閑話 ある人物との邂逅
予告していた通り別視点からの閑話です!
書きなぐっていたら思いの外長くなりました(汗)
アルヴィスの執務室を出たリティーヌは、そのまま後宮に戻ることはしなかった。そのような気分ではなかったのだ。国王である父に反抗するのはいつものこと。けれど、今回はいつも以上に苛立ちを覚えている。その対象は国王ではなく、母であるキュリアンヌにも向けられていた。
城内でも人気が少ない中庭まで出てくると、リティーヌはその中にある大きな木に寄りかかった。アルヴィスの執務室を出た辺りから追従してきた侍女が眉を寄せている。
「姫様」
「いいじゃない、ちょっとくらい」
「姫――っ」
尚も言い募ろうとした彼女に、口元に人差し指を立てて静かにするように示す。すると、声の大きさを意識したのか彼女は手で口を押さえた。この場所は王城。慌てて周囲を見渡すものの、人の姿は見えない。それにホッとしたのか、侍女は肩を落とした。
「大体、お母様もお母様よ。あれだけ私の結婚には慎重だったくせに、今頃どうしてそういう話を持ち掛けるのよ……それも兄様になんて」
「周囲に人が見えないとはいえ、誰が聞いているかわかりません。そのようなことは――」
「わかっているわ」
だからこそ具体的な言葉は出していない。尤も誰が聞いていたところで、リティーヌが今声に出している内容など既に幾度となく噂として出回っているのだから、今更なことだけれど。
「そろそろお戻りになられませんと、側妃様からお小言を言われますよ」
「あら? 貴方はお母様の遣いなの、ジャンヌ?」
「あまり意地悪を申さないでください、姫様」
ジャンヌ、と名を呼ばれた彼女は困ったような表情でリティーヌを見る。幼い頃からの付き合いである彼女は、リティーヌにとってもう一人の年上の幼馴染だった。
「今戻ったら、お母様に不満をぶつけてしまいそうなのよ」
「側妃様にもお考えがあってのことだと思います。きっと姫様のことをお考えに――」
「どうして私が今更になって兄様のところに行かなければならないの? 今更よ。本当に。どうしてそれが私の為になるわけ? 逆よ逆。昔ならいざ知らず、今になってどうして兄様なのよ」
今思い出しても腹が立つ。アルヴィスの妻はエリナだ。それこそリティーヌにとっても妹のような人で、ずっとジラルドの元で苦労してきたのを知っている相手でもある。家族になる日を待ち望んでいたし、幸せになってほしいと思っている。エリナがアルヴィスを好いていることを知っているのに、どうしてその場所に行きたいと思うだろうか。国王の「何が不満だ?」という顔も苛立ちを増幅させる。だからあの人を父とは思いたくない。
そんな風に憤っていると、カサっと物音がする。チラリとジャンヌが視線を向けているが、興奮しているリティーヌは気づく様子もない。
「姫様、あの――」
「兄様って、アルヴィスのこと?」
訪れた青年は、今までの会話に最初から加わっていたかのようにリティーヌへと話かけた。気づかないリティーヌは、知らぬ青年が放った声だとは気づかずに会話を続けてしまう。
「そりゃもちろんそうよ」
「へぇ、つまりは昔はあいつが好きだったってことか」
「仕方ないでしょ、兄様とマグリア兄様くらいしかいなかったんだから!」
幼き頃は身近にいる男性というのがこの二人だけだった。ラクウェルは論外。となれば、初恋の対象も限られてくる。今思うと恋といっていいかはわからないほどの感情だ。あれは刷り込みのようなものだったのかもしれない。
ジラルドにとっては目の上のたん瘤のような存在だったリティーヌ。次男であるためマグリアを立てようと動いていたアルヴィス。似た境遇にあった二人だからこそ、必然的に対象がアルヴィスになっただけなのだから。
だがそれは幼い頃の話。仕方がないだろう。当時のアルヴィスは容姿だけ見れば、本当に可愛らしかったのだから。リティーヌにとっては理想そのものだった。
「可愛らしいって……それは誉め言葉じゃないだろうが」
「変な男よりは可愛い人が傍に居る方がいいじゃない」
「まぁ腹黒兄と比べれば、確かにあいつの方がマシか。基本お人よしだし、優しくしてくれるだろうしなー」
「そうそう……え……?」
漸く声の主に気づいたのか、リティーヌの動きが止まる。そしてゆっくりと声の主へと振り返った。そこには、白衣を着た青年が一人にこやかに立っている。
「って貴方誰⁉」
「あんたがリティーヌ王女殿下だろ? 聞いていたよりも感情豊かだな」
「聞いていたって……」
「アルヴィスから」
アルヴィスを呼び捨てていることから、アルヴィスの関係者なのはわかる。だがリティーヌは彼のことなど見たことがない。茶髪に茶色の瞳。これといって目立つような容姿でもない。というかよく見ればリティーヌよりも背が低いようにも見える。これは一体誰だ。
「姫様、この方はおそらく研究所の方かと」
「研究所……」
「正解。アルヴィスとは学園でよくつるんでた数少ない友人の一人ってところか」
「ということは、貴方がリヒト・アルスター?」
研究所にいるアルヴィスの友人。その名は聞いたことがあった。平民でありながらも優秀で、アルヴィスからも「本気を出されればあいつには敵わない」と聞かされていた。
「そういうこと。んで一言忠告させてもらうけど」
「な、なに?」
「ここ、休憩時間とかに研究員たちが通ることがある場所だから、あまり王女殿下は来ない方がいい」
今がそういう時間だからこそリヒトがこの場にいる。声を掛けてきたのは、それを注意するためだったらしい。確かに、王女がこのような場所で愚痴を言っていたら心象を悪くしてしまうだろう。
「そうなの。ごめんなさい、ありがとう」
「どういたしまして」
「貴方、姫様に対してそのような態度は――」
「いいのよ。今更、取り繕われても気味が悪いわ」
確かに王女に対する態度ではない。けれど、きっと彼はアルヴィスに対しても同じような態度で接しているのかもしれない。ここが公の場であるならば気をつけてもらいたいが、今はそういう時間ではないのだ。
「じゃ、遠慮なく」
「アルスター殿っ!」
「前から話をしてみたかったんだ。あの花を完成させた王女様と」
「なるほどね。でもごめんなさい。そういうことはお母様からは止めるようにと言われているの」
花というのは、リティーヌの名を冠した黄色い花のことだろう。あれは確かに試行錯誤を繰り返してたどり着いたもの。研究員にその過程を知りたいと言われるのはよくあることだった。だが毎回、キュリアンヌから止められていたのだ。リヒトがその一人である以上、キュリアンヌが認めることはないだろう。
「聞かせてくれるならついでといってはなんだけど……あいつの学園時代の話をいくらでも聞かせてやるよ」
「⁉」
それは是非とも聞きたい。アルヴィスは自分の話を全くと言っていいほどしてくれないのだ。
「それならエリナと一緒に聞きたいわ。それでも」
「たまにはいいんじゃねぇの? あんたもいつまで籠の鳥をやっているんだよ。成人してるんだから、大人しくしてる必要ない」
「それでも私はその庇護下にいる。恩恵を得ている以上は、籠の中にいるのが当然でしょ」
自分の足で立っている人ならばそれも許される。けれどリティーヌにはそれが許されない。王女として、国の庇護を受けている身分では従うしかないのだ。リティーヌが唯一許されている花の研究を取り上げられるようなことがあれば、リティーヌにとって生きがいを失うこととなる。それだけは避けたい。
「あんたもアルヴィスと似たような顔をするんだな」
「え?」
「王女が平民と同じようなことが出来るとは思えないし、それが義務だってのもわかる。そういう意味では、俺には柵がないから楽だが……あんたはそれでいいのか?」
「貴方はどう思う?」
「義務だのなんだのってのは、アルヴィスに全部丸投げすればいいと思ってる」
ニカっとリヒトは笑った。リティーヌは目を丸くして言葉を失った。丸投げする。全部アルヴィスに任せて、あとは知らないということだ。
「酷い人ね」
「いつもそうしてきたからなー、あとはシオディランも巻き込めば大体何とかなる。多少困っても、それで収まるんだよ」
ふざけているのか本気なのかはわからない。でもあまりに簡単にいうので、リティーヌは声を上げて笑ってしまった。それが学園での話であり、それがそのまま国というものに当てはまらないことはリヒトとて理解しているだろう。だというのに、その言い方では本当に大したことのない話のように思えてしまう。
ひとしきり笑った後、どこかスッキリした自分がいた。それもいいかもしれないと思っている。あの件が片付いたら、その時は今まで協力した分任せてしまおうかと。何だかんだいいつつつも、アルヴィスは笑って許してくれる。
「ってことで、あの花の種が開くまでの過程を教えて欲しい」
「……ブレないのね、貴方は。全くもう」
「ネタは提供するって言っただろ? 等価交換さ」
結局そこに行き着くのか。等価交換といいつつ、リヒトは痛くも痒くもない。その時点で等価ではない気がする。だが、このままいつまでもキュリアンヌの言いなりになっているのももう終わりにしてもいいかもしれない。
「私も、ちょっとだけ反抗してみようかな」
「反抗期ってのは大切だな、うんうん」
「貴方はずっと反抗期が続いていそうね」
「俺は自分に素直なだけ」
「あ、そう」
先程まで感じていた憤りは去っていた。今は呆れ、が感情の大部分を占める。一体どうしてこんな人とアルヴィスが友人関係を続けているのか。それだけが疑問として残った。
これがリティーヌとリヒトの出会いだった。
個人的にリヒト君はお気に入りだったり……
誤字報告いつもありがとうございます!!




