19話
王都に帰還したアルヴィスは、まず初めに特師医による診察を受けることとなった。先にエリナを宮へと帰して、アルヴィスは執務室へと向かう。そこには既に特師医フォランが待機していた。動きが速いことに、アルヴィスも苦笑するしかない。
「特師医」
「お久しぶりでございます殿下。早速で申し訳ありませんが、お怪我の様子を確認させていただけますかな?」
「はい、お願いします」
挨拶もそこそこに、アルヴィスは上着、そしてシャツを脱ぐとソファーへと座る。そのまま背中をフォランへと見せた。
「包帯を取りますので、暫しじっとしていてくだされ」
上半身に広く巻かれている包帯をフォランが巻き取っていく。そうして露わになった傷跡に、後ろで息を飲む声が聞こえた。アルヴィスは見えないので、どういう状況なのかが全くわからない。
「これは……殿下、腕を動かすことがお辛くはありませんか?」
「少し痛みはあるが、無理に動かさなければ気にすることでもない」
「そうですか」
そっと背中に手が触れる。フォランの手だろう。温かい力の流れを感じた。
「傷口は塞がっておりますので、これ以上酷くなることはありませぬ。しかし下手に動かせば、塞がった傷口が開くこともあるでしょう。鍛錬などは、今後一月程度は控えて頂かねばなりませんな」
「……わかった」
フォランが言うのであれば、従わねばならない。今回の件で、無理をした自覚は十分にある。鍛錬が出来ないというのは寂しいが、これも自業自得だ。
「週に一度は診させていただきますので、そのおつもりで。ディン殿、ルーク殿にもそのようにお伝えを」
「承知した」
「では、儂は失礼します。右腕の方は、あまり上下に動かすのはお控えくださいますように」
最後に釘を刺して、フォランは執務室を出て行った。アルヴィスはシャツを身に着けると、上着を羽織った。この後は、国王への報告が待っている。どこまで何を告げるか。それを考えると気は重い。しかし避けては通れないことだ。
「エド、伯父上にこれから向かうと伝えてきてもらえるか?」
「わかりました」
エドワルドが出ていくのを見送って、アルヴィスは息を吐く。すると、肩にポンと手を置かれた。見上げた先には心配そうな顔でアルヴィスを見ているレックスがいる。
「大丈夫か?」
「少し疲れただけだ。伯父上と話をしたら休む」
「ならいいけどよ……」
もうすぐ夕方だ。今後のことで動くにしても、明日以降となる。尤も、何かをしようとしても許可は出ないだろうが。
そこへコンコンと扉を叩く音が届いた。扉が開くと、そこから顔を見せたのはエドワルドだ。
「アルヴィス様、陛下から承諾の旨をいただきました」
「そうか。ディン、一緒に来てくれ。エドとレックスは待っていてほしい」
「わかった」
「承知しました」
レックスとエドワルドが頷く。それを見てからアルヴィスは執務室を出ると、国王の執務室へと向かった。ほどなく到着した部屋で、アルヴィスだけが中に通される。執務室の中には、国王と宰相であるザクセン侯爵の姿があった。
「ただいま戻りました」
「おぉ、アルヴィスっ」
一礼して部屋に入ると、国王が慌てたように立ち上がる。そしてアルヴィスの下へと歩いてきた。
「フォランの診断はどうであった?」
「週に一度診せるようにと言われました。あとは無理に動かさぬようにと」
「そうか。一度は重傷と報告が来ていたが、無事に戻って何よりだ。その様子では、動きたくとも動けぬのだろうしな」
服の隙間から見える包帯が目に入ったのだろう。国王は眉を寄せる。決して大袈裟ではないのだが、それでも肩にかけて包帯が巻かれており、どうしても隙間から見えてしまうらしい。この季節に首を隠すような服装をすれば、逆に目立つ。こればっかりは仕方ないと諦めるしかなかった。
「ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
「此度の件については、公になってしまっている。王妃もそうだが、リティーヌもラクウェルらも大層心配をしている。落ち着いたら城に呼ぶなりして、顔を見せると良い」
「はい」
どうするかは宮に戻ってからエリナと相談することになるだろう。リュングベルのことがあった後で
両親に会うのは少々気まずい部分はあるが。
「陛下、それに殿下も。まずはお座りになられてはいかがですか?」
「そうだな」
アルヴィスは国王と向かい合う形でソファーに座った。ザクセン侯爵は国王の後ろに立ったままだ。もう見慣れた光景である。
「ではまず状況報告を聞こう」
「はい」
状況報告。リュングベルの視察はアクシデントこそあったものの、概ね完了だ。警備塔周辺の見回りを途中で中断したことだけが心残りとしてある。いずれ訪れることがあれば、今度は手合わせもしてみたいと思う。
大きな問題として残ったのは、エリナ誘拐にも関わってしまった孤児院のことだろう。フォルボード侯爵にその辺りは一任してある。そして話題はエリナ誘拐事件へと移る。エリナが誘拐された後、アルヴィスが指揮を執ってエリナが囚われている場所へと向かった。だが、その中へはアルヴィスだけしか通れない仕掛けがあったのだ。その為、やむを得ずアルヴィスが単独で救出へ向かった。結果として、アルヴィスは重傷を負ったがエリナは無傷で救出。トーグを含め、連中は近衛隊が一掃。主犯であるトーグと、ノルドという男は確保され王都に移送されている。今は地下牢の中だ。
「なるほど……それで、アルヴィスよ。その男たちの処遇についてだが、どうなるかはわかっているな?」
「えぇ」
トーグたちは王太子夫妻を襲った罪人だ。このまま放置されることはない。殺すつもりで王族に刃を向けた。その時点で、極刑に値する。アルヴィスの脳裏には、恨みがこもった視線を向けて襲い掛かってきたトーグの姿が思い浮かんでいた。
「どのような理由があろうと、エリナを襲ったことだけは許せません。それが俺の過去に犯した行いの所為だとしても」
「当然だな。王太子であるお前とその妃であるエリナ、両名を傷つけようとした時点でその罪は何よりも重い」
そこに理由など関係ないのだ。ただ事実として、王家の人間が襲われた。それだけで彼らが極刑になるには十分なのだから。アルヴィスが過去にトーグと関わっていたことなど、些細なことに過ぎない。それでも、アルヴィスには譲れぬものがあった。きっとそれは、彼と関わる最期の機会だ。
「伯父上、彼の……トーグを処するのは、俺にやらせてください」
「理由がどこにあろうと、行動したのは彼らだ。その責任はお前にはない」
「わかっています。彼らの罪は彼らのもので、俺がそのことを感じること自体が傲慢だとも」
「わかっていても、か?」
「はい」
最期の機会であるならば、アルヴィスはその場に立ち会うことを望む。そして出来るならば、自らの手で。彼の死を背負うために。誰も望んでいないだろうが、それでもアルヴィスは過去を全て忘れることなど出来ないのだから。
アルヴィスの意志が固いと見たのか、国王は仕方ないとばかりに頷く。
「お前がそう決めたのならば、余は何も言わん。お前に任せよう」
「ありがとうございます」
アルヴィスは国王に深々と頭を下げた。




