閑話 妃と夢
本日二話投稿しております。
前の話を読んでない方は、一話前からご覧ください!
その日の夜のこと。アルヴィスと共に寝入ったエリナは、ふと辺りが明るくなるのを感じて目を開く。
「ここは……? わたくしは」
「……やっと会えたね」
明るい女の人の声が聞こえて、エリナは後ろを振り返った。そこには、茶色の髪をなびかせた少女が立っている。そう少女だ。年齢は十四歳程度だろう。
「貴女は、誰なのですか?」
やっと会えた。彼女はそういったが、エリナは見覚えがない。少なくとも、この年齢の少女に知り合いはいないはずだ。戸惑いと混乱の中にあるエリナ。この場には、この少女とエリナだけしかいない。どういう状況なのかはわからないが、エリナはぎゅっと拳を握りしめた。
「警戒するのも無理はないよね。貴女からすれば知らない人だろうし」
「……」
「でも私はずっと会いたかった。そして……ごめんなさい」
「え?」
そう言って少女は頭を下げる。慌てたエリナが少女の肩に触れようとしたが……それは出来なかった。少女へと手を伸ばしたそれは、少女の肩を素通りして何に触れることも出来なかったのだ。
「どう、して。貴女は一体」
「私は、シュリータ。触れられないのは私が死んでるから、かな」
シュリータ。その名は最近聞いたことがある名前だった。アルヴィスの口から聞いた少女の名前が、シュリータだったのだ。既に死んでいる人。それが示すことはどういうことなのか。エリナは、両腕で自分の身体を抱く。そうでもしないと震えて座り込んでしまいそうだった。
「わたくしは、まさかっ」
「それは違う! 大丈夫、貴女は死んでないから。大丈夫だから、怖がらないで」
あわわと手を振るシュリータは、ゆっくりと話をしてくれた。ここはエリナの夢の中だということ。現実世界のエリナは、眠っているから大丈夫だということ。どうしても、話がしたくて女神を説き伏せてようやくここに来ることが出来たということを。
「女神様が……」
「私、消えたくなかったの。どうしてもアルのことを知りたくて……あれからちゃんと生きてるかなとか。ちゃんと幸せになってくれているかどうかとか。気になって、このまま何もかも忘れた存在になりたくなかった」
「シュリータ様」
この世界では、亡くなった人は女神様の下へ旅立つとされている。そこで魂が癒され、何もかも忘れ消えゆく。それがこの世界の摂理だ。それを、シュリータは拒んだ。アルヴィスのことが気がかりで。
「私はバカだから……アルと一緒に生きていけると思ってた。貴族じゃなくなることがどんなことかなんて考えもしなかったし、アルがどんな立場に立たされているのかなんて知ろうともしなかった」
公爵令息だという事は知っていても、その身に流れる血が王家の者であることは知らなかった。彼がどのような家で生まれようと、そんなこと関係ないと思っていたのに、最後はそれを理由に拒まれた。
「だってアルはずっと一人だって言ってた。なら一緒に来てくれるって思ったのに、アルは出来ないって言ってた。どうしてって聞くと、困ったように笑ってそれ以上詳しいことは教えてくれなかったの。でも連れて行かないと殺されちゃうからそれだけは嫌で。無理やり引っ張ってった」
アルヴィスから聞いた話だった。もしかしてその時にアルヴィスは悟ったのかもしれない。シュリータが何らかの理由でアルヴィスへ近づいたのだという事に。
「気が付いたら、身体が動いていた。死ぬんだなって思ったら、驚いて固まっているアルが目に入ったの。それを見た時ね、ほんとは嬉しかった」
自分の死を悼んでくれる。ただ組織に使い回されて、そんな中で出会った人。最初はただ指示されたからだった。でもバカなことをした時に見せてくれる寂しげな笑みが、とても好きだった。そう話すシュリータは本当に嬉しそうな表情で笑っている。
「裏切る様な真似をしたのに、きっと彼は悲しんでくれるだろうなって思った。だから、私は言ったの。貴方なんて好きじゃないって。嫌いだって……会わなきゃよかったって」
シュリータはだんだんと嗚咽のような声になっていった。言葉はアルヴィスを否定するものなのに、それは逆に彼を大切に想っている言葉にも聞こえてくる。崩れ落ちる彼女を支えるかのように、エリナは膝を突いた。
