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【Web版】従弟の尻拭いをさせられる羽目になった  作者: 紫音
第二部

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閑話 妃の予感

 

 リュングベルから帰ってきて一月以上が経った。慣れたもので、結婚したばかりの頃は馴染みが薄かった宮の部屋も、安心できる場所へと変わりつつある。戻ってきたのだと、心から嬉しく思えた。ただ、気になることがひとつ。それはアルヴィスのことだ。

 一度だけ、アルヴィスが王太子宮に帰ってこない日があった。その次の日には陽が沈んだ頃に帰り、エリナと夜を過ごしてくれたが、いつものアルヴィスとは少しだけ様子が違ったように感じたのだ。優しくエリナを抱きしめる腕が、どこか気を紛らわそうとしているようにエリナには映った。何かがあったのかもしれない。時折、傷が痛むのか表情を険しくすることもあったが、エリナはただ彼を受け止めることしか出来なかった。

 この場にはサラとエリナの二人だけ。だから気が抜けてしまったようで、思わずため息をついてしまった。


「はぁ」

「エリナ様、どうかなさったのですか?」

「どう、というわけではないのだけれど……」


 エリナの思い過ごしかもしれない。ただエリナがアルヴィスらしくない、と感じた。それだけの話だ。おかしく感じたのはあの日だけで、それ以降はいつものアルヴィスだった。ならば気にする必要はないのだろう。そもそも既に数週間が過ぎているのだ。今さらと言われればその通りで、蒸し返すのは良くない。エリナは笑みを作ると首を横に振った。


「いいえ、何でもないわ。考えすぎね」

「……アルヴィス殿下のことですか?」

「そんなにわかりやすい?」

「エリナ様がそうしてお考えになられることと言えば、殿下のことが多いですから。一番多い可能性を出したまでですよ」


 エリナは王太子宮に与えられた執務室で机に向かっているところだった。王太子妃として任された仕事をこなしている。それは孤児院や救護院といった平民たちに直結したものが多かった。王都において、これらは王家が管理するものとなっている。先のリュングベルのこともあって、エリナにとっては決して他人事ではない。

 確認作業もひと段落したところで休憩を入れていたのだが、仕事から離れると脳裏を過るのはアルヴィスのことだった。言葉には出さなくともサラには見透かされているようだ。


「些細なことだとしても、気にかかるのならばお聞きになられるのが宜しいかと思いますよ」

「そうかもしれないわ。でも、本当に少しだけ気になっただけなのよ。あの日はもしかしたら体調が悪かったとか、そういうことかもしれないし」

「ですが、違うと思うから考えてしまうのでしょう?」


 サラは鋭い。伊達に長年傍にいるわけではないということだ。だとしても、あの時のことを蒸し返すのは気恥ずかしくなる。いつもと違うなどと、そのようなはしたないことを言えるはずもない。まるで、すべてを覚えているかのようではないか。


「エリナ様?」

「ななんでもないわ」

「ふふふ、それほど慌てて否定されなくても」


 クスクスと笑うサラだが、エリナからしてみれば慌てもする。手を止めているから余計なことを考えるのだろう。エリナは紅茶を下げるように伝えると、再び書類を手に取った。

 その数分後、コンコンと扉が叩かれる。入室を許可すると、現れたのはエドワルドだった。


「妃殿下、失礼をいたします」

「ハスワーク卿、何かありましたか?」


 エリナが仕事をする場所が王太子宮ということもあって、アルヴィスとの橋渡しや急な仕事のことなどはエドワルドが行うことが多い。今回も何か用事があったのだろうかと、声を掛けるとエドワルドは首を横に振った。


「そういうわけではございません。ただ、少しだけお耳に入れておきたいことがござましたので」


 わざわざ日中にエリナを訪ねて来るということは、アルヴィスには聞かせたくない話なのだろう。エドワルドはアルヴィスの傍にいることが多いので、エリナと話をしようと思えばいつだって可能だ。それをしないのならば、込み入った話になる。


「では少々お待ちいただけますか?」

「いえ、さほどお時間は頂きません。直ぐにアルヴィス様の下へ戻らねばなりませんので」


 書類を片付けていると、エドワルドがエリナの前に立った。両手を後ろにして、背筋を伸ばすエドワルドにエリナも思わず身構える。


「先週のことです。リュングベルで起きた件の首謀者を、アルヴィス様自ら処断しました」

「え……?」

「他の者たちへの対処も全て済んでおります。詳細はこちらにありますので、ご一読願います」


 一枚の紙が差し出されると、エリナはそれを手に取った。書かれている内容は多くはない。罪人の名と、処断内容が記されているだけだ。そこには、全てアルヴィスが行ったことだと書かれている。わざわざこれを見せるということは、一体どういうことなのだろう。

