17話
乱入してきたリティーヌは、まずアルヴィスへと向き直るとドレスの裾を軽く持ち上げた。
「アルヴィス兄様、誕生日おめでとう」
「ありがとう、リティ」
「エリナも、調子良さそうで安心したわ」
「はい、色々とありがとうございました」
エリナとも挨拶を交わすと、リティーヌは改めてシオディランとリヒトへ身体を向けた。それを見たシオディランは胸に手を当てて頭を下げる。リヒトもシオディランの動きに合わせた。
「お二人ともお顔を上げてください。この場では、アルヴィス兄様の従妹として扱っていただけると嬉しいです」
「王女殿下のおおせのままに」
「お噂通り、真面目なのねランセル卿は。それと……久しぶりかしら、アルスター殿」
「お久しぶりですね、王女殿下」
クスクスと笑いながら、リティーヌが声を掛けたのはリヒトだった。二人の会話から、初対面でないことがわかる。接点がなさそうな二人がどうやって会ったのか。
「リティ、リヒトと会ったことがあるのか?」
「えぇ。ちょっとあの人にイラっとして、その後休憩していたら偶然ね」
国王にリティーヌがイラつくなど日常茶飯事だ。特に最近は多い。その矛先が、国王だけでなく側妃にも向けられているらしいが、何故側妃にまで飛び火しているのかまではアルヴィスはわからない。
「それにしても、そういう話し方をされるとちょっと気味が悪いわね」
「一応、あんたは王女で俺はしがない平民研究者だからな」
「一応なのね。まぁいいわ。その方が貴方らしいもの」
「そりゃどうも」
「……」
アルヴィスを始めとして、シオディランもエリナも目を丸くしてリティーヌとリヒトの二人を見ていた。親し気というよりも気安い関係に見えるほど、良好な関係だったのだろうか。
「どうしたの、兄様?」
「いや、ちょっと驚いて。リティがそうやって話す相手がいるとは思わなかった」
「そうね。私の世界は狭いから」
ずっと王城内にいたリティーヌにとっては、親しく話せる相手は限られている。少し寂し気に呟いたリティーヌに、アルヴィスはポンポンと背中を叩いた。
「これから、だろ?」
「そうね、ありがとう兄様」
「……本当身内には優しいんだよな」
「当たり前だろう」
リヒトが呆れたように吐いた言葉に、アルヴィスは即答する。リティーヌは従兄妹という以上にアルヴィスにとって家族だ。当然だと答えたアルヴィスに、リヒトは肩を竦めた。
「はいはい」
「これくらい当たり前なのだけど、アルヴィス兄様ってば外でどれだけ酷い扱いをしていたのよ」
「一年の時はそうでもなかった気がするんだけどな。酷かったのは二年の時か?」
「知らん」
同意を求めて来るリヒト。それに対しアルヴィスは、頭に手を当てて首を横に振った。あまりいい思い出ではないし、それ以上に過去に囚われていたアルヴィスにしてみれば記憶に残すほどのものでもなかった。懲りずによく話かけてきたフィラリータのことは覚えているし、クラスメイトの名前と顔くらいはわかるが、それだけだ。
「どんな風だったの?」
「王女殿下は学園に行ったことないのか?」
「……アルスター、仮にも王城に務めているならば王族の方々のことくらい知っておけ」
貴族子女にとっては常識だ。第一王女リティーヌが学園を卒業せず、王城内に留められているということは。その理由は様々な憶測がされているが、主たるものは当時の王太子であったジラルドを立てるためとされている。王女の身分でジラルドの立場を脅かすようなことはないのだが、側妃が波風を立てないようにと指示したと言われている。
「大変なんだな、ほんと」
「長子として生まれたからには、仕方ないわね。それで、学園ではどうだったの?」
興味津々に尋ねるリティーヌの隣では、静かにしていながらも少しだけわくわくしているエリナの姿がある。アルヴィス自身からしてみれば、過去の話など面白くもなんともない。リティーヌはともかくとして、エリナの嬉しそうな顔を見ると止めることを躊躇ってしまう。
「はぁ」
「それだけ、望まれてる証だ。諦めろ」
エリナとリティーヌへ意気揚々と話をしているリヒトから少し離れると、シオディランがアルヴィスの隣へとやってきた。
「わかってはいるが……シオだったら諦めるのか?」
「私の話など聞いて、喜ぶものなどいないだろ? 特段変わったことはしていない。お前と違ってな」
アルヴィスだって変わった行動をしていたつもりはない。面白い話もないはずだ。ただ、目立っていた自覚だけはある。
