16話
エリナと共に会場へ入ると、会場内の視線が一斉にこちらへと向けられる。エリナは当然として、アルヴィスも最早慣れたもので、堂々と二人は歩みを進めた。やがて王族用のシートへと到着して、アルヴィスはエリナを座らせる。
「ありがとうございます、アルヴィス様」
「あぁ」
エリナに優しく微笑むとアルヴィスはその隣へと座った。
「少しでも辛くなったら教えてくれ」
「はい、わかりました」
二人の会話は届いていない。だが、エリナとアルヴィスを知っている人々からは、その雰囲気が柔らかくなっていることに気づくだろう。以前とは違う何かが二人の間にあるのだと。
国王の開催宣言、そしてアルヴィスからのお礼の言葉を皮切りに生誕祭は始まった。国王と王妃、そしてアルヴィスたちの下には順次貴族たちが挨拶に訪れる。それが終わると、ダンスの時間だ。昨年と同様、ファーストダンスはアルヴィスとエリナだ。
エリナの手を引いて、アルヴィスは中央へと移動する。体調は問題ないと聞いているし、下手に抑えて踊ると周囲に違和感を与えてしまう。
「エリナ」
「私は大丈夫です。いつも通りで問題ありませんから」
「……わかってはいるんだけどな。君も、特師医も問題ないと言っているのだから、気にする必要はないのだと」
何度も声をかけてしまうのは、アルヴィスには決して共有できないものだからだろう。病気ではないと言われても、体調の悪い状態のエリナをアルヴィスは見てきている。それゆえか、直ぐに気持ちが切り替えられない。そんなアルヴィスにエリナは首を横に振った。
「そうして心配してくださることが嬉しいのですから大丈夫です。アルヴィス様が私とこの子を想ってくださっている証ですから。それに、動かないのも良くないようですよ」
「そういうものなのか。色々と難しいな」
会話をしているとあっという間にダンスの時間は終わりを迎える。周囲に挨拶をすると、アルヴィスとエリナはその場を空けた。各々ダンスを楽しむ時間だ。
アルヴィスとエリナは王族用に用意された席には戻らず、そのまま立食用の食事が用意されているテーブルへと向かう。そこにはシオディランともう一人、珍しい友人が傍にいた。アルヴィスに気が付くと、その友人が手を上げる。
「よぉ、王太子殿下」
「……言葉遣いと呼び方が合ってない。せめてここではどっちかに統一しろ、リヒト」
屈託ない笑みを浮かべた友人、彼はリヒト・アルスターだ。平民であるリヒトがこういった社交の場に呼ばれることはほとんどない。アルヴィスも聞かされていなかったし、事前の参加者名簿にも載っていなかったはずだ。横にいるシオディランを見ると、彼は肩を竦める。
「私も知らない。ここに来て、見知った顏がいたから声を掛けただけだ」
「どういうことだ?」
疑問をリヒトへ投げかける。すると彼は、迷惑そうな顔で説明してくれた。
「急に決まったんだ。上司が昨日風邪を引いたんだけど、でも王太子殿下の生誕祭に欠席するなどあり得ん、とかなんとかうるさくてさ」
「別に欠席しても構わないだろうに」
「俺に言うなよ。それで作法とかわからない俺が行ってもって断ったんだけど、行くだけでもいいって押し切られてな」
他の研究員の貴族に頼めばいいとも伝えたらしいが、仕事に穴を空けても大丈夫なのはリヒトしかいなかったようだ。正装着などほとんど持っていなかったので、今着ている正装も上司から借りたものらしい。少々サイズが合っていないようにも見えるが、気になるほどでもない。
上司から預かったという招待状をアルヴィスは見せてもらった。見覚えのある貴族名の下に、貴族印と代理人リヒト・アルスターの名前が記載されてある。そっと右手で印へと触れれば、本物であることがわかった。
「本物だな」
「ったく、サラっとやるよなアルヴィスは」
「こいつにとっては今更だな」
「……別に大したことじゃないだろうが」
リヒトとシオディランが呆れたような顔でアルヴィスを見ている。貴族の当主が保持している印は、複製が出来ない代物。詳しいことはアルヴィスも知らない。印を押すにはマナが使われており、本物であればマナが感じられる。時間が経過すると無くなる人に宿るものとは違い、その残滓は常に確認することが可能だ。マナ操作が得意なアルヴィスであればもちろん、他にも確認することが出来る者はいる。別にアルヴィスが特別というわけではないのだ。
「あの、アルヴィス様」
エリナが遠慮がちに声を掛けて来る。そういえば、顔は知っているものの紹介をしたことはなかった。アルヴィスはエリナの肩をそっと抱き寄せて、リヒトを紹介する。
「学園での友人で、今は研究室にいるリヒト・アルスターだ。リヒト、紹介するまでもないだろうが……彼女がエリナ・ルベリア・リトアードだ」
「宜しくお願いします、アルスター殿」
エリナがドレスの裾を持ち上げて淑女らしく挨拶をする。対するリヒトは腰を折り頭を下げた。
「リヒト・アルスターです。王太子殿下の悪友やってますんで、どうかよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
「妃殿下が学園時代のアルヴィスのことで聞きたいことがあれば、何でもお話しますよ。例えば、こいつがどれだけ令嬢を泣かせてきたかとか」
「おい、リヒトっ」
アルヴィスが思わず声を荒げると、ニヤニヤとするだけでリヒトは意にも介さない。対するエリナは目を見開いてパチパチと瞬きをしている。
「それ、私にも是非聞かせて欲しいわ」
聞き覚えのあるその声にアルヴィスが振り返ると、そこにはにっこりと微笑んでいるリティーヌが立っていた。




