21話
若干、重たい内容かもしれません汗
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投票してくださった皆様、ありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ
それから数日後、騎士団内にある地下牢。その中でも厳重の部類に入る場所に、アルヴィスは足を踏み入れていた。以前、リリアンが投獄されていたのはもう少し浅い階層にある牢だったのだが、ここは更に階下にある。
牢に入れられているのは、青年が一人。トーグだ。もう一人の彼とは別々の場所に置かれているらしい。少し息遣いをするだけでも響く場所なので、内緒話さえ難しいのだが念には念をということだ。
一緒に来ているのは、ルークとディンの二人だった。ルークが牢へ近づくのを後ろから見守る。
「お前が、首領だな」
「……」
ルークが問いかけても、トーグは一切の反応を示さない。元より想定済みだったのか、ルークは気にせず話かけた。
「お前に科せられているのは、王太子妃殿下誘拐と王太子殿下の殺害未遂。重罪だ。減刑させることはない。どれほどの事情があろうともな」
減刑。その言葉にトーグは顔をルークへと向ける。そしてハンっと鼻で笑った。トーグは顔を上げてルークを見上げる。
「僕たちの事情なんて、お貴族様には関係ないじゃないか。そもそもお前たちからすれば、僕らは道具。今更でしょ」
「随分と偏った考え方だ。まぁ、貴族の中にはそういう奴がいることは事実。だが、そうじゃねぇ
連中もいるってことは覚えておけ」
「そこの王太子殿みたいに?」
手が拘束されているため、顔だけでアルヴィスを指す。ここにアルヴィスがいることはわかっていたらしい。
「陛下も筆頭にだ。でなければ、俺みたいなやつが近衛を束ねる職になんぞいられない」
「あんた、貴族じゃないわけ?」
「俺は平民だ。だからお前が言いたいことはわからないでもない」
ルークは平民から近衛隊長に抜擢された。顏にも大きな傷はあるが、恐らく全身も傷だらけだろう。それだけ厳しい世界を生きてきた。評価されたといえば聞こえはいいが、そこまでの道のりは簡単ではなかったはずだ。アルヴィスたちの時代は、平民でも騎士になるものは多いし、学園も少数ながら平民が在籍することはある。そこまでの道のりが出来たのは、ルークの存在が大きい筈だ。
「気に入らないからと害することは簡単だ。何も考える必要がないんだからな」
「僕に説教か……のし上がることが出来た人間に僕たちの気持ちはわからないよ」
「それはお前が考えることを止めたからだろう。考えないで行動するだけなら、その辺の魔物にも動物にもできる。だというのに、人の扱いを求めるのはお門違いだ」
ルークにしては辛辣な言葉に、アルヴィスも表情には出さないが驚いていた。相当に怒っているということだけはわかるが、ここまで相手を傷つける言葉を吐くのは珍しい。
「お前の気持ちだぁ⁉ 馬鹿にするのも大概にするんだな。相手のことを考えない奴のことを、なぜ 考えなきゃならない? そういうのは、相手の気持ちを考えたことがあるやつだけがいう言葉だ」
「ふん、綺麗ごとだね。所詮、優しい世界しか知らない奴の戯言だ」
「優しい世界ねぇ……孤児出身の俺に言う言葉じゃねぇな」
ルークが孤児院出身だった。初めて聞く内容だ。平民だということは周知の事実だが、まさか孤児だったとは。だが、ルークからは悲壮感は全くない。それがどうした、とでも言いたげだ。きっとルークにとって、孤児院出身だということは蔑まれる過去でも思い出したくない過去というわけでもないのだろう。むしろ誇りを持っているようにも見える。
「親兄弟がいない連中なんてざらだ。殺されることだって少なくない。それに、お前はそういう道を選んだ。首領となった時点で、変えることも出来たというのにそれをしなかった。考えることを止めた。そうなったのは、貴族の所為だと……自分たちではないのだと責任を押し付けてな」
「……だってそうじゃないか」
