って、愛する人の子を授かることが出来て……ですから、もしあの方とお会いしたとしても笑顔で対することが出来ると思います。なので、私のことはお気になさらず、騎士の皆様にご迷惑をかけるくらいならば、その方がどちらにとってもいい案だと思います」
「そうか……それはそれで、あいつにとってはかなり痛手にはなるだろうな」
「そうでしょうか?」
「エリナにとって、ジラルドはもうそういう存在なんだってことが理解できるからな」
「アルヴィス様たちがいてくださったからです。ありがとうございます、アルヴィス様」
完全に吹っ切れた。あの日、ジラルドから衆人環視の中で婚約破棄をされた時に傷つけられた心も含めて、エリナの中で完全に昇華されてしまった。今も尚、あの日から抜け出すことが出来ていないジラルド。リリアンという令嬢への好意は未だ残っているらしいが、疑念も抱いているという。塔から出すというのは、そういった疑念を含めて現実を見てもらいたいという願いから来ていた。それも、被害者だった令嬢たちからのものである。平民に落とされた子息たちと同様に、身を以て知れということなのだろう。
アルヴィスからすれば、未だに許せない部分がないわけではない。だがそれでも、従弟であるという情は残っていた。
「あいつも、吹っ切れるといいんだがな……」




