11話
それから一月近く経った頃、エリナの様子も安定してきたことから予定していたお茶会を開くことととなった。
場所は王城内にあるサロンの一室。そのサロンでは、朝から侍女たちが慌ただしく準備を行っている。休憩の合間に様子を見に来たアルヴィスは、椅子に座って侍女たちに指示を出しているエリナの姿を見つけた。室内には入らずに、扉の傍から様子を窺う。
「忙しそうだな」
「そうですね。それにしても……」
「エド?」
同行していたエドワルドへと視線だけを向けた。エドワルドはエリナを見た後で、動き回る侍女たちへと視線を移していた。それに倣うようにアルヴィスも視線を向ける。忙しいという状況ではあるものの、その表情はどこか楽しそうで気合に満ちていた。
「彼女たちもとても生き生きしていますね」
「そんなに楽しいものか?」
お茶会と聞くと面倒な印象しか持っていない。女性たちからすれば楽しいものなのかもしれないが、準備中も楽しいものなのだろうか。侍女たちの表情の理由が理解できないアルヴィスは、困惑するばかりだ。
「私たちにとってはそういうものですよ」
「何故だ?」
「お茶会、それも主人が開くものです。準備をする私たちが作り上げる場所は、そのまま主人の評価へとつながります。いうなれば、我々の力を発揮する場所でもあるのです。力が入らないはずがありません」
指示をするエリナはもちろんの事、その指示に従って動く侍女たちの行動も全てエリナの評価へと繋がる。確かにその通りだ。けれども、どこかワクワクしたようにも見える彼女たちの様子の答えにはなっていない気がする。
「そういえば、リティはお茶会を開いたことがなかったか」
「王女殿下は他の貴族令嬢の方々と関係を築くようなことありませんでしたからね」
「参加することも稀だったからな。そういう意味だと、王城でお茶会というもの自体が少ないのだろう。特に令嬢たちを呼ぶようなものは」
王妃が主催するものはあっても、未婚の令嬢たちが参加することはほとんどない。参加できたとしても、伯爵位以上の令嬢であることが多い。リティーヌはお茶会を主催することはなく、キアラも当然のこととして開くことはない。つまりは、王妃が主催する以外のお茶会は開かれないということだ。直近であったのは、王妃が親しい友人たちを招いたものくらい。こうして大々的に開かれるのはアルヴィスが知る限り二年以上振りだ。
「気合が入るのも無理はない、か」
「それも妃殿下が主催されるものですから」
王太子妃となったエリナが開く初めてのお茶会。あまり気負い過ぎないようにと思うが、アルヴィスが出来るのは見守ることくらいだ。もう一度エリナの様子を見るが、真剣な顔つきで指示を出している。このままここにいてもエリナの邪魔になるだけだ。アルヴィスは、室内へと背を向ける。
「アルヴィス様、お声を掛けなくてよろしいのですか?」
「水を差すわけにはいかないからな」
アルヴィスがすべきことは、お茶会開催中のこと。ただ思うがままに行動しろ、とリティーヌからは言われている。出番が来るまでは、アルヴィスは己の執務をこなしていればいい。正直、お茶会に参加するよりは執務をしている方が気が楽なのは間違いないのだけれど、今後の為に根回しは必要だ。そして、令嬢たちの中で家から指示を受けている者がいないかどうかも確認しておきたい。
「妃殿下のところへ来たのではありませんか?」
「アムール」
帰ろうとしたアルヴィスの背中に声を掛けてきたのは、フィラリータだった。彼女は家からアルヴィスの側妃になるようにと言われている令嬢の一人でもある。振り返って、アルヴィスはフィラリータと視線を交わす。変わらない怒ったような眼差しに、アルヴィスは肩を竦めた。
「お前はお茶会には参加しないのか?」
「今更参加してどうなりますか……それに、これでも私は妃殿下のことを気に入っています。貴方の側妃になるくらいならば、生涯を妃殿下に尽くしても構いません」
誰とも添い遂げるつもりはない。一生を騎士として生きていくと宣言しているようなものだ。それはかつてアルヴィスが望んだ未来の一つ。違うべきは、フィラリータが女性だということ。女性が未婚のままでいることは、貴族社会において後ろ指さされてしまうことにもなる。フィラリータの家族がそれを許すとは思えないが。
「お前の妹に、俺が怒鳴られそうだな」
「……私が騎士を志した理由は、確かに貴方です。それを偽るつもりはありません」
「……」
それはエリナから聞かされていたことだった。こうして面と向かって告げられたのは初めてのことで、アルヴィスはどう反応すべきか迷う。学園でのアルヴィスの曖昧な態度が、フィラリータの未来を変えた。誰かと結婚して侯爵家を継ぐというフィラリータの未来を。その代わりを今はフィラリータの妹が務めている。姉の未来を潰したと、言われても反論は出来ないだろう。
「リュングベルでの一件……私は己の力不足を痛感しました。妃殿下を守れなかったこと。そして貴方もまた大怪我を負った。私たちが守るべきだったのに、結局妃殿下を守ったのは貴方だった……」
「エリナは俺の事情に巻き込まれただけだった。元より危険に合わせた原因が俺にあるんだから、俺が守るのは当然だ」
「であったとしても、守れなかったことの言い訳にはなりません」
それは正論だ。アルヴィスがフィラリータの立場であったとしても同じことを思う。どれだけ状況が許さなかったとしてもそれは変わらない。
「だから私は決めました。家が何を言ってきても、私は私の意志で騎士であり続けると。誰かに嫁ぎ未来を作るのではなく、誰かを守る道を選びます」
「……それを俺に言うという事は、アムール家に告げる際に助力してほしいということか?」
「はい」
アムール侯爵家の当主とは、騎士団時代にも何度か顔を合わせた。王太子となってからも挨拶程度はしているものの、それほど親しいという間柄ではない。どこか無骨といった雰囲気がフィラリータによく似ている人物だ。
「わかった。だが、それでも生涯というわけにはいかないかもしれないが、その時はどうする?」
「妃殿下を優先にしても構わないという奇特な方がいるのであれば考慮します」
「……考えるだけか。まぁいい。協力する」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるフィラリータに見送られて、今度こそアルヴィスはその場を後にした。




