閑話 閉ざされた塔
本日、2話投稿しております。ご注意ください。
ジラルドは、鉄格子の嵌められた窓から外を見上げる。
「……どうしてこうなった?」
数日前にここへ連れてこられてから、ジラルドは常に自問自答していた。ルベリア王国のただ一人の王子として、王太子として過ごしてきていた日々。特に問題はなく順調だった。
婚約者のエリナとは、義務感での付き合いのみ。誕生日などには、侍従のヴィクターにプレゼントを用意させて送っていた。エリナとてジラルドには似たような感情なのだから、構わないだろうと思っていたが、ヴィクターはあり得ないと主であるジラルドに怒気を顕にしていたのを覚えている。女性相手に何を贈れば良いのかなど全くわからなかったし、喜ぶことなど考えたこともなかった。幼い時はそれなりにそわそわしていた筈の行事だというのに、それが義務になったのはいつからだったのか。
そんなジラルドの心に変化が起きたのは、学園でリリアンに出会ってからだ。学力がトップなのは王太子なのだから当然だと思っていたが、リリアンは違った。純粋な言葉で、ジラルドを褒め称えた。
『当たり前なんかじゃないですよ。ジラルド様が努力したからじゃないですか。本当にジラルド様はすごいです!』
実際、ジラルドは学ぶことに苦労をしたことはない。授業を聞いていれば理解できるからだ。試験前は復習もするが、同じことは全員がしていること。それは努力には当たらないとジラルドは考えていた。そんなジラルドの価値観を覆したのがリリアンだ。成績も周囲はジラルドが上にいて当たり前だという風潮なのに、リリアンだけは称えてくれる。それが、新鮮で嬉しかった。
いつの間にかリリアンと一緒にいるのが心地よくて、いつも共にいるようになった。学生で居られるのは今だけだと、途中からは城にも戻らなくなり、リリアンとのデートを楽しんでいたのだ。エリナの時はヴィクターに頼んだというのに、リリアンの時は自らプレゼントを選びに行った。食事も二人だけでしたし、ジラルドが贈ったドレスはリリアンに良く似合っていた。
だからリリアンが他の令嬢たちに虐げられていると聞いた時は、頭に血が昇った。誰がやっているのかと、犯人探しもしようと思ったが、リリアンがその令嬢を庇うので公にすることはなかったのだ。それが覆ったのは、リリアンが階段から落ちて怪我をした時。足首を赤く腫らしていたリリアンの姿は、痛々しかった。犯人を決して許さないとも思ったが、リリアンはエリナが突き落としたと言う。
ジラルドと共にいる側近候補の令息らと共に、エリナを問い詰めると決めたのはその時だ。ちょうど、全員が参加するパーティーが近づいていた。多くの生徒の前でならば、言い逃れをすることもできまいと、そのパーティーで断罪すると決めたのだ。
実際にエリナを問い詰めれば、いつもの感情のこもらない表情でジラルドを見ていただけで、エリナは何も反論さえしなかった。そんなエリナの態度に憤ったジラルドは、勢い余って婚約を破棄すると告げたのだ。隣で震えるリリアンを貶めたやつと、結婚など出来るわけがない。相手の事を考えられる心優しいリリアンこそが王妃に相応しいのだ。リリアンと婚約することが、国のためになる。そう信じていた。
父である国王に呼び出され、意気揚々として城に向かうと待っていたのは、これ以上にない叱咤と憐れんだ視線だった。リリアンと共に、リリアンが平和だと話してくれた理想を説明しても、父は眉を寄せるばかり。何故だ。どうして。それが世界平和に繋がるというのに、何故わかってくれない。
『……お前の言う皆が平等という世界。そこでお前は……その令嬢はどういう存在でいるつもりだ?』
『は? 何を言っておられるのですか?』
『新たな神とでも名乗るつもりか?』
『そんなつもりはありません。ただ、私たちはそれを提言して』
『己が先駆者として敬われるとでも思っておるのか? それが本音だとすれば、とんだ戯け者だ。そんな世界を望むのは、一握りの人間のみ。それ以外の者たちからは邪魔な存在でしかない。お前も、その令嬢も直ぐに消される』
そんなわけがない。皆が平等になれば、飢えることもなくなる。読み書きも全員が出来るようになり、争うこともなく生きられるのだから。
『馬鹿な考えに感化されおって……争いがなくなることなどあり得ん』
『そんなことはありません! 皆が同じ立場ならば、わかり合えるはずです』
『誰もが同じ立場……ならば国を滅ぼすというのか?』
『違いますっ』
『では国はどう統治される?』
『それは、管理者をそえて』
『その管理者は平等な立場なのか?』
『っ……ち、父上は王であるからわからないのです! そのような世界になればきっと―――』
『話にならん』
その後は、地下牢へと送られてしまった。更には、牢獄とまで言われる塔にまで移送されて今に至る。
城にいた頃の話では、既にジラルドは廃されて王太子ではなくなり、従兄のアルヴィスが立太子するというのを耳にした。騎士団に入隊して直ぐに近衛隊まで出世した騎士。公爵子息だというのに、その剣技は国内でも指折りだとジラルドは聞いていた。
一番年が近い従兄だったので、ジラルドも本当に幼い時は良く遊んだ記憶がある。次男ではあるが、アルヴィスには弟妹がいて年下の扱いには慣れていたからか、ジラルドの面倒を良く見てくれていたのだ。領地に戻ってからも、学園に入学するまでは時折顔を見せに来てくれていた。ジラルドからすれば、面倒見の良い兄のような人だ。その彼が、王太子となりエリナと婚約するという。
即ち、エリナには罰が与えられてないということになる。変わらず未来の王太子妃としての地位にいるのだから。それは、リリアンが間違っていたということを指す。
「……私が間違っていたと、いうのか? いや、そんなはずは……」
認めたくない事実。では、リリアンを突き落としたのは誰なのか。エリナではなく、真の犯人は一体。リリアンが嘘を言うはずがない。
真実がわからず、ジラルドは迷いの中に引き込まれていった。