2話
王座側にある回廊から謁見室へ入ると、騎士たちが既に整列していた。アルヴィスの登場に合わせて、この場にいる全員が一斉に頭を下げる。この場にいる貴族たちもだ。
そこに乱れがないことを確認すると、アルヴィスは後ろを振り返って頷く。そこには国王と王妃の姿があった。二人が王座へ座ったことを確認して、アルヴィスは国王の横に立ち口を開く。
「皆、面を上げてくれ」
静かな空間にアルヴィスの声が響き、騎士たちを始めとする参列者も頭を上げた。その視線が前を見ると共に、王妃の隣に用意された空席へと移る。その場所が誰の者かなど、わかりきっていること。そして既に国王が登場している以上、遅れて登場することはあり得ない。その理由をどう捉えるか。チラリと、国王からの視線を受ける。どう説明するかは任せる、そういう事なのだろう。
「申し訳ない。妃は少し体調が悪いため、宮で休ませている。彼女は出席したがっていたのだが、私が止めた」
「妃殿下が……」
「もしかして……」
「いや本当に」
騎士たちは無言でアルヴィスを見たまま動かないが、やはりというか貴族たちは口々にあることないことを話している。小さな声だとしても静まり返ったこの場所では聞こえてくるもの。アルヴィスはわざとらしくゴホンと咳ばらいをした。ハッとした面々が動きを止める。
「不用意なことは口にしないように。それに、彼女を引き留めたのは私だ。あまり無理をさせたくはないからな」
エリナが欠席することを許容したのは、ただの風邪ではないから。もしただの体調不良ならば押し通して出てもこの場に来ていたことだろう。容易に想像できるそれに、アルヴィスは少しだけ笑みを浮かべる。今頃は、責任を果たせなかったことと無理をしてはいけないこととの間で板挟みになっていそうだ。
「アルヴィス、素が出ているぞ」
「……ゴホン、失礼しました」
「狙っているわけではないところが、お前らしい」
小さな声で国王から指摘され、更には呆れられてしまった。別に見られて困ることでもないので、気にすることでもない。だが、そう思っているのはアルヴィスだけのようだ。前を見ると、見知っている騎士たちが驚きの表情でアルヴィスを見ている。首を傾げれば、もういいとでもいう様に首を振られてしまった。
「では、陛下。此度の叙勲について、表彰を始めたいと思います」
「うむ」
少し和んだ空気となってしまったようだが、ここでの進行役はアルヴィス。アルヴィスが言わなければ何も始まらない。気を取り直して、アルヴィスは一歩前に出る。
「ではまず――」
叙勲式が終わり、国王が退場した。アルヴィスも謁見室を出ようとすると、後ろに控えていたディンから肩を叩かれる。
「ディン?」
「殿下、彼らが何かあるようです」
「彼ら?」
もう叙勲式は終わりなので、彼らは退場しても構わない。現に、貴族たちの姿はもうなくなっている。それでもその場に留まっている騎士たち。知らない相手ではないが、ここは謁見室。王太子であるアルヴィスがいるのは王座の傍。騎士たちが近寄れる場所ではない。無礼講というわけではないが、叙勲を受けた騎士たちに声を掛けても何も言われないだろう。アルヴィスは王座から続く階段を下りて、騎士たちの傍へと足を向けた。
「……おめでとう、皆」
「ありがとうございます、王太子殿下」
少しだけ言葉に詰まってしまったのは、彼らがアルヴィスの騎士団時代の先輩だったからだ。そんなアルヴィスの心境を知ってか知らずか、目の前の騎士は言葉遣いは丁寧なものの腕を組んでニヤニヤしながら応える様子は決して王太子へ向ける態度ではなかった。
既にここには騎士団の彼らと、近衛隊しかいない。ならば、仮面を解いてもいいのかもしれない。アルヴィスは腰に手を当てながら苦笑する。
「相変わらず、ですね」
「お前も、らしくなった。どこから見ても王族にしか見えないよ」
「ありがとうございます、と言えばいいでしょうか。ナシェル先輩」
ナシェル・フォン・ルモンド。伯爵家の次男であり、とても面倒見のよい騎士団の先輩だった。不慣れなアルヴィスを城下へと連れて行ったり、色々と生活する上で必要なことを教えてくれたのも彼だ。
「素直じゃない奴だな。まぁ、それでも今のお前は以前よりも自由に見えるよ」
「普通は逆だと思いますけど」
騎士の方が自由がある。今のアルヴィスは簡単に城下には下りられないし、どこに行くにも近衛が傍に居る。何をするにしても、事前に報告しなければならず自由に出来ることの方が少ない。
「そうじゃなくて、もう我慢とかしなくて良くなったんだろ? 誰かの顔色を窺うことも、兄貴に遠慮することもなくなった。そういう意味だよ」
「……そう、でしょうか?」
確かに、マグリアより前に出てはいけないなどと考えることはなくなった。王太子となってからは、そのようなことを考える暇もなかったというのもあるのだろうが。
「いい顏するようになった。それに……妃殿下ともうまくいっているみたいだしな。お前のあの顔、騎士のお前に懸想していた令嬢たちにも見せてやりたかった」
「どういう意味ですか?」
「わかってないところがダメージがデカいだろうな」
ナシェルの言っている意味が理解できないアルヴィスだが、その周囲にいる騎士たちは理解しているようで笑っていた。チラリと後ろを振り返ると、ディンはわかっているようで顔を逸らす。腑に落ちないというのもそうだが、どこか揶揄われているような気がしてならなかった。
「お前が妃殿下を大切にしてるってことだよ」
「当然でしょう」
何を当たり前のことを言っているのだと、アルヴィスは即答する。以前にも似たようなことをルークに言われた気もするが、あの時も迷うことなどなかった。エリナを守るのはアルヴィスにとって当然のことなのだから。
「そうかよ。だがまぁ、お前も無茶しすぎるなよ。前と違って、お前は替えが効かない存在なんだ」
先程までのにこやかな表情を一切消し去り、ナシェルが告げる。遠回しに、先のリュングベルの件を告げていることはわかっていた。言い方は優しいが、その表情は厳しいものだったのだから。
「……わかっています」
「その言葉、違えることのないことを祈っている」