「妹が言っていたが、お前は騎士となる前も社交界へ顔を出すことは少なかっただろう?」
「面倒だったからな」
「それで噂というか、ご夫人たちを始めとして色々と想像されていたらしい。学園での姿が唯一当人を間近に見られるということもあって、令嬢たちはどうにかしてお前に近づこうと必死だったらしい」
社交界という場を意図的に避けていた時代だ。アルヴィスの情報を知るためには、学園で近づくしかない。それは理解できるが、その標的とされたアルヴィスからすれば迷惑なものだった。
そんな風にシオディランと話をしていると、背後から近づいてくる気配を感じた。アルヴィスとシオディランは同時に後ろを振り返る。そこには、見覚えのある令嬢が立っていた。
「王太子殿下、お話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「君は……」
「ブルックラント子爵家が娘、ミリアと申します」
「ブルックラント家というと、ベルフィアス公爵閣下の奥方のご実家の縁戚か」
「あぁ」
シオディランがアルヴィスへと確認する。その情報に間違いはない。アルヴィスの母であるオクヴィアスの実家は伯爵家。そこと親戚関係にある家にブルックラント子爵家があるのは確かだ。ただ縁戚といってもアルヴィスと血の繋がりはなく、本当に縁があるという程度だ。
「覚えていてくださって嬉しいですわ。アルヴィス様と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか?」
「母上の実家との縁があるとはいえ、私と貴女には何の関係もありません。それに、親しくもない相手の名を呼ぶのは貴女自身の不名誉にも繋がりますので、お断りさせていただきます」
「私のことをご心配してくださっているのですね。嬉しいです。私、幼い頃からアルヴィス様に嫁ぐのが夢でしたの。ですから、是非とも末席に加わらせていただきたいのですわ」
こちらの話を聞いているようで聞いていない。いや、自分の都合のいい部分だけを聞いているとでもいうのだろうか。随分と都合のいい思考回路をしている。
そもそも令嬢自ら申し出てくることも意外過ぎる。お茶会などならともかくとして、この場はアルヴィスの生誕祭であり公式行事だ。多くの貴族たちがいる中で、一体何を考えているのか。
「望んでいただけるのは光栄ですが、私はエリナ以外を娶るつもりはありません」
「何故ですの? ずるいですわ。お一人がアルヴィス様を独占するなんて。私たちにも権利はあるはずです」
「……アルヴィス、これは相手をしてはいけない部類だ。恐らく令嬢の独断か母親の差し金だろうな。あそこで子爵閣下が真っ青になっている」
シオディランが示す方を見ると、ブルックラント子爵の姿が見える。今にも倒れそうになっている様子から、彼の意図したことではないのは明白だった。穏便に済ませたいのはやまやまだが、周囲の視線が少しづつ集まってきてしまっている。既になかったことには出来ない状態だ。
「アルヴィス様、この場は私にお任せください」
「エリナ?」
どう収拾させるべきか考えていると、リヒトたちと話をしていたエリナが傍まで来ていた。任せろというが、こちらの話をちゃんと理解してくれるのか微妙な相手だ。いくらエリナであっても、骨が折れる。ましてや、エリナの状態は普通じゃないのだから。
「常識で話をしても通じなさそうな相手だ」
「それでも話はしないといけませんし、それならば私の方が納得させられると思うのです」
いずれにしても不名誉を被ることは致し方ない。高位でないにしても令嬢という教育を受けているならば、絶対にしない暴挙だ。だがアルヴィスの方に何か案があるわけでもない。エリナはじっとアルヴィスを見つめる。引く気はないということだ。ここはアルヴィスが折れるしかない。
「わかった。君に任せるよ」
「はい、お任せください!」
そうして前に出ようとするエリナを、アルヴィスはそっと腕を引っ張って己の傍に抱き顔を寄せた。後ろから見れば、口づけているようにも見えるはずだ。
「あの、アルヴィス――」
「牽制だ。俺が君を大事にしているというのはこれで嫌でも理解するだろう」
「……ありがとうございます」
盗み見るように令嬢の様子を確認すると、目を大きく開けて驚いていた。と思ったら、エリナへと鋭い視線を注いでいる。あまりいい結果にはならないだろう。エリナを見送った後で、アルヴィスはこっそりとエドワルドを呼んだ。




