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4話

本日の10時にも投稿しております。ご注意下さい。

 

 城下町では、まだ夕暮れの時間帯ということもあり、多くの人でにぎわっていた。王都在住期間もそれなりにあるので、アルヴィス自身も街は歩き慣れている。エリナは、こうして歩いて回ることがないようで、新鮮な気持ちで街を見ていた。


「何か気になるものがあるようでしたら、言ってください。多少の寄り道は構いません」

「いえ、その……お店を見て回ることがなくて」

「貴族令嬢ならばそうでしょうね。かく言う私も、騎士団に入団する前は、お店に入って買い物をすることはあまり経験しなかったですから」


 公爵家ともなれば、家に呼びつける方が多い。ベルフィアス公爵家もそうだが、エリナもリトアード公爵家の令嬢。言われなくとも、店の方から家に行くはずだ。

 お店を見ながら歩いていると、目の前にエプロン姿の男性が客の呼び込みをしているのに遭遇した。ちょうどお店の開店時間らしく、開いたことを知らせるための合図だ。歩いているアルヴィスらに気が付くと、目を見開く。


「っ!? って、アルヴィス様?」

「……久しぶりだな、カルロ。今からディナータイムか?」

「え、えぇ……ってちょっと待ってください!! オーナーを呼んで」

「いや、たまたま通りがかっただけだ。仕事の邪魔は出来ないし、それに申し訳ないが食事を安易にとるわけにはいかないんだ……」


 カルロが働いているのは、レストランだ。騎士団や近衛隊にいた頃は常連のように来ていたが、王太子となった今は、安易に外で口に入れるものをいただくわけにはいかない。万が一の責任問題となるからだ。安心している場所だとしても、オーナーらにその気がなくとも、いつどこで誰に何をされるかわからない以上、危険は出来るだけ遠ざけなければいけない。今は、護衛を連れていないし、エリナも一緒なのだから。


「そ、そうですよね。アルヴィス様は王太子、ですし……でも、もう会えないと思っていたので……こうしてお会いできてうれしいです。そちらのお方が、噂の婚約者様ですよね?」

「あぁ……」

「お似合いですよ。美男美女ってこういうことですよね。やっぱりアルヴィス様には、こういう綺麗な人が相応しいです」

「……礼を言うところなのだろうな。まぁ賛辞は受け取っておく。皆にはよろしく伝えておいてほしい」

「はいっ!」


 アルヴィスの腕に寄り添うように隠れているエリナは、どうすればいいのかと戸惑っている。このような場面に遭遇したことがないためか、どのようにふるまうのが正解なのかわからないのだ。淑女として紹介されるまで待つのがいいのか、それともお忍びという形で隠れるのがいいのか。そんな困っている風のエリナを見てアルヴィスは苦笑する。


「黙って、手を振っていればいいです」

「え?」

「下手に親しくなれば、カルロに危害が加わりますので」

「……わ、わかりました」


 耳元でそう告げれば、エリナは顔を赤くしながらもカルロに軽く頭を下げて、手を振っていた。

 その後もぶらりと散策を続け、時折通り過ぎる人たちの視線を浴びていた二人だったが、エリナがふとある店の前で足を止める。


「エリナ嬢、何か気になるものでも?」

「あ、いえ……」

「中を見てみましょうか」

「あ、アルヴィス殿下!?」


 少し強引に店の中に入ると、そこは小さな宝石店だった。王都中央部ではなく、少し外れた場所にあるのでアルヴィスも入ったことはない店だ。


「いらっしゃい……おや、誰かと思えば、噂の王太子様ではありませんか?」

「あ、貴女は……メルティ? メルティ・ファーレン殿?」

「フォッフォッフォ、一年振りですなぁ。相も変わらず、美味しいマナのにおいを持っておられる」

「貴女も相変わらずの様ですね」


 カウンターに座っていたのは、一人の老齢の女性だった。名をメルティ・ファーレン。年齢は不詳だが、およそ八百年は生きているといわれているマナを自在に操る魔女である。それが真実かわからないが、騎士団にいた頃にメルティに助力を求めたことがあり、アルヴィスも知っている相手だ。


