閑話 妃のお茶会
本日、もう一話更新しています。
先にそちらを忘れずにご覧ください!
サロンに集められた令嬢たち。主催者として招いたエリナは、久しぶりの緊張感の中にいた。
中央に大きなテーブルが用意され、そこにはお茶菓子が多数用意してある。会話を途中で止めることなく楽しめるようにと侍女たちが欲しいものを取りに行ってくれるため、令嬢たちは立ち上がる必要はない。
ないのだが、今まさにエリナの目の前で立ち上がっている令嬢が二人いた。一人は、エリナの親友であるハーバラ。もう一人は学園では一つ年上の先輩だった伯爵令嬢だ。
「お久しぶりでございます、ハーバラ様。ご健勝様で何よりでございます」
「学園を卒業して以来ですわね。クレイユ様もお元気そうで良かったですわ」
「それはそうと領地に戻って何か商売をされているとお聞きしましたが、本当でしたのね。ランセル侯爵家のご令嬢がおままごとを始めたと、皆で噂をしておりましたのよ」
「皆、とはどなたの事でしょうか? 具体的にお話しいただけると嬉しいのですけれど。ぜひとも今後の為にお話しをさせていただきたいもので」
表面上笑みを浮かべているハーバラだが、あれは怒っている。相手の令嬢もそれを悟ったのか、少しばかり顔色が悪くなっていた。
「ど、どなたが仰っていたのかまでは、申し上げられません。それよりも……ゴホン、ハーバラ様がここにいらっしゃるということは、王太子殿下の側妃候補のお一人ということなのでしょう?」
慌てたように話題を変えてきた彼女だが、持ち出したのはそちらの方だ。だが、ハーバラは彼女の戯言に付き合うようで、何のことかわからないといった風を装いながら首を傾げた。ハーバラ当人の性格からその仕草はあり得ないことなのだが、可愛らしい容姿を持つ彼女にはとても似合う仕草だ。確実に分かっていてやっている。
「ねぇエリナ。あれ放っておいていいの?」
「はい。ハーバラ様とは気が合わないようで、よくハーバラ様に話しかけて来られるお方なのです」
「そうなのね。でもあの令嬢ってもしかしなくても、叔母様のご親戚の……」
リティーヌはあの令嬢の素性を理解したようだ。そう、彼女はオクヴィアスの生家と縁戚関係がある伯爵家だった。それこそが、彼女自身を優位にさせている理由なのだろう。
「さあ、どうでしょうか。それを聞いてどうなさるおつもりですの?」
「先輩として忠告をさせていただきますが、妃殿下のご友人というのならば候補を降りるべきではありませんか? それではあまりに妃殿下がお可哀想でしょう」
「それでは、クレイユ様が立候補なさるとでも?」
「私は王太子殿下の又従兄妹です。浅からぬ縁を持つ私の方が、相応しいと思います」
ハーバラの口元がぴくぴく動いていることをエリナは気づいていた。彼女のいう関係が浅からぬ縁だというのならば、このルベリアには遡れば多くの貴族たちが縁戚関係となる。直接ベルフィアス公爵と関係があるわけでもない以上、彼女の縁というのはただの思い込みと取られるだけだ。
「誰が相応しいかどうか、決めるのはアルヴィス兄様だけだっていうのよ。全く……」
頬を膨らませているリティーヌをエリナはなんだか微笑ましく感じる。それだけエリナとアルヴィスのことを案じてくれている証拠だ。そもそもこのお茶会もリティーヌとハーバラが積極的に動いてくれて実現している。本当に、二人には感謝しかない。
「クレイユ様は自信家であらせられますわね。羨ましいですわ」
「……妃殿下の前で褒められても、皮肉としか聞こえませんけれど」
「それはエリナ様が一番でございますもの。王太子殿下も、きっとそうでございますわよ」
「ハーバラ様や妃殿下はご存じないようですが、王太子殿下はあまり女性と戯れたりはしないお方です。誰であろうとも変わりませんでした。妃殿下が素晴らしいことは認めますが――」
そうしているうちに、サロンの扉が開かれる。予定時間より少し早いが、扉から姿を見せたのはアルヴィスだった。
「失礼、少し邪魔をする」
