第三章 迫りくる足音 プロローグ
第三章開始です。
書籍版をご覧になっていただいている方は、既に知っている人が出てきます。
ですが、Web版では初出です。そのため、会話等々書籍版とは違う個所も今後出てくると思います。
その旨ご了承ください。
ザーナ帝国近郊。マラーナ国境付近の街ルカリオ。国境の街ということで、街中には見張り台ともいえる塔がそびえていた。その屋上には帝国の紋章が施された外套を羽織った数人が立っている。
「これは……酷いですね」
「どうされますか、皇太子殿下?」
問いかけられた紫色の長髪を靡かせた青年は、腕を組んで考え込む仕草をした。その様子を傍に居る数人が見守る。
彼らが見ているのは街の外。マラーナ王国との国境にある森だ。木々の合間から見えるのは、薄暗い煙のようなもの。間違いなく、あそこには瘴気が溜まっている。それも、ここから確認できるほどの広範囲で濃厚なものが。
「こんなことならば、あの子を連れて来るべきでしたか」
「……ですが、あの方ならばそのまま突っ走ってしまわれるのではありませんか?」
隣に立っている騎士のような恰好をした青年は、困ったように話す。その言葉に同意するように、周りも頷いていた。
「それでもあの子には加護があります。神の加護を得たあの子が一緒ならば、この瘴気の中も調査出来ると思ったのですよ」
「それはそうかもしれませんが」
「ないものねだりをしても仕方ありませんね。ともあれ、本日の調査はここまでといたしましょう。後日、あの子を連れてもう一度来ます」
「はっ」
帰還の指示を下せば皆が動き出す。その中で、皇太子と呼ばれた青年だけは森の奥を見つめていた。
「我が帝国とマラーナ……そして恐らくはルベリア王国にもその予兆があるはずです。もう少し調べてみる必要がありそうですね。神の契約というものを」
ルベリア王国の王太子が女神と契約したという話は、帝国にも伝わってきている。恐らくルベリア王国にも帝国の話は伝わっているはずだ。同じようなものが現れたのだから当然だろう。
「例年にはない瘴気の発生頻度。けれども、マラーナ王国は我が国の比ではないほどの広がりを見せている。つまりは発生源はかの国にあるということでしょう。是非とも調べてみたいところですが……」
「殿下?」
「いえ、何も。気にしないでください」
考え事が口に出るのは青年にとって性分のようなものだ。頭の中を整理していると、ついつい口に出してしまう。更には周囲が見えなくなるというのも悪い癖だった。
皇太子という立場にある青年が、他国へさらには危険だと思われる地へ出向くには生半可な理由では許可は下りない。そこまで考えて、青年は首を横に振った。
「取り急ぎは、国内の調査ですね。その上で考えるべきことでしょう」
「グレイズ皇太子殿下、そろそろお戻りの時間です」
「わかりました」
今日のところはここまでだ。帝都に戻らなければならない。お目付け役となった彼女の様子も見なければならないし、成果も早くこの目で見てみたい。どちらかといえば後者が本音だ。
「さぁ戻りましょう、帝都へ」
青年の名は、グレイズ・リィン・ザイフィード。ここザーナ帝国の皇太子である。




