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23話

 

 二人だけで話がしたいということだったので、アルヴィスは着替えもせずにエリナが待つ寝室へと入る。そこに用意されているソファーでは、エリナが座って待っていた。そのままアルヴィスはエリナの隣へと座る。日中とは違い、太陽が沈んだ夜は思いの外寒い。それは室内でも同じだった。アルヴィスは上着を脱ぐと、エリナの肩へと掛ける。


「あ」

「先に寝ていていいと言ったのに」

「申し訳ありません。どうしても私の口からお伝えしたいことがありましたので」

「何か、あったのか?」


 この時間、いつもならばエリナは既に寝ている時間帯だ。そうまでして言いたいこととは何か。何か良からぬことが起きたのかと、アルヴィスは身構えていた。

 一方のエリナはギュッと拳を握りしめると、意を決したようにアルヴィスを見上げる。だが、視線が合うとエリナは頬を赤くして逸らしてしまう。エリナらしくないその様子に一体何があったのかと、アルヴィスは一層訝しむ。


「エリナ、一体どうした?」


 終いには俯いてしまったエリナに、出来るだけ優しい声で問いかけた。チラリとアルヴィスを上目使いで見るエリナが口を開く。


「……子、どもが、出来たのです」

「…………は?」


 ポツリと呟きの様に紡がれた言葉に、アルヴィスは直ぐに反応できなかった。聞こえていないわけではない。ないのだが、その言葉がすんなりと頭には入ってこなかった。出来た。何が。子ども、誰の。言うまでもないエリナとアルヴィスのだ。

 固まったように動かなくなったアルヴィスに、エリナは不安そうに胸の上で両手を握りしめる。そうしてアルヴィスの反応を待っているようだった。だがアルヴィスは考え込んだように黙り込んだままだ。


「……」

「あの、アルヴィス様?」


 どれくらい固まっていたのか、恐る恐るエリナが声を掛けてきた。ハッとしてエリナを見れば、悲し気な顔をしている。


「あ、いや悪い。ちょっと驚いたというか、予想外過ぎて頭が追い付かないというか」


 何を言われたのかはわかってはいる。もちろん、周囲から望まれていたことも理解しているし、それがある意味アルヴィスの義務であることもわかっている。だが、実際にエリナから告げられてしまうとその衝撃が思いの外大きかったというだけで。


「先ほど、特師医様に告げられました。間違いないだろうと」

「そう……か」


 もしかして診察をしたフォランはわかっていたのか。だから後で様子を見ると言っていたのかもしれない。未だ混乱から解放されてはいなかったアルヴィス。右手で己の首に触れながらそのままソファーの背もたれに体重をかける。すると、一瞬痛みを感じて顔をしかめてしまった。


「っ」

「アルヴィス様っ」

「悪い、忘れてた」


 慌てて駆け寄るエリナを手で制すると、改めてゆっくりと座り直した。治りかけてはいるものの、背もたれなどに横になる場合はゆっくり負担を掛けずにするようにと言われていたことを一瞬忘れてしまっていた。気を付けて過ごしているというのに、それだけ先程の話が衝撃的だったからなのだろう。

 一息つくと、アルヴィスは不安そうな表情をしたまま膝の上で両手を握りしめていたエリナへと手を伸ばした。


「エリナ」

「は、はいっ」


 緊張したような面持ちで返事をするエリナは、どこか初めて会った時の様子を思い起こさせるようなものだった。返事を待っている。どう答えるのが正解なのだろう。現実味がないことで、アルヴィス自身も今己がどう感じているのかが判断できなかった。


「その、なんだ……身体は大丈夫なのか?」

「はい。無理をしてはいけませんが、じっとしているのも良くないと。ですので、このまま執務は続けていきたいと思っています」


 エリナがそういうのならばいいのだろう。何よりも彼女にはフォランが付いている。何も問題はない。


「このことは、他に誰が知っている?」

「サラたちと特師医様だけです。まずはアルヴィス様へお伝えするのが一番だと思いましたので」

「そうか」


 王太子宮でもまだ全員が知っているわけではないということだ。まずは国王と王妃への報告をしなければならない。恐らくは諸手を挙げて喜んでくれるだろう。あとは、どの程度行事へ参加できるかを特師医とも相談して決める必要がある。場合によっては、エリナが参加出来なくなることも考えて動くことになりそうだ。


「……」

「アルヴィス様?」

「皮肉なものだな」

「え?」


 アルヴィスは前髪をクシャリと上げて、そのまま天井を仰いだ。このタイミングでわかったということは、恐らくあの日が原因だ。アルヴィスがトーグをこの手で処した次の日。自分自身でもらしくない態度を取ったという自覚はあった。受け入れてくれるエリナに甘えて、その衝動をぶつけてしまったのだ。命を奪った自分が、命を授かるというのは皮肉以外の何物でもない。


