12話
昼近くになった頃、アルヴィスの姿は近衛隊詰め所にあった。
「では今年の配置はこのように進めます」
「頼む」
近いうちに行われるアルヴィスの生誕祭についての打ち合わせをしていたのだ。あれからもう一年。時が経つのは本当に早い。
「アルヴィス、この後は例のお茶会へ顔を出すのか?」
「その予定だ」
ルーク相手に丁寧語を省くことにも慣れてきた。ルーク自身は相変わらずだが、彼に敬語を使われることには未だ慣れていないので、アルヴィスからしてみればこの方が居心地はいい。尤も、それに不満顔なのは騎士団長のヘクターで、毎度注意されるのもお決まりのやり取りになってきている。
「殿下、差し出がましいようではあるのですが、少々確認をさせてください」
「……何だ?」
堅い表情となったヘクターの様子から、あまり好意的な意見ではないことは間違いない。身構えつつアルヴィスはヘクターと正面から向き合った。
「側妃を持たれないというのは本当ですか?」
「あぁ、そのつもりだ」
「……そうですか」
ヘクターはアルヴィスの答えを聞くと、ただそう言うだけで理由を問うわけでもなく、諭すわけでもないようだ。この反応は意外だったアルヴィスは、逆にヘクターへ問いかける。
「それだけ、なのか?」
「殿下がそうお決めになられたのならば、それを覆すことなど出来ないでしょう。これでも一年近く貴方を見てきました。殿下が頑固であることは理解しております」
「だがこれまで貴族では当たり前の考えだったことを、俺は――」
「陛下は子宝に恵まれないお方でしたが、王弟殿下――ベルフィアス公爵閣下は違います。そのことを加味すれば、殿下が唯一人を望んだところでそれほど問題があるわけではないでしょう」
要するに、ラクウェルは子宝に恵まれている。その血筋を引くアルヴィスなのだから、その心配は不要だということか。だとしても、そもそも両親を同じくする国王とラクウェルで差があるのだから、その考え方は些か安直すぎる気がする。当然、ヘクターも気が付いているはずだ。それでも言葉にしないのは、アルヴィスが正妃以外を持たないことに対してそれほど抵抗がないということなのかもしれない。
「団長、感謝する」
「私はただ思ったことを伝えたのみ。殿下に感謝されるようなことは言っておりません。では、私はお先に失礼いたします」
ヘクターは頭を下げると、足早に部屋を出て行った。
「にしても、いつかは側妃を迎えないとと言っていたクセに、この一年足らずで随分と変わったもんだ」
「……俺も驚いている。だが、それでも出来ないと思ったんだ」
エリナと婚約を結んだ当初、それを求められれば応じるつもりだった。それは間違いない。あの時、エリナに対しては同情以上の想いを抱いていなかった。恐らく、アルヴィスの周りの誰もがそう感じていたことだろう。
「今なら、ジラルドがあの令嬢一人を求めたその感情も理解できなくはない。あれを選んだ理由だけは理解できかねるが」
「突拍子もない話ばかりだったしなぁ。それに、あの方とお前は違うよ。お前も妃殿下も、その結論に至るまで王族だの貴族の義務だのと考えてきた上でのこと。それでも貫き通したいと思った。自分勝手な連中とはわけが違う」
「……そうか」
結果として、アルヴィスも一人を望んだ。ジラルドがしようとしたことと同じだと非難されることも考えている。違うのは、アルヴィスは正妃として認められた相手を望んだこと。自分たちの都合を押し付け、意見を通そうとしたジラルドとは違う。少なくとも、周囲に認められなければ意味がないとアルヴィスは考えている。
「そろそろ、時間だろ。お前にとっては戦場のようなものかもしれないが、ちゃんと見せてやれよ」
「わかっている」
深呼吸をして、アルヴィスは端に控えていたレックスたちへと視線を送った。
「行こう」
「はっ」
いつも誤字報告ありがとうございます!!




