3話
今日はちょっと短めです;;
叙勲式を終えた後は、国王の誕生祝を兼ねたパーティーがある。アルヴィスは会場へ向かう前に、一度王太子宮へと戻った。それほど時間があるわけでもないが、そのまま寝室へ顔を出すとエリナが休んでいるのが目に入る。アルヴィスが来たことに気づいたエリナが、慌てたように身体を起こした。
「アルヴィス様っ」
「起き上がらなくていい。気分は大丈夫か?」
身体を起こしたエリナの肩をそっと押さえると、アルヴィスは彼女の身体をそのまま横にさせた。
「申し訳ありません。今は少しだけ……」
「そうか」
「叙勲式は終わったのですか?」
「終わったよ。安心していい」
横になったエリナの頭を撫でる。貴族たちの一部で騒ぎがあったものの、式自体は問題なく終わった。
「アルヴィス様のお姿を見てみたかったです」
「え?」
「叙勲式を取り仕切られたのはアルヴィス様ですから……少しだけそれが寂しいです」
「エリナ」
体調が悪いからなのか、気が弱くなっているようだ。いつになく本音を口にするエリナに、アルヴィスは笑みを浮かべた。
「これからは毎年参加することになる。いつでも見られるよ」
「……はい」
理解はしているものの、あまり納得はしていない。そんな様子のエリナに、アルヴィスは顔を近づけるとその額に口づける。そのままエリナと視線を合わせた。
「直ぐ、とは言えないが出来る限り早く戻ってくる。だから、今は大人しく休んでいてくれ」
「でも、アルヴィス様が席を外されるのは」
国王の祝いの席で、王太子が早めに出るのはまずいと考えているのだろう。気にするなと言ったところで、エリナの憂いを断つことは出来ない。だが、この状況はある意味で利用できるものでもある。エリナが不在ともなれば、動きだす面々もいることだろうから。
「今日の主役は俺じゃない、伯父上だ。それに自分の妻を気遣うというのは当然のこと。それだけ俺がエリナを大切にしていると伝わるならば僥倖だ」
普通ならば相思相愛である二人の間に入りたいとは思わない。誰だって自分を一番にしてもらいたいもの。まだまだ若い令嬢たちならば尚のことだ。尤も、例外は多分にしてあるのだろうけれども。
「だから、エリナはただ休んでいてくれればいい。俺もその方が安心できる」
「アルヴィス様がそうおっしゃるなら……ありがとうございます」
エリナだけの為ではなくアルヴィスの為でもある。そう告げれば、エリナは少しは安心したのか笑みを浮かべた。ジラルドの隣に立つため、相手のことを考えることがクセになっているエリナにとっては、このように伝えた方が効果があるのだ。
「では、行ってくる」
「はい」
そろそろ戻らなければならない時間だ。アルヴィスがエリナから身体を離し、部屋から出ようと足を動かした。なのだが、腕が引っ張られる感覚に動きを止める。後ろを振り返れば、エリナがアルヴィスの袖を掴んでいた。
「エリナ?」
「あ……」
自分のした行動に驚いたエリナが顔を真っ赤にする。無意識だったのだろう。アルヴィスはクスリと笑うと、エリナの手を取った。そうして再びエリナに近づく。
「申し訳、ございません。わたくし」
「いや、構わない。俺の方こそ、待たせることになってすまないな。サラを呼んでおくから」
「……は、い」
それでは解決にならないのだとわかっているが、アルヴィスも行かなければならない。もう一度エリナの頭を撫でると、アルヴィスはエリナの唇に触れるだけのキスを贈る。その一瞬の中で、エリナへマナを流し込んだ。
「おやすみ、エリナ」
そう告げるとエリナはゆっくりと目を閉じていった。やがて寝息が聞こえてくる。無理やりではあったが、これで少しでも休んでもらえるならばその方がいいだろう。
部屋を出たアルヴィスは、エリナの部屋の前で控えていたサラに対して寝室へ入るように指示をした。目が覚めた時に、一人では不安になる。アルヴィスが戻るまで、せめて誰かが傍にいて欲しい。その場合、サラ以外に適任者はいない。
「殿下、大丈夫ですか?」
「あぁ。問題ない」
「何か疲れることでもしてきたのかよ」
同じく待機していたディンとレックスが心配そうに声を掛けて来る。部屋に入る前より疲労感を漂わせていたからだろう。
「ちょっとな、エリナを眠らせてきた」
「……妃殿下が相手とは言え、あまり褒められた行為ではありません」
「体調が悪いからなのか、エリナも気分が不安定だったんだ。俺にはこれくらいしかしてあげられない」
「そういう問題じゃないと思うぜ……」
マナを使った相手を眠らせる行為は一種の催眠や暗示のようなもの。相手に働きかける作用だからなのか、その分使用者の負担が大きい。使い勝手も良くないので、もっばら医療行為に使われる力だ。不慣れな使い方だったためか、アルヴィスもより負担を感じている。
「後ほど、妃殿下にはきちんとご説明をした方が良いかと思いますよ」
「わかっている。だがまずはパーティーの方だ。時間がない」
遅れるということはないにしても、ギリギリも避けたい。アルヴィスは速足で王太子宮を出ていくのだった。