閑話 従妹からみた姿
予告通り、リティ視点からになります。
ラナリスのテーブルまでやってきたリティーヌ。突然やってきたリティーヌの姿に、驚きながらもラナリスは直ぐにお茶の用意を侍女に頼んでいる。流石は公爵家令嬢だ。
「ありがとう、ラナリス」
「いえ、この程度エリナお義姉様の足元にも及びませんから。それで、リティーヌ姉様どうかされたのですか?」
「……うん、ちょっと意外というか衝撃というか」
「意外、ですか?」
きょとんとした顔を向けて来るラナリスは、やはりアルヴィスによく似ている。似てはいるが、それでもラナリスはアルヴィスよりも感情表現が豊かだ。困ったような顔が半ば常駐化しているアルヴィスには決してないものである。
リティーヌはラナリスよりもアルヴィスのことを知っているつもりだった。アルヴィスはリティーヌを妹というよりは、幼馴染の友人ようにも見てくれている。家族としての距離はラナリスよりも近かったはずだ。特に幼少期は。
そんな間柄なのに、今のアルヴィスの様子は初めて見る気がする。いやもしかしたら、あったのかもしれない。リティーヌが知らないところで。
「アルヴィス兄様とエリナが二人で過ごしている姿なんて、そういえば見たことなかった気もするなぁと」
「そうなのですか?」
「パーティーとかでは見るけれど、今になって思えば私的な場所での二人って見たことないのよね」
エリナとは話をするし、アルヴィスとも話す。だがどちらも片方だけと話をすることが多い。二人が揃っているところで、こうして様子を見守るのは初めてでないだろうか。
「そうなのですね。でもこのお茶会の発案者は姉様だと聞きましたけれど」
「えぇ。でも、もう少し微笑ましいものを想像していたというか……」
アルヴィスの後ろにはエドワルドが控えており、入口には近衛隊士も数人いる。誰もがアルヴィスにとって既知の人物たち。近衛隊士に至っては元同僚だ。その視線の中、アルヴィスはエリナの隣で微笑んでいる。ラナリスたちに向ける兄の顔ではない。言葉で表すのは難しいのだが、いつになく水色の瞳が柔らかいのだ。
「エドたちが何の反応も示さないということは、あれはいつものことなのね」
「だと思います。でも、エリナお義姉様は嬉しそうです」
「ほんとね……」
頬を少しだけ赤く染めながら、クスクスと笑うエリナの姿。時折、アルヴィスの手がエリナの紅い髪に触れる。すると、エリナは上目遣いにアルヴィスを見上げるのだ。あれが夫婦となった二人の距離ということなのだろう。
「……良かった。アルヴィス兄様も本当に吹っ切れたのね」
「姉様?」
「こっちの話よ」
そんな風に見守っていると、そこへ近づく令嬢がいる。あれはヴィズダム侯爵令嬢だ。一緒にいるのは同じ想いを持つ仲間、同士といったところか。先ほどハーバラと話をしていた伯爵令嬢も一緒だった。
「勇者ね……」
ポツリと呟くと、傍に無言で座っていたシオディランが立ち上がった。思わず見上げると、その視線はアルヴィスへと向かっている。
「ランセル卿?」
「王女殿下、ラナリス嬢少々失礼します」
「は、はい」
頭を下げるとシオディランは真っ直ぐアルヴィスの下へと歩き出した。一体何をするつもりなのか。その間にもヴィズダム侯爵令嬢とエリナたちの会話は続けられていた。
「まさか王太子殿下がお越しになられるとは思っておりませんでした」
「少し時間が空いたので、顔を出してみたのです」
「そうでしたの。では折角妃殿下もいらっしゃることですし、先日のお話を改めてさせていただけませんか?」
先日の話。ヴィズダム侯爵令嬢が話し出した内容が内容ゆえに、話し声が一斉に止む。誰もが知りたい内容だからだろう。無論そのための場でもあるのだが、直接的な話題に持ってくるとは思わなかった。
「あの場にいる皆様は、元々ジラルド殿の側妃になる予定だったそうです」
「ラナリス?」
「あくまで予定で、そういったことが明確に伝えられていたわけではなく、国王陛下も容認していたわけではないそうですが」
「ヴィズダム侯爵からの申し出ならば、断られるわけがないと……そう思っているということね」
実際に、先日のパーティーでは国王夫妻からの紹介という形でアルヴィスとヴィズダム侯爵令嬢は引き合わされている。国王からの後押しがあるというのが、彼女らの強み。否、既に国王とアルヴィスがその件で割れていることなど知らないからこその強気とも言える。
「それはお断りしました」
「両陛下の好意を無にされると申されるのですか?」
「陛下にも既にその旨はお伝え済みです。それに……」
途中で言葉を切ったアルヴィスは、隣に座っていたエリナを抱き寄せてその額に口づけをした。正面からその様子を見たためか、ヴィズダム侯爵令嬢たちは顔を真っ赤にさせている。無論、された当人であるエリナも真っ赤だ。
「俺は、エリナ以外にこうして触れる予定はない」
「っで、ですがっそれではこの国のっ」