 内容を読み終えたエリナがエドワルドに紙を返す。すると、エドワルドは紙を破り掌の上に淡い青い光を集めると、紙片はボロボロになってしまった。エドワルドのマナの力なのだろう。彼も学園卒業生であり、元々の家系は貴族とも縁続きだと聞いている。アルヴィスの侍従ならば、この程度のことは造作もないことなのかもしれない。


「証拠を残しておくことは出来ませんので」

「はい、わかっております。それで、どうして私にそれを?」

「首謀者の青年、トーグと言いましたが……彼がアルヴィス様にとって浅からぬ縁がある相手だと私もつい最近知りました」


 最近知った。その言葉に悔しさが滲みでており、エドワルドは唇を噛み締めている。


「ハスワーク卿……」

「少なからぬ情もあったはずです。その相手を手に掛けた。気丈に振る舞ってはおいでですが、どこか無理をしている風に映ってしまうのです」


 話を聞いて、エリナには一つだけ合点がいった。あの日、エリナが違和感を感じたアルヴィスの様子。もしかしてその日が、アルヴィスが彼を手に掛けた日だったのだと。


「無理やりにでも今日は早めにお戻りになるようにお願いするつもりです。ですからどうか妃殿下には、アルヴィス様のことをお願いしたいのです」

「わかりました」


 深々と頭を下げてエドワルドは退室していった。再び二人だけとなった室内で、エリナは立ち上がると多くの書物が収められている棚へと向かう。手を伸ばした書物は、歴代の王妃たちが記されている歴史書だ。それを手に取ると、パラパラと見開く。


「エリナ様?」

「幼い頃から幾度となく読んできたものよ。これまでの王妃様たちと、側妃様たちのことが書かれているのだから、当然なのだけれど」


 ジラルドの婚約者となった時から読まされてきたものの一つ。王妃という立場と、側妃という存在の意義。ルベリア王家の血を守りゆくために行われてきたことの一端が、ここから読み取れる。

 王妃に実子がいないことも少なくないし、側妃ではなく愛妾として囲った例も存在する。王妃は政治的な意味合いが強い存在であり、国を導くもの。側妃は、ただ王の為だけにある存在だ。王妃は王の愛を求めすぎてはならない。時として、正す必要もあるのだと。だからこそ王妃教育が必要だとされている。


「自分ではない誰かを愛する人と添い遂げる。王の妃ではあっても、実際には国と結婚するようなもの。言葉でいうのは簡単だけれど、実際には難しいわね」

「そうでございますね。出過ぎたことを申し上げれば、誰しも人の子ですから……そのような結婚をお嬢様がされることがなかったこと、心より安堵しております」

「サラ」

「王太子妃殿下である前に、私にとってはエリナ様は大切な主人です。大切な人に幸せな結婚をしてもらいたいと願うのは当然のことですよ」

「ありがとう」


 同じことをサラにも言いたいのだが、今のところサラに結婚する予定も願望もないときっぱりと言われている。ただ、結婚して子が出来ればエリナの子どもの乳母になれるかもしれないと、多少心が揺れ動いたらしい。理由がそれでは相手も可哀想だろう。


「それで、突然そのようなことを仰ってどうしたのですか?」


 振り返ってサラを見ると、どこか真剣な表情でエリナを見つめていた。エドワルドとの話の後で、突然過去の王妃たちの話題だ。サラが訝しむのも当然かもしれない。エリナも衝動的な行動だったので、これといった理由があるわけではなかった。ただ、ほんの少しだけ不安が過っただけで。


「私に、アルヴィス様を慰めることが出来るのか不安になったのかもしれない」

「大丈夫ですよ。殿下がエリナ様とお過ごしになっている時は、穏やかな表情をされていますもの。だからハスワーク卿もエリナ様にお願いをなさったのではありませんか?」

「そうなら、私も嬉しいわ。ありがとう、サラ」


 そんなことがあった日の夕方。宣言通りというか、いつもより早くアルヴィスが宮へと戻ってきた。不服そうな顔をしているアルヴィスと怒ったような顏で窘めているエドワルド。まるで兄弟のような二人だ。昼間に見たようなどこか思いつめたような表情は一切出ていないところが、エドワルドらしいと感じる。


「お帰りなさいませ、アルヴィス様」

「エリナ、ただいま」


 傍まで歩み寄ると、アルヴィスはそっとエリナを抱き寄せてくれる。上目使いでアルヴィスの表情を窺えば、疲労が見て取れた。エドワルドが無理やりにでもと言った理由はそういうことなのだ。アルヴィスの顔へと手を伸ばせば、驚いたように彼が目を開く。


「エリナ?」

「あまり無理をなさらないでください」

「……」


 大丈夫、という言葉は聞けなかった。代わりにアルヴィスは伸ばされたエリナの手を取ると、そっと握りしめる。


「ありがとう」




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