第二章 変わりゆく絆 1話
新章となります。
どうかこれからもよろしくお願いします!
国王の生誕祭の日。昨年は開かれなかったこともあって、今年は例年以上に盛り上がりを見せている。城下では露店商が多く姿を見せており、買い物をする人々を始めとして賑わいを見せていた。城下を見下ろせるバルコニーから様子を見ていたアルヴィスは、その姿を見て肩を撫で下ろす。
すると、不意に一人の少女が上を見上げてきた。大きく目を見開いて、パチパチと瞬きを繰り返す。まずいと思った時には既に遅い。
「あー‼」
ピシっと指をさされて叫ばれた。その後も口を動かしているが、ここからでは聞き取れなかった。しかし、周囲の人たちが一斉にこちらを見上げたのだから少女が何を言ったのかは想像できる。アルヴィスは笑みを作って手を振った。
「全く、何をしておられるのですかアルヴィス様」
声を掛けられて振り返ってみると、呆れた顔でエドワルドが立っている。アルヴィスを呼びに来たのだろう。改めてバルコニーの外へ向けて手を振り、アルヴィスは奥へと下がった。その後ろでエドワルドがカーテンを閉める。
「悪い……少々甘かったみたいだ」
「こちらから見えているということはあちらからも見えているということです」
「わかっている。ただ、城下の様子を見たかっただけだ」
時間に余裕があれば下りても良かったが、そういうわけにはいかなかった。直に、叙勲式が始まる。騎士たちへ勲章を授与するのは、アルヴィスの役目。遅れることは出来ない。
「エリナは、どうしている?」
「まだご気分が優れないということでしたが、式には出席されると」
「……わかった、俺が行く」
「お願いします」
ここ数日、エリナは顔色がずっと悪かった。病気ではないとしても、無理をさせることは出来ない。宮で休んでいてもいいと伝えてはいたのだが、自分の体調よりも責任を選んだようだ。それもエリナらしいと言えばそうなのだが。
王城内のアルヴィスの私室にいるというエリナの下へ足早に向かうと、ソファーに座っているエリナと、困り顔のサラが揃っていた。
「エリナ」
「アルヴィス様⁉」
「立たなくていい」
その場で立ち上がろうとするエリナを制止する。そのままエリナへ近づき、そっと手をエリナの頬に当てた。少し熱い気もするが、熱があるというほどでもない。ただ、顔色が悪いのは朝から変わっていないようだ。無理をしているのは明らかだった。
「エリナ、今日はもう休んでいい。宮へ戻るんだ」
「そういうわけには参りません。騎士様たちの祝いの席に、不在などというわけには」
「君が彼らを労わってくれていることは、既に彼らにも伝わっているだろう。気にする必要はない」
「ですが……」
エリナが気にしているのは体面だ。王太子妃という立場にあるエリナが叙勲式を欠席すれば、その理由を貴族たちは気にする。あることないことを噂する可能性もあるだろう。だがそれでも、今はエリナの体調の方が優先である。
「顔色が悪い姿を見せれば、余計に勘繰られるだろう。可能性という形にしておけば、後で何を言われようが払拭できる。だから今日はちゃんと休んでくれ……頼むから」
「アルヴィス様……ですが、それでは陛下のパーティーは」
叙勲式の後で行われるパーティー。そこでアルヴィスは最初のダンスを踊ることになっている。エリナがいないとなればどうするのか。少しだけ考えて、アルヴィスは答えた。
「それはラナにお願いする」
「え……リティーヌ様ではないのですか?」
アルヴィスの答えに驚いたのはエリナだけではなかった。後ろに控えていたサラも、そして気配からエドワルドでさえも驚いていることがわかる。このこと自体に驚きはしない。アルヴィスはずっと同行者としてリティーヌを伴っていたのだから。
「確かにリティは俺にとって家族同然だ。だが、それでも俺とリティは従兄妹でしかない。それにリティは未婚の王女。下手に俺と踊れば、この先色々と言われるだろうからな」
特に最初のダンスは婚約者か伴侶と踊るのが貴族の間では常識。エリナが不在の上に、リティーヌと最初に踊れば、噂好きな夫人たちの話題に乗るのは当然だろう。この場合、噂の種になるのはエリナとリティーヌ。アルヴィス自身はどのような噂があろうとも気にしないが、女性はそういうわけにもいかない。
「アルヴィス様がそのようなことを考えておられたとは意外です」
「エド、一言余計だ」
「言われるような態度を取ってこられたのはご自身かと思いますが」
「お前……」
チラリと睨みつけるようにエドワルドへ視線だけを向ければ、当人はただ笑みを浮かべているだけだった。溜息をついて、アルヴィスは改めてエリナへと顔を向ける。
「だから、安心して休んでくれ」
「……わかりました。ありがとうございます、アルヴィス様」
「終わったらすぐに戻る。だが、先に休んでいて構わない。ちゃんと横になっているようにな」
「はい」
アルヴィスは部屋の外で待機していたフィラリータたちを呼び、王太子宮へ送るように指示した。彼女たちもエリナの体調は気になっていたようで、いつになく素直に指示に従ってくれる。そうしてエリナたちを見送ったアルヴィスは、同じく部屋の外で待っていたディンたちへ声を掛けた。
「ディン、ベルフィアス公爵家に伝言を頼む」
「はっ」
「エド」
「承知いたしました」
先ほどの話を傍で聞いていたエドワルドは、直ぐに意図を理解したようで頷く。ディンと共に多少勇み足で離れていくエドワルドをアルヴィスが見送っていると、残ったレックスが懐から懐中時計を取り出していた。
「アルヴィス、そろそろ時間だ」
「わかった」
叙勲式が始まる。式が行われるのは謁見室だ。今回は叙勲される側ではなく、叙勲を授ける側となる。内容は頭に入っているとはいえ、失敗は許されない。何より騎士たちの為にも。どことなく緊張感を抱きながら、アルヴィスは謁見室へと向かうのだった。