「かつて、ルベリアを創建した女神ルシオラもただ一人を夫君とした。その恩恵を受ける俺がそうするのも必然だと思わないか?」
「……それは」
王太子としての口調ではなく、アルヴィスとしての話し方となっている。エリナの前で持ち出してきたことに怒っているのだろうか。アルヴィスの言葉の圧力に押されている令嬢たち。すると、突然風が足下に巻き起こり、ヴィズダム侯爵令嬢が態勢を崩した。
「あ……」
倒れる、と思ったその時近くにいたシオディランが身体を抱きとめる。ほっとしたように見えたヴィズダム侯爵令嬢だったが、抱きとめた相手を見るなり、慌てて離れる。
「ラ、ランセル様……あ、りがとう、ございました」
「いえ」
「わ、たくし、気分が悪いので失礼いたしますっ」
なぜか扉は開けられており、ヴィズダム侯爵令嬢は共にいた令嬢たちと共に扉の向こうへと去っていった。
「何? 何があったの?」
「いえ、私にもわかりません」
リティーヌとラナリスは困惑するばかりだ。だが、アルヴィスはシオディランと会話を交わしている。どこか笑みを浮かべているところから察するに、もしかするとあれはアルヴィスの仕業だったのだろうか。その為に、シオディランはわざわざ出向いた。ヴィズダム侯爵令嬢はシオディランを見て慌てて逃げたのだから。去り際に少し見えた表情は真っ青だった。
その後、アルヴィスは用は終わったとばかりに挨拶をしてここを出て行った。シオディランはというと、こちらに戻ってきており終わるまでは居座る予定らしい。
「ランセル卿、さっきのあれって何の茶番でしたの?」
「……あの令嬢は私が嫌いなようで、顔を見るといつも逃げていきます。あの令嬢だけではありませんが」
シオディランはアルヴィスとは違って、お茶会やパーティーなどにもそれなりに顔を出している。だが、無言でいることも多いし言葉を飾らない。その率直な物言いに苦手意識を持たれることが多いという。
「それは具体的にどんなことを?」
「彼女には、香水の匂いがキツイことや当時は無理に大人ぶったドレスを着ていらしたので、それをそのままお伝えしました」
「……」
大人ぶったものを着ていたということは、そういう憧れを持っていた年だったのだろう。それを同年代の男の子に否定されれば、ちやほやされて育った令嬢たちからすれば未知の人に思えたのかもしれない。そういったトラウマを令嬢たちに植え付けていたのか、この男は。公衆の面前で、下手なことを言われてしまえば令嬢として立ち直れないだろう。だから令嬢たちはシオディランを避けているようだ。自覚があるならば直せばいいと思うのだが、その辺りは友人であるアルヴィスや妹のハーバラの役目であり、リティーヌが口を出すことではない。
「まぁいいでしょう……結局、彼女は逃げただけで解決になっていないような気がするけれども」
「問題はありません」
「ランセル様、どうしてその様なことが言えるのですか?」
ラナリスが尋ねる。すると、シオディランが周りを見るように言ってきた。言われた通りに周囲の様子を確認する。エリナを囲むようにして和やかに話している令嬢たちの輪。それを遠目に見つめる令嬢たちもいる。口々に話す内容は聞こえないが、先程の件について話しているのは間違いないだろう。
「妃殿下の周りにいる令嬢は、概ね好意的にアルヴィスの決断を受け入れているはずです。問題はあちらに居る令嬢たちですが、彼女たちはさっきのがアルヴィスの脅しだということに気が付いているはず」
「兄様が脅し、ですか?」
「……ルシオラの名を出した時に、風が起きた。つまりそれを利用するということでしょうね」
「女神の名を借りることには抵抗があったようですが、使えるべきものは使うべきだと」
「その代わりそれなりに代償はありそうだけれど……変な信者とかいたら面倒だし」
そういえばヴィズダム侯爵家は、それなりの信者の一人ではなかっただろうか。あの令嬢が顔色を真っ青にしていたのは、その辺りにも理由があるのかもしれない。いずれにしても、この件は侯爵にも報告が行くはずだ。あれが女神の意志だと広まったら、アルヴィスはどうするつもりなのか。
「それよりもアルヴィスにとっては妃殿下が大事、ということなのでしょう。全くの虚偽というわけでもないでしょうが、意外と融通が利かない奴ですから」
ルシオラの伴侶はゼリウム一人。それは知られている事実だ。それでも利用していることに抵抗感を抱いている。それはとてもアルヴィスらしいと言える。いずれにしても、リティーヌが考えている以上のことをしてくれたことに変わりはない。
「全く……こっちは想定外よ」
「あはは……」
でも、アルヴィスとエリナの夫婦仲を見せつけるという意味では、成功と言えるのかもしれない。社交界へ二人の様子が広まるのは、そう時間もかからないことだろう。
誤字脱字報告、いつもありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ




