4話
国王の生誕パーティーが始まった。王族席には、主賓である国王とその隣にアルヴィス、反対側には王妃とリティーヌが座っている。貴族たちからの挨拶が終わったところでアルヴィスが立ちあがった。
「アルヴィス」
「はい、わかっています」
人並みをかき分けて向かった先はベルフィアス公爵家の面々がいる場所だ。アルヴィスはラナリスの前に立つと、手を差し出す。
「ラナリス嬢、お相手をお願いできますか?」
「はい」
重ねられた手を握ると、そのまま手を引いて中央まで移動した。そのタイミングで音楽が奏でられる。ステップを踏み始めると、更に周囲の視線が集まってきた。ラナリスは大丈夫かと思ってその表情を見る。目が合えばラナリスは笑みを見せた。以前踊った時とは別人のようだ。周囲を気にしてそわそわしていたのはついこの間だったというのに。そんな妹の成長を感じて、アルヴィスも微笑んだ。
「成長したな」
「私もベルフィアス公爵家の一員ですから。エリナお義姉様のようにとはいきませんが」
「いや、十分だよ」
アルヴィスの妹としても注目されているラナリス。こうして堂々と振る舞う機会があったことは、ラナリスにとっても良いことだったのかもしれない。
「今回は、突然すまなかったな。助かった」
「エドから聞きましたから。私が社交界デビューをしていて良かったでしょう?」
「あぁ。ありがとう、ラナ」
「どういたしまして。アルお兄様のお役に立てたなら私も嬉しいです」
クルリと回るラナリスを最後に抱きとめると、アルヴィスたちのダンスは終わりを迎えた。盛大な拍手が送られ、アルヴィスとラナリスは並んで国王へと頭を下げる。この先は皆が思い思いにダンスや会話を楽しむ時間だ。中央を空けるため、アルヴィスはラナリスと共にテーブルのところへと下がった。
「アルお兄様は、これからどうなさるのですか?」
この後、アルヴィスが果たす最低限の役割は終わった。それほど長い時間ではないにしても、どうしても頭の片隅にエリナの表情が思い浮かぶ。去り際の寂しげな表情が。
「なるべく早めにここを出ようとは思う」
「お義姉様の具合はそんなに悪いんですか?」
エドワルドも何も詳しいことは告げていないらしい。ただ体調が悪いという事だけを告げられたのだろう。正確な情報を伝えるわけにもいかないので、仕方のないことではある。ラナリスは純粋にエリナを案じてくれる。アルヴィスは安心させるように、ポンとラナリスの頭に手を乗せた。
「大丈夫。心配するほどじゃない。俺が傍に居てやりたいだけだから」
「アルお兄様……」
「本当に以前のお前からは想像できないな」
後ろから近付いてきたのは、良く知る声だ。振り返れば、相変わらずの仏頂面で立っている友人シオディランがいた。銀髪に鋭利の瞳。その隣にいつも同伴しているという妹ハーバラの姿はない。
「シオ」
「少し前に大怪我をしたと聞いた。問題ないのか?」
「あぁ。心配させてすまない」
「見舞いに行きたかったところだったのだが、まぁ無事で何よりだ」
公の場ではあるが私的な会話ということで砕かれた言葉になっている。この場には他に誰かがいるわけでもないので問題はない。元よりシオディランとアルヴィスが学友であることは知っている者も多いのだから。
「それよりシオ、ハーバラ嬢は一緒ではないのか?」
「あいつなら、あそこだ。令嬢たちと話があるらしい」
シオディランが差した方向には複数の令嬢たちと言葉を交わすハーバラがいた。同年代の令嬢たちなのだろうか。もしくは学園での友人なのかもしれない。ここにエリナがいれば加わりたかったことだろう。
「シオ、もしハーバラ嬢が王都に滞在しているならばお願いしたいことがあるんだが」
「何だ?」
「エリナに会いに来てやって欲しい。俺は宮を離れていることも多い。あまり傍に居てやれないからな」
アルヴィスの言葉にシオディランがジッと視線を向けてきた。その意図が分からず訝し気な表情でシオディランを見上げていると、フッとシオディランが口元を緩ませる。
「本当に変わったな」
「……そうかもな」
「まぁいい。お前の頼みならば妹も喜んで引き受けることだろう。何より妃殿下にも会いたがっていた」
「助かる」
「アルヴィス様」
そこへエドワルドがアルヴィスの元へとやってきた。どうやら王妃が呼んでいるらしい。
「アルヴィス、急ぎかもしれん。さっさと行くがいい」
「……あぁ。シオ、悪いが妹を頼めるか?」
ここにはラナリスもいる。父たちがいるところへ送っていきたいが、ダンスの邪魔をせずに向かうとなれば多くの令嬢たちの傍を通ることにもなる。エリナ不在を理由に、誰かが近づいてくるのは今の状況では避けたかった。
「アルお兄様、私は一人でも――」
「そういうわけにはいかない。ラナに近づいて来ようとする者がいないとは限らないのだから」
「同感だな。お前に似ているということもあって、令嬢は綺麗だからな」
「……褒められて、いるのでしょうか……」
アルヴィスと似ているから綺麗だというのは称賛されているのか微妙なところ。ラナリスは複雑な表情をしてポツリと本音を呟いた。かく言うアルヴィスも複雑だ。冗談を言うような男ではないので、本心というのがまたそれに拍車をかけている。
「まぁいい。ラナ、シオは信用できる。父上たちのところまでエスコートしてもらってくれ」
「アルお兄様が仰るなら……」
ラナリスは改めてシオディランの前に立つと、ドレスの裾を持ち上げて淑女の礼を取る。
「ベルフィアス公爵家長女、ラナリス・フォン・ベルフィアスでございます。宜しくお願いいたします、ランセル様」
「私はランセル侯爵家嫡男、シオディラン・フォン・ランセルだ。こちらこそ宜しく頼む」
胸に手を当ててシオディランは頭を下げた。そして頭を上げると、ラナリスへ手を差し出す。ラナリスはその手を取った。
「では、御前を失礼いたします。王太子殿下」
「あぁ、頼んだランセル卿」
ラナリスと並んで去る友人の背中を見送ると、アルヴィスも二人に背を向けて王妃の下へと歩き出した。