「お、王太子殿下だわ!」
「アルヴィス殿下っ⁉」
「ベルフィアス公子様……?」
突然のアルヴィスの登場に声を上げる令嬢たち。中にはアルヴィスの同級生だったのか、アルヴィスを公子の名で呼ぶ令嬢もいた。反射的に呼んでしまったのか、茫然としている姿が映る。挨拶として騎士礼を取ると、アルヴィスは迷うことなくエリナの下へとやってきた。すぐさま隣にいたリティーヌが傍を空ける。だがアルヴィスは隣に座ることなく、立ったままエリナへと顔を近づけた。
「邪魔をしてすまない、エリナ」
「いいえ、大丈夫です。アルヴィス様こそ、お疲れではありませんか?」
「大丈夫だ。少しだけ顔を見に来ただけだから……無理はしていないか?」
そっと頬に手を添えて来るアルヴィスに、エリナはいつものように手を重ねた。少しだけ熱く感じられるそれは、確かにアルヴィスの温もりだ。
「平気です。とても楽しく過ごさせていただいております。久しぶりに皆様とお会いできて、嬉しいのです」
「そうか、ならいい……だが」
アルヴィスは更に顔を近づけて口を耳元に寄せてきた。思わず顔を真っ赤にするエリナだが、当のアルヴィスは気が付いていない。そのまま耳元でささやいてくる。どこか遠くで悲鳴に似た何かが聞こえた気がしたのは、気のせいではないだろう。
「体調のこともある。少しでも気分が悪くなったら下がるんだ。いいな」
「アルヴィス様……はい、承知しております」
「ならいい……リティもって何をしている?」
顔を上げて、後ろに下がったリティーヌへと振り返ったアルヴィス。リティーヌが口元を押さえながらいる様子を訝し気に見ていた。エリナも同じようにリティーヌを見ると、気まずそうにしている。
「リティーヌ様?」
「……それ、いつもやってるわけ?」
「それって何のことだ?」
「いや、だから……確かにいつも通りにって言ったのは私だけど、そういう人だったっけ? イメージと違うんだけど」
何やら考え込んでいるリティーヌの様子に、エリナはアルヴィスと顔を見合せた。そうしていると視界にシオディランの姿が見える。彼も同行していたらしい。位置的に、他の令嬢たちから牽制するような場所にいるのは、意図的なのだろうか。
「あのアルヴィス様、ランセル卿は」
「あぁ、あいつは今だけは壁役。ああしていると、他の令嬢は近づいてこない。いるだけで遠慮する令嬢もいるだろうしな」
「その為だけに、ですか?」
「いや、一応他にも目的がある」
「?」
「エリナは気にしなくていい……」
アルヴィスが周囲を見渡すように視線を巡らせていた。そうしてある方向で止まる。そこには、アルヴィスとコンタクトを交わすラナリスの姿があった。他の令嬢たちとお話をしているらしい。すると、エリナは突如背中をポンと叩かれる。リティーヌだ。この先の予定通りに動けという指示だった。このままの雰囲気で続けていいものか迷いながら、エリナはアルヴィスの腕を掴む。
「ゴホン……アルヴィス様、少しお時間があるのでしたら休憩をされて行かれますか?」
「あぁ。そうさせてもらうかな」
「でしたら、アルヴィス兄様はここに座って。私はあっちに行くから」
待ってましたとばかりにリティーヌが動く。アルヴィスの答えを聞く前にリティーヌは、そのままラナリスが座っているところへと向かっていった。
「シオ、お前も他の場所に行ってきていい」
「そうか。わかった」
アルヴィスとシオディラン。二人の間で交わされる会話の意味はわからないが、恐らくアルヴィスが目的と言っていたことと関係があるのだろう。
「さて、俺たちも目的を果たそうか」
「は、はいっ」
周囲の令嬢たちの様子からほぼ目的は達成している状態ではあるのだが、当人たちは気が付いていなかった。特にアルヴィスの学園時代を知っている令嬢たちは、令嬢らしからぬ様子で茫然とアルヴィスを見ている事実にも。
「本当にあれがアルヴィス王太子殿下……? あんなに女性に触れるような方じゃなかったはずなのに」
「不敬よ、クレイユ様」