「子どもならば、選ぶことは出来なかっただろう。だが、今は違う。お前はお前の責任でその道を選んだ。ならば、その罪はお前だけのものだ」
親がいない子どもというのは、選択の自由が親がいる子どもたちよりも狭い。トーグのように、どこかの組織に雇われたり攫われたりして、強制的に生きるためには何でもしなければならないという環境に置かれることもあるだろう。しかし、それは生きるためにはどうしようもないという子どもだからだ。
その点からいけば、トーグは違う。命令する立場にある。快楽を求めるのではなく、別の道を歩むことも出来たはずだ。ルークが言っているのはそういうことなのだろう。
「僕には、姉さんしかいなかったんだっ! それをあいつが……あいつを姉さんが……だから姉さんのところにあいつを」
「今度は姉の所為にするのか? 呆れた奴だ」
「姉さんの、せい?」
トーグの行動原理は全て姉。つまりトーグが起こした罪もその為だと言っている。つまり、トーグは自分の罪を姉の所為にしていた。そのことに、今まで気づいていなかった。大きく目を見開いて、トーグは茫然としている。
「僕には姉さんだけだった。だから……姉さん、だから姉さんはもう僕の前に出てきてくれなくなったの? 僕が姉さんの所為にしていたから。姉さんの、あいつを殺そうとした、から」
「はぁ……身体は成長しても、中はガキのままだな」
ルークの声はもうトーグには届いていない。虚ろな目はどこを見ているのかもわからなかった。やれやれ、とルークは牢から離れてアルヴィスへ近づくとポンと肩へ軽く手を置いた。
「何か言葉を掛けるなら今だ。後悔だけはするな」
「……はい」
それは上司から部下への気遣いのようだった。アルヴィスはゆっくりと牢へと近づく。トーグはアルヴィスを映していなかった。もしかすると、アルヴィスの声は彼に聞こえないかもしれない。それでもアルヴィスは口を開いた。
「トーグ……シュリを守れなかったこと、責められても仕方ない。あの時、俺は直ぐに君に会いに行くべきだった。剣を向けられてもその時なら、俺は拒まなかったはずだ」
トーグに剣を向けられれば、甘んじてそれを受けた。その結果がどうなろうと、きっとあの時ならば。だが、アルヴィスはそれほど強くなかった。トーグのことを考える余裕はなかったのだ。
しかし、それはもう出来ない。今のアルヴィスは自分の命以上に、背負うものがある。その為ならば、憎まれようとも構わない。
意を決してアルヴィスは腰に差していた剣を鞘から抜いた。剣先までマナを込める。
「あの世で、シュリと共に憎んでくれていい。すまなかった」
「あ、る――」
ザッシュ。ポタポタ。
鮮血が飛び散った。最期のトーグ。その瞳は驚いたようにアルヴィスを見ていた。バタバタと待機していた騎士たちが後始末を始める。アルヴィスは剣を払い、血を拭うと鞘に納めた。
「殿下」
「大丈夫だ。返り血は浴びてない」
「そうですか」
表情は変わらないが、ディンは案じているのだろう。こうして処刑をすること自体、アルヴィスは初めてではないものの、それほど経験があるわけでもない。だが、今回だけはアルヴィスが手を掛けたかった。己の罪を忘れないために。
「……あまり無理はするな、アルヴィス」
「わかっている。我儘を言って、すまなかった」
「別にいいさ。だが、背負い過ぎるなよ」
ルークがあまりに真剣なまなざしで言うので、アルヴィスは曖昧に頷いた。黒い布に包まれて運ばれて行くトーグを見ながら、アルヴィスは天を仰ぐ。今日だけは、宮に戻りたくない。このような状態でエリナに会うのは、避けたかった。
「隊長」
「何だ?」
「鍛錬に付き合ってほしい」
まだお互い仕事はある。しかしこの調子では、支障をきたすだろう。アルヴィスの様子に、ルークも何かを感じ取ったのか、頭をガシガシと掻いて苦笑する。
「わかった。お堅い副隊長が来るまでの間な」
「相変わらずですね」
ハーヴィの名前を出す辺りがルークらしい。思わず口調が戻ってしまった。気遣ってくれているのだろう。嬉しいとは思うが、今はうまく笑えそうにない。
「ほら、そうと決まったら行くぞ」
「はい」
肩を叩かれて、促されるままにアルヴィスは地下牢を出て行った。




