20話
パーティーも半ばに差し掛かった。そろそろ頃合いだと、アルヴィスはシオディランとリヒトに断りを入れてからその場を離れる。そしてそのままエリナの下へと足を向けた。
「エリナ」
「アルヴィス様!」
声を掛けると、エリナが笑みを浮かべながら振り返る。ハーバラたちと話をしていた途中だったらしい。楽しい時間の邪魔をしてしまったようだ。だが、今のエリナの体調を考えるとそれほど長居をさせたくない。
「歓談の途中に済まない」
申し訳なさが顔に出ていたのか、エリナがアルヴィスへ向けて首を横に振った。ハーバラも笑顔のまま、アルヴィスへ挨拶をする。
「王太子殿下、本日はおめでとうございます。改めてお祝いを申し上げます」
「おめでとうございます」
「ありがとう」
ランセル侯爵家として、祝いの言葉は既に貰っている。とはいえ、ハーバラから言葉をもらうのはここが初めてだ。ハーバラに合わせるように、同席していた令嬢たちも淑女の作法に則って頭を下げる。
「途中で申し訳ないが、エリナを連れて行ってもいいだろうか?」
「もちろんでございます。私たちのことはお気になさらないでください。エリナ様、またお話できる日を楽しみにしておりますわ」
「私も楽しみにしていますね」
「……それならば、近日中にでも宮で会うといい」
二人の会話を聞いたアルヴィスはちょうどいい機会だと、口を開いた。近いうちにシオディランを通して、ハーバラにはエリナの話し相手をお願いしようと思っていたところだったのだ。ハーバラもエリナも、ここで言われるとは思わなかったのか目を見開いて驚いている。
「私の方からも是非お願いしようと思っていたところだ。ハーバラ嬢、たまに宮へ来てエリナの話し相手になって欲しい」
この先、暫くエリナは外出が出来なくなる。王城と王太子宮を行き来する程度ならば可能だろうが、外に出ることは難しい。これはエリナに限ったことではなく、そもそも貴族の常識では妊娠中の女性が外出しないことが当たり前である。それでも気を紛らわせたりするため、友人や家族が訪ねて来るものなのだが、エリナがいるのは王城内にある王太子宮。そう気軽に訪ねられる場所ではない。
アルヴィスの意図を直ぐに理解したのか、ハーバラはにっこりを微笑んだ。
「私などで宜しければ、いつでも妃殿下の下に。暫く王都に居られるよう、父や兄にもお願いしておきます」
「ランセル卿には私からも伝えておく」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えてお願いいたします」
深々と頭を下げるハーバラに頷くと、エリナの方へと顔を向ける。まだ驚きが抜け切れていない様子のエリナに、アルヴィスはどうしたのかと首を傾げた。
「宜しいのですか?」
「あぁ。ランセル嬢ならば構わない」
「ありがとうございます!」
王太子宮で一人きりでいるというわけではないし、話相手がいないわけでもない。だが、公務も満足にできない状態ではエリナも時間を持て余してしまうかもしれない。その点ハーバラと会うことは、エリナにとっては気が紛れる時間となるはずだ。
それに、ハーバラは情報通でもある。社交界に出れない状態のエリナへも、色々と情報を渡してくれるはずだ。社交界に復帰した際にも、力になってくれるだろう。
嬉しそうな表情を見せるエリナの腰に触れてそっと抱き寄せれば、エリナは顔を上げる。笑みを浮かべているものの、その頬は赤く染まっていた。そんなエリナにアルヴィスは苦笑する。人前でこのような行動を見せることには、アルヴィスとて慣れていない。それはエリナも同様だ。
「そろそろ行こう」
「はい」
「では、私たちは失礼させてもらうよ」
「は、はい」
断りを入れてからその場を離れる。国王たちの下へ向かうのだが、アルヴィスはエリナを支える手を離さなかった。当然のごとく、周囲からの視線は二人に向けられる。
「本当に仲が宜しいのですね」
「そういえばエリナ様も以前にもまして、お綺麗になられたような気がしますわ」
「以前の凛々しいお姿も素敵でしたが、可愛らしいお顔もなさるのですね」
「王太子殿下とご結婚されたからかしら」
口々にささやかれる言葉に、エリナの頬が更に赤く染まっていく。表情は変わっていないのだが、顔色までは隠すことが出来ないようだ。思わず笑いが漏れてしまうと、エリナがアルヴィスを見上げて来る。それはまるで、ズルいとでも言いたげだった。
「済まない。だが、綺麗になったというのが結婚したお蔭と言われると、悪い気はしないなと」
「アルヴィス様ったら」
アルヴィスが笑いながら肩を竦める。すると、エリナもつられるようにクスクスと笑った。そんな他愛ない会話をしながら、二人は国王たちが待つ壇上へと戻る。
「アルヴィス、エリナ」
「お待たせしました」
二人を出迎えた国王は、会場へと視線を巡らせるとポンと手を叩いた。ただ手を叩いただけだが、その音は会場全体を包む。
「アルヴィス様、今のは」
「マナで振動を広げたんだ」
さほど難しい操作ではない。ただ繊細な操作を必要とするので、簡単ともいえないだろう。アルヴィスの父ラクウェルほどではないが、国王も王族。それなりの力を持っている。ただそれを披露する場がないというだけで。
「皆、今日は王太子の生誕祭というめでたい日だ。ここでもう一つ、めでたい報せを伝えようと思う」
国王の言葉に参加者たちがざわつく。一体何を聞かされるのか。静寂の中、国王の視線がアルヴィスへと移される。アルヴィスが頷くと、国王が下がった。場を譲られたアルヴィスは、エリナの手を引いて前へと出る。
「この度、我が妃が懐妊した。新たな年には、その姿を見ることが出来るだろう。どうか、皆も共に祝ってもらいたいと思う」
一瞬の間を置いた後で、会場内に大きな拍手が巻き起こった。
「おめでとうございます!!」
「妃殿下、おめでとうございますっ」
次々に並べられる祝いの言葉の数々を受けて、アルヴィスとエリナは顔を見合せて微笑む。気が付くとアルヴィスは、そのままエリナへと触れるだけのキスを贈っていた。
「……っ悪い」
「いえ、その……」
衝動的な己の行動に驚き、アルヴィスは顔が熱くなるのを感じていた。結婚式でもないのに、何をしているのだと。気を落ち着かせようとしていると、エリナが背伸びをしてアルヴィスの頬へ口づけをしてきた。一瞬あっけにとられるが、エリナはしてやったりの顔をしている。
「お返しです、アルヴィス様」
書き殴りました!
溺愛まではいかない二人なので、もどかしい気もしますが
それでもちょいちょい甘いのも描きたいと思っております。。。
いつも誤字脱字報告ありがとうございます!!




