閑話 自称ヒロインの末路
ゲームのヒロイン登場になります。
「ちょっと、何でっ!? どういうことよっ!!?」
ガタガタと城の地下牢の鉄格子を揺らす。ふわりとしていた桃色の髪は、ここ数日手入れをされていないためか、ボサボサになっていた。叫ぶように声を上げても、応えてくれる人はいない。彼女の言葉など全て無視されているからだ。
「なんで……どうしてよ」
何度も何度も繰り返しているうちに、心が折れてくる。
始まりは順調だった。リリアン・フォン・チェリアとして生を受けてから、学園でジラルドなどのイケメンたちとの恋を楽しみにしてきたというのに。
リリアンはチェリア男爵が侍女に手を出して出来た庶子だった。子どもを身籠った母は、堕胎することもできず施設近くでリリアンを産み落とし、そのまま亡くなったという。15歳になるまで施設で育ったリリアン。母が残してくれた貴章を持っていたことから、貴族の子どもだということはわかっていたが、直ぐには父親は現れてくれなかった。必要ない子どもであったため、引き取らなかったのだろう。
漸く父親が名乗り出たのは、跡継ぎを流行り病でなくした後。今まで放置していたというのに、今度は身勝手な理由で引き取られた。現段階では男爵の唯一の子どもということになっている。
父親はリリアンに婿を取ってもらうことで後継ぎを作りたいのだろうが、リリアンにはどうでもよいことだった。勝手に捨てて、勝手に拾っただけの身勝手な父のためになど、生きたくない。
幸いにしてかリリアンには、リリアンとしてではない別の人間の記憶があった。日本という全く違う世界で、学生をしていた地味な自分。寂しさを紛らわしたくて没頭したゲームの世界。そこと、今のリリアンがいる世界は酷似していた。
ルベリア王国の王立学園で繰り広げられる恋愛模様。その中でも王太子のジラルドはとても人気があったキャラクターだ。未来の国王として厳しくしつけられるあまり、人に甘えることを知らない孤独な王子。何をしても出来て当たり前とされ、純粋な称賛をヒロインから浴びたことで心を開いていく。最後には、婚約者を捨ててヒロインを王太子妃とし、共に国を作っていくのだ。
ゲームと同じように声をかければ、ジラルドはリリアンと共に居てくれるようになった。婚約者のエリナは優秀だが、息が詰まる相手でこのまま結婚すれば気が休まる日はなくなると、肩を落とすジラルド。結婚とは、お互いを想い合ってこそ成立することだ。そんな関係はおかしいとリリアンはジラルドに伝えた。それは、リリアンの本心だ。
他の攻略対象の彼らにも勿論声をかけた。彼等はリリアンを一番可愛いと言って、とても褒めてくれたのだ。リリアンの一番はジラルドだが、それでも見目の良い男性に言い寄られることに悪い気はしない。前世ではあり得なかった話だからこそ、有頂天になってしまったのだろうが、リリアンはこの世界ではヒロインなのだ。愛されて当然だという想いがあった。いや、今もそう想っている。
婚約破棄イベントまでは順調だった。思ったよりも公爵令嬢からの罵倒や嫌がらせはなく、お小言のみだったのが気になるところだったが、背中を押され足を滑らせてしまい怪我をしたのは事実だし、狂言などではない。だからエリナに押されたのだと、ジラルドらに伝えた。他にリリアンを貶める必要がある人物などいない。少なくともゲームの世界では。だからエリナだと断言した。
しかし結果はエリナではなかったという。そればかりか、公爵家を貶めたという罪にも問われてしまった。更にジラルドは王太子の地位を追われ、投獄されたのだ。時折もたらされる情報から、ジラルドに代わり王太子となったのはアルヴィスだということを聞いた時、リリアンはあり得ないと思った。ゲームからかけ離れすぎているからだ。
ルベリア王国の王子はジラルド一人だ。余程の犯罪を起こさない限りは揺るがない地位。何より、ルベリア王国は男児にしか継承権がない。万が一にもジラルドが廃されることはないはずだった。それが廃嫡された上に、別の人が王太子となってしまった。
「アルヴィス殿下って……続編キャラじゃないのよ。なんでここに出てくるの?」
ゲームの続編に出てくるメインキャラクターで、勿論攻略対象だ。王弟の息子の公爵子息。継承権も持つ王族の一人でもある。はっきりと言ってしまうと、顔はジラルドよりも好みだった。今回は出てこないため諦めていたのだが、そのアルヴィスがエリナと婚約したというではないか。更には女神の祝福を受けたという噂まである。
「祝福を受けるのは、ヒロインで……私なのよ? どうして、アルヴィスが受けるわけ? メチャメチャじゃない……アルヴィスがいるならそっちのルートを狙ったのに……」
「不敬にも王太子となられた方を呼び捨てとは、自分の立場がまだわかっていないようだな」
「っ……ヘ、ヘクター、騎士団長」
リリアンが半ば呟くように名を呼ぶと、眉を寄せた男性が剣の切っ先をリリアンの喉元へと突き出す。
「ヒッ」
「……私の名も知っているとは、男爵家の令嬢にしては随分と知識がある。面識はなかったはずだがな」
「そ、それは……」
リリアンの声が震える。キャラクターなので知っているだけなのだが、それを伝えたところで頭がおかしいと思われるだけだ。その程度はリリアンもわかっている。
「……貴様にはスパイ容疑もかかっている。チェリア男爵家は貴族籍剥奪。貴様はガルーダ修道院送りだ」
「ガ、ガルーダって……」
ガルーダ修道院。船でしか行くことのできない小さな島にある修道院だ。島にあるのは修道院のみ。罪を犯した令嬢を一生閉じ込める場所だった。
リリアンは顔が真っ青になる。そのようなところで、この先ずっと暮らすなんて耐えられない。
「イヤ……イヤよっ! なんで、私は―――」
「生かしてやるだけマシだろう。貴様が誑かした令息らは、皆家を追われた。そんなに自由に生きたいのなら、それが許される平民となるのが一番だとな。だが、貴様は公爵令嬢に冤罪を被せた。平民となったところで、再び刃を向ける可能性もある。故の決定だ」
「そ、んな……私、そんなつもりはなかった! だってあの時私を恨んでる人はエリナしかいないじゃない! だからそうだと思ったのよ! だから、私は……私のせいじゃないっ! 私は悪くないっ! 悪くないっ!!!」
「……」
リリアンは、まるで悲鳴を上げるように叫ぶ。だがそれを聞いていたヘクター騎士団長は、感情のこもらない瞳を向けているだけだった。