「憎んでくれていい。だから私のことなんて忘れて、もう二度と変な女に捕まらなければいいって思った。なのに……トーグがあんなことをするなんて思ってなかったの。だから、ごめんなさいっ」
どうしてシュリータがエリナの前に姿を現したのか。それはトーグが処刑されたからなのだ。弟の死を知って、姉として姿を見せたのだろう。
「シュリータ様が謝る必要などございません」
「でもっアルはあんな怪我をして」
「だとしてもです。酷いことを言うようですが、弟君の罪に対して姉である貴女がすべきことは何もありません。ですから、シュリータ様の謝罪は受け入れられません」
エリナの言葉はシュリータに罪がないとは言っていない。弟の代わりにシュリータが謝罪をしたところで、そこに意味は何もない。そう言っているのだ。恐らく、シュリータには伝わっていないだろう。それでもエリナがこれを受け入れるわけにはいかなかった。
「謝って済むような事態ではないのです。それだけのことを、弟君はしたのですから」
「……そっか。そうだよね」
気を悪くされたかもしれないとエリナがシュリータの様子を窺っていると、彼女は俯いていた顔をスッと上げる。そしてニコッと笑った。
「シュリータ様?」
「やっぱり思ってた通りの人だね。理不尽だとは思うけれど、それが世界だということはわかってる。都合のいい言葉を並べられるよりよほどいいよ」
「あの……あ⁉」
その時、シュリータの身体の輪郭が朧げになりつつあることに気が付いた。この邂逅も終わりだということだ。
「そっか。ここまでか」
「旅立たれるのですか?」
「ここまで我儘を言ったからね。そろそろ消えないと……そろそろ起きないと、その子にも悪いしね」
「え?」
一体何を言っているのか。それ以上は何も言わずに、シュリータは微笑んだ。
「アルのこと、宜しくね。幸せになってって伝えて」
「はい……必ずお伝えします」
「ありがとう……エリナ、貴女も幸せに」
消えかかったシュリータがエリナに手を伸ばす。けれど、その手はエリナへと触れそうになった直前で泡のように消え去った。
「シュリータ様……どうか女神様の下で安らかに休んでください」
両手を組み祈るように紡ぐ。どこか遠くでエリナの名前を呼ぶ声が聞こえる気がした。否、間違えるはずがない。この声は、エリナにとって大切なあの人の声なのだから。
パチッと目を開いたエリナは、目の前で焦りの表情を浮かべたその人へと両手を伸ばす。そしてその首にしがみついた。
「愛しています、アルヴィス様」
「エリ、ナ?」
いつもより低めの声だが、アルヴィスの声だ。抱き着いたその手を緩めると、驚いたままで固まるアルヴィスがいた。クスリと笑い、エリナはそのままアルヴィスの唇を奪う。そうして満足して、手を離すと再びベッドに身体を沈めた。夢うつつだったエリナは、そのままもう一度目を閉じてしまうのだった。
その一方で。
眠ってしまったエリナだったが、残されたアルヴィスはその衝撃に固まったままだった。それもそのはずで、朝目が覚めたらエリナがうなされている様子だったため特師医を呼んできたところだったのだ。熱があるようだが、安静にして居れば治る。後は当人が起きてから詳しく、という話をしていたところで、エリナが目覚めたので顔を覗き込んだ。すると、突然エリナが目を開けたのだった。もちろん、周囲にはアルヴィスだけでなく特師医と侍女たちの姿もある。エリナの視界には入ってなかったようだが。
「仲睦まじい様子で何よりでございますな、殿下」
「っ……」
「妃殿下にはアルヴィス殿下しか映っていらっしゃらなかったようですね」
何の申し開きも出来ない状況に、アルヴィスは片手で顔を覆う。暫くは話のタネにされることは間違いないだろう。ともあれ、先程とは違い穏やかに眠るエリナの様子にアルヴィスは安堵の息を漏らした。
今年最後の投稿となります。
一年間、ご覧いただきありがとうございました。
書籍を二冊とコミックの発売と、本作品にとっては多忙な年ではありましたが
皆様の楽しみの一つとなっていただけたならば幸いです。
どうが来年もアルヴィスたちを宜しくお願いします(*- -)(*_ _)ペコリ
来年も、皆様にとって良き年となりますように願っております。