「俺に、子どもの親になる資格があるとは思えない。特にその子には合わせる顔がないよ」


 自分の行為を後悔してはいない。これで自分の咎を終わらせたと思った。この先は、アルヴィスだけが抱えていけばいいと。だが、この子との因果が出来てしまったようで、それが非常に申し訳ないのだ。


「アルヴィス様、こちらへ来てください」

「?」


 険しい表情をしたエリナがアルヴィスの手を引いて立たせたかと思うと、そのままベッドへと誘う。そうしてベッドへ座らせると、そのままアルヴィスに上から覆いかぶさった。流されるままゆっくりとベッドへと倒れこんだアルヴィス。エリナはその頬を両手で包み込んだ。


「私は、とても嬉しいです」

「……」

「何よりもアルヴィス様との子どもですから。少し照れくさいですけれど、それでも本当に嬉しいのです」


 嬉しいと告げるエリナの言葉に、アルヴィスはただじっと耳を傾ける。そしてエリナはアルヴィスの胸の上へと顔を寄せた。


「先日、私は夢を見ました」

「夢?」

「はい。そこで私はシュリータ様とお会いしたのです」

「シュ、リ」


 思いがけない名前に、驚愕する。シュリータが亡くなったのはもう随分と前の話だ。そもそも、エリナはシュリータと面識がない。どうして会うことが出来るのか。


「女神様がお力を貸してくださったそうです」

「女神……ルシオラが?」

「ほんの少しの時間でした。それでも、あの方がアルヴィス様を本当に愛していたのだということはわかりました」

「それはエリナが優しいからそう思うだけだ」


 そう、エリナの優しさがそう思わせるだけで、それがシュリータの想いだとは限らない。どれほどの言葉を与えられようとも、アルヴィスがシュリータの言葉を信じることはないだろう。当人から言われたとしても、やはり信じられない気がする。


「シュリータ様は仰っていました。アルヴィス様を幸せにして欲しいと。それだけがずっと気がかりだったのだと」

「え……?」


 シュリータが言った。エリナは確かにそう言っている。さらにはアルヴィスの幸せを望んでいると。

 思いも寄らない言葉に、アルヴィスは何と言ってよいのかわからなかった。シュリータが恨んでいるということは、アルヴィスの中では当然のことだったから。そのシュリータから直接言われたというエリナの言葉。だがこれまでと違い不思議とその言葉はすんなりとアルヴィスの中へと入ってきた。


「ずっと見守っていらしたのです。弟君のことも全部。私が偽りを申していると、思いますか?」

「……いや」


 エリナが偽りを告げているとは思わない。それだけはアルヴィスの勘が違うと言っている。エリナは嘘を言っていない。つまりは、シュリータがそう望んでいるということになる。


「弟君のことも申し訳ないと仰っていました。謝罪を受け取ることは出来ないとお伝えしたら、笑われてしまいましたけれど」

「そう、か」

「とても朗らかな方でした」


 朗らかというのは、かなり抑えた言い方だ。シュリータはおしとやかとは正反対の性格だった。思いきったら即行動で、アルヴィスも振り回されていた気がする。それは弟であるトーグも一緒だった。笑顔が似合う可愛い少女だったのだ。


「本当に会ったんだな……」

「はい。もう、女神様の下へと行かれてしまいましたが。お会いしたかった、ですよね」

「……会いたかったかと言われれば、会いたくないが正解だろうな。俺の中のシュリはいつも俺を睨んでいたから」


 以前はよく夢に出てきた。その時の姿は決まって最期のもの。憎しみの込められた瞳で、アルヴィスを射抜いていた。はっきりとした夢を見なくなったのは、王太子となってから暫くしてから。理由はわかっている。アルヴィスはエリナに惹かれ始めていたからだ。見守っていたということは、シュリータにはその全てが見られていたということなのだろうか。


「……そんなわけがない、か」


 そんな都合がいいことがあるはずがない。アルヴィスは苦笑する。それでも願うくらいは許されるだろうか。願わくば、来世では彼女が彼女自身の為の人生を歩めるようにと。既に旅立った彼女には伝わらない願いだろうが。


(俺に幸せになれ、か……相変わらずこちらの都合は考えていないんだな、シュリ)

『アル!』


 そんな彼女からの罵倒が聞こえた気がした。それはいつも思い出す憎しみが込められたものではない、本来の彼女の声だった。


今回は何度も書き直したりして、試行錯誤しました(汗)

これも書きたいシーンの一つでした!

そろそろ第二部の一章も終わりが見えてきました。


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