幕間 城下での噂
久々のカルロ君登場です!覚えていますでしょうか?w
「おい、カルロ。出来た奴から持っていけ」
「……」
呆けている青年カルロには聞こえていないらしい。その視線は、騎士たちへと注がれていた。白い隊服は、ルベリア王国の近衛隊の制服だ。彼らはよくこの店を利用してくれるお得意様でもある。尤も、それは近衛隊だけでなく騎士団もだった。
きっとカルロが探しているのは、近衛隊でも騎士団でもない。その中に、人一倍華やかな容姿をしていた彼だ。近衛隊を脱退し、王族となってしまった彼が白い隊服を来て現れることはもうないとわかっていても、ふとした時に探してしまう。それは彼がこの店の常連だったからか。もしくはそれ以上の意味があるのか。詳しいことはわからないが、来なくなったことで寂しさを感じているのはカルロだけではない。
「ボケっとすんな」
「痛っ」
背中に肘を入れると、カルロはその背中を抑えながらようやくこちらへと顔を向けた。
「店長、痛いじゃないですか」
「ボーっと突っ立っている奴が悪い。仕事中だぞ」
「……わかってます。ただちょっと、やっぱり寂しいなと思ってしまっただけで」
「んなこと、今に始まったことじゃないだろうが。特に騎士なんてのは、怪我だなんだっていなくなることは多い」
別に彼に限ったことではない。騎士を続けられなくなったり、色々な事情で姿を見かけなくなることなんてざらだ。特段珍しいことじゃない。
「そうなんですけど」
「わかったら、さっさと――」
「さっき聞いたんですけど」
「……何だ?」
仕事に戻れと言う言葉を遮られて、仕方なくカルロの言葉に耳を傾ける。この時間はまだ忙しいほどではない。多少時間を使うくらいなら許容範囲だ。棚に身体を預けて、腕を組む。こちらが聞く態勢を取ると、カルロも隣に並び同じく棚へと身体を預けた。
「昨日のパーティーで、アルヴィス様と奥方様が」
「王太子妃殿下、だろうが」
「あ、はい。その王太子妃殿下がとても仲睦まじい様子だったって」
その噂はこちらの耳にも入ってきている。貴族があることないこと噂をしていくからだ。特にディナーの時は顕著だった。貴族は個室を使用することが多いが、配膳の際には中に入らなければならない。店の者が入る場合、口を噤むのがマナーだろうが、まるで自慢話のように披露する者たちもいる。無論、ここで見聞きしたことは口外しない。店の信用に関わるからだ。外で聞いてくる分にはその限りではないので、彼の噂については防ぎようがないというのが実情ではある。今回のような良い噂ならば、注意するようなことではない。
王太子が王太子妃に口づけを贈ったとか、抱きしめて離さなかったとか。カルロは顔を赤くしながら説明する。彼の話であり、カルロは聞いただけだ。顔色を変える必要はないが、カルロにとって彼はそれだけ恋沙汰には遠く見えていたらしい。
「あのアルヴィス様がそのようなことをするなんて想像が出来なくて」
「それだけ王太子妃殿下に惚れ込んだというだけだろう。別にいいんじゃないのか」
「そうなんですけど……本当に遠い人になってしまったんだなって」
「貴族なんて、多かれ少なかれそういう存在だ。まぁこの国は一定数距離が近い人たちがいるのは確かだが、他の国なんて平民の扱いは使い捨てが当たり前だからな」
隣国は特に酷かった。近年では、宰相が平民出身ということで奴隷制度もなくなり変わってきているらしいが、それも表面上だけと聞いている。尤も、この国も平民に対する風当たりが変わり始めたのは、十数年前くらいだ。先代国王が崩御して暫くしてからだった。カルロたち世代は、そういう時代を知らない。良い変化だが、それでも貴族と平民の間には取り払う事の出来ない大きな壁がある。ただそれを認識しただけのことだ。
「遠くに行ったところで、あの方自身が変わるわけじゃねぇだろ」
「え?」
「元気にしていれば、また会う日が来るってことだ。一方的かもしれんが、それが適切な距離ってもんだからな」
「……わかってますよ。ただちょっと寂しいなって思っただけですってば」
「店長、カルロ君ってば王太子殿下と妃殿下の絵姿を持っているんですよ」
「ちょっ、ステラ先輩っ!」
ひょっこりと入口から顔を出したのは、カルロの先輩であるステラ。ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。彼女がカルロを揶揄うのはいつものことだった。
「ステラ、カルロで遊ぶのもほどほどにしておけよ」
「はいはい、わかってますよ。ほら、カルロ君、休憩はおしまい。ちゃっちゃと働いて」
「待ってください! わかりましたから離してください」
腕を引っ張ってカルロを連れ出すステラは、手をひらひらと振って出て行った。あれでいて、カルロを可愛がっているんだろう。
「全く仕方のない奴らだ……報告がてらルークの奴に探りでもいれておくとするか」
王宮に務めている友人の一人の顔を浮かべながら頭を掻く。王都内は王太子妃殿下の懐妊の報が流れ、お祝いの空気が流れている。不穏な気配はない。しかしそれは王国内だけのこと。国境にいた元冒険者仲間からは、気になる情報をもたらされていた。
「マラーナが荒れる、か。元よりあの国に未来はないじゃねぇかよ」
あの国だけで終わるなら自分にとっては吉報だ。問題はそれがこの国まで来ないかどうかだけ。それでも伝えないわけにはいかない。それが城下に残っている自分の役割なのだから。




