閑話 その場にいた人々
本日は、前回の他視点でのお話詰め合わせです。
―ベルフィアス家の場合
国王から報告があると告げられ、一同が国王からアルヴィスへと注目をする。静かな音楽が流れる中でアルヴィスから告げられたのは、エリナの懐妊だった。
それを聞いた時、ラクウェルは言葉を失う。まさかこんなに早く朗報を聞くことになるとは思ってもみなかったからだ。会場内は、お祝いの言葉であふれ返った。
「心配いらないとお伝えしたでしょう」
「あぁ……本当だったのだな」
アルヴィスがどう過ごしているか。無理をしていないか。また己を押し殺して過ごしていないか。ラクウェルはそれだけが気がかりだった。父としてアルヴィスにしてやれることは多くない。アルヴィスとラクウェルの間には、高い壁が存在する。アルヴィスは王太子で、ラクウェルは公爵家当主でしかないのだから。もちろん、「王弟」という立場を振りかざすことが出来ないわけではないが、そのようなことをされてもアルヴィスは喜びはしないだろう。
チラリと隣を見ると、オクヴィアスはその瞳に涙を溜めていた。そんな彼女をラクウェルは抱き寄せる。顔を見合せて笑い合っていると、周囲から小さな悲鳴が聞こえた。
「どうしたんだ?」
「私も見ていませんでした」
ラクウェルもオクヴィアスもちょうどアルヴィスの方を見ていなかった時に、何かが起きたらしい。ラクウェルがマグリアに声を掛ける。
「マグリア、一体何があった?」
「あー……えっとですね」
珍しく困ったように頬を掻くマグリアに、ラクウェルは怪訝そうな顔を向けた。一体何が起きたのだろう。問いただしているうちに、エリナが動く。今度はラクウェルもはっきりと目撃した。
エリナが、アルヴィスの頬へ口づけを贈ったのだ。その瞬間驚きを隠せていなかったアルヴィスだが、直ぐに柔らかい笑みをエリナへと向ける。
「まるで結婚式みたいですね」
「……あ、あぁ」
式を挙げた教会ではないはずなのに、結婚式を見ているように錯覚させられる。それくらい、アルヴィスとエリナ二人の雰囲気は甘いものだった。
「仲がいいのは、良いことだな」
「そう、ですね。流石にあれに当てられたくはありません」
あの二人が政略結婚であり、急な形での婚約だったと誰が信じるだろうか。
初顔合わせの時、アルヴィスは戸惑いの中にあり、エリナは緊張で強張っていたと国王から聞いている。婚約期間に顔を合わせた回数は、両手で足りるくらいしかない。その短い期間でありながら、二人は関係を築いていったのだろうか。
「早速、レオナにも知らせなければな。あれも気にしていたから喜ぶだろう」
「えぇ」
「帰ったら祝杯を挙げるか。主役は不在だが」
「それはいつものことです」
「……それもそうだな」
アルヴィスに関する慶事に、当人がいないのはいつものこと。王太子となった今では、もうベルフィアス家で祝い事に参加することはない。アルヴィスは王太子であり、王家の人間なのだから。
★★★★★★★
―リトアード家の場合
「旦那様、エリナが懐妊しましたと!」
「あ、あぁ。驚いたな」
リトアード公爵家でも同様に、この報告に驚いていた。最前列にいたわけではないが、エリナが嬉しそうにしているのがよくわかる。この朗報に、周囲からは祝いの言葉と拍手が送られていた。
「王家の打診を受けて、正解だったということだな」
「……それは」
「無論、あの方のことではない。国王陛下が、王太子殿下との婚約を提案してきたことに対してだ」
エリナに非はないことの証として結ばれたような婚約だった。ナイレンから見たアルヴィスは、可でも不可でもない。覚悟が定まったと聞くまでは、受け入れたことが正しかったのかどうかもわからなかった。
「エリナっ⁉」
「ふむ……複雑な気分だが」
そんな会話をしていると、アルヴィスがエリナに口づける場面を目撃してしまう。それだけならばいいが、エリナもアルヴィスへ返しているではないか。その行動に、ナイレンも隣にいるユリーナも驚きを隠せない。そのような積極的な行動をする娘ではなかった。少なくともナイレンが知る限りでは。
「はしたないことをっ……このような場で」
「落ち着きなさいユリーナ。それよりも、エリナの顔を見てみると良い。あの子は本当に幸せそうだ」
「……」
貴族としてのプライドが高いユリーナにとって、エリナが取った行動は貴族令嬢としてあり得ない行動に映ったのだろう。それは理解できなくもない。だがそれ以上に、ナイレンはエリナの表情の変化が気になっていた。
「今日くらいは許してあげてもいいのではないか?」
「……わかりました。そうですね、今日くらいは」
★★★★★★★
―ランセル家の場合
アルヴィスとエリナの姿に興奮した様子のハーバラは、今にも飛び上がりそうなくらいに嬉々として拍手を送っていた。その隣でシオディランは、控えめに拍手をしている。
「まぁ‼ 見ました! 素敵でしたわ」
「何をしても絵になる奴だ。様になるのも当然だ」
「……兄上様は相変わらず冷めておりますのね」
「他に何と言えばいいのかわからん」
シオディランの言い草に、ハーバラは深く溜息をつくのだった。めでたいことだし、アルヴィスにはお祝いの言葉を贈ろうとは思うが、ハーバラのように興奮はしない。ただそれだけだ。
「王太子殿下はご友人でしょう? もっと何かありませんの?」
「私がお前のように反応したら、あいつは気味悪がるだけだ」
「……そうですわね。兄上様が私と同じことしていたら引きますわ」
「わかっているなら口にするな」
もう一度、シオディランは深々と息を吐いた。