「して、何用かな? また何かの依頼でもありましたかな?」

「いえ……彼女が気になったモノがあったようで立ち寄らせていただいたんですよ」

「彼女……なるほど、かの噂のご令嬢、リトアード公爵令嬢かい」


 カウンターから出てきたメルティが、値踏みをするようにエリナへと近寄った。後ずさりをしながら、エリナは声を出す。


「あ、あの、エリナ・フォン・リトアードでございます」

「礼儀正しいお嬢さんだ。……まぁ、このお方に付き合うことになるとは、苦労するだろうねぇ」

「え……」

「メルティ殿、エリナ嬢に変なことを吹き込まないでください」

「年寄りの戯言など気になさることでもないでしょうに。さて、お嬢さんは何が気になったのかね?」

「あ……そのウィンドウにあった石が」


 メルティに問われてエリナが示したのは、薄い青の石がはめ込んである指輪だった。共にネックレスも並んである。


「ほう、どうしてこれを?」

「あ……えっと、その……アルヴィス殿下の、色でした、ので」

「え……?」


 メルティが手に取って持ってきてくれたそれは、金の装飾が施されたものだった。確かに、金髪に水色の瞳を持つアルヴィスの色である。顔を茹でだこのように真っ赤にするエリナに、アルヴィスは正直戸惑いしかなかった。


「ほーう、まぁ女性の方がこういうことは鋭いもの。どうなさるのかな、王太子様?」

「……アルヴィスで構いませんよ、メルティ殿。いちいちわざとらしいです」

「くっくっく、すまないねぇ。で、アルヴィス様はどうなさるおつもりで?」

「買いますよ。エリナ嬢が気に入っているようですし」

「え、そ、そんなアルヴィス殿下!?」


 慌てるエリナに対し、メルティとアルヴィスは話を進める。アルヴィスには個人的な資産もあるため、あくまで個人の買い物だ。誰にも文句は言われない。使い道もないのだから、ちょうどいい買い物だろう。

 支払いを済ませて品物を受け取ると、アルヴィスはエリナの後ろに行き、ネックレスを付けてあげた。エリナの肌は白いので、色が映える。良く似合っていた。


「いいじゃないかい。よくお似合いだよ、お嬢さん」

「……そ、そうでしょうか」

「似合っていますよ……」


 己の色と言われれば多少複雑だが、悪い方向にはならない。嬉しそうにしているエリナの顔を見れば、いい選択だったのだと思う。残る指輪も、エリナの薬指へと通す。


「……あ、ありがとうございます。とても、嬉しいです」

「婚約祝い、とでも受け取っておいてください」

「良い宝石を使っている代物さね。大事にしなさいよ、お嬢さん」

「はいっ!!」


 勢いよく返事をするエリナ。

 その一方で、メルティはアルヴィスへと声をかける。


「……女神の祝福を受けたと聞きましたが、本当とは。気を付けなされよ」

「……?」

「その力、アルヴィス様ならば溺れることはないでしょうが……強大な力は時として、身を滅ぼすもの。使いどころを誤れば、命はありませぬ。ゆめゆめ、お忘れなきよう」

「……わかっています」


 意味深な忠告を受けて、アルヴィスは上機嫌なエリナと共に店を後にした。

 夜も暗くなってきたところで、まっすぐ学園の寮へと向かえばリトアード公爵家の侍女らしき女性が待ち伏せているのが見える。いつ戻ってくるかと待ち構えていたのだろう。


「エリナ様っ」

「サラ!!」

「ちょうど迎えもいるようなので、私はこれで失礼します。エリナ嬢、ではまた」

「あ……アルヴィス殿下、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

「それは何よりでした。では……」


 侍女にも頭を下げて戻ろうとするが、踵を返す前に侍女がアルヴィスの前に出る。


「お嬢様をお送りいただきありがとうございました。ですが、王太子殿下をおひとりで帰すわけにはまいりません。どうか、我々公爵家に送らせてくださいませ」


 一介の侍女に過ぎない相手がアルヴィスに対して発言するのは不敬な行為だ。しかし、それを破ってでも見過ごせないと判断したのだろう。忠義に値する人物なようだ。アルヴィスは苦笑すると、首を横に振った。


「リトアード公爵家の忠義は受け取っておきます。ですが、不要です。夜道には慣れていますので。では、急ぎますので、失礼しますね」

「あ……」


 有無を言わせずに、アルヴィスはその場から飛びのいた。実際には、近くの塀に上がっただけだ。侍女らを欺くのならば、それで十分だったから。


「出迎えご苦労」

「おい、アルヴィス。それはねぇだろう? 俺がどんだけ怒られたと」

「わかっている。とりあえずは、戻るさ。気晴らしにもなった……」

「……わかった。ほら、さっさと行くぜ」


 気配でわかっていたが、メルティの店を出た辺りからレックスらが付いてきていた。元同僚たちが来ているのなら、護衛としても十分だ。学園内に入っていくエリナを見送って、アルヴィスは城へと帰路を急いだ。



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