17話
本作が、次にくるライトノベル大賞2021にノミネートされました!
これも皆様のおかげです!
本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ
夕食後、アルヴィスとエリナは部屋のソファーで隣り合って座っていた。そこでアルヴィスはエリナから例の孤児院からの訪問者である女性とのやり取りについて報告を受ける。彼女の用件は、やはり加担した子どものことだった。
そもそも子どもが利用されたのは、この街で半ば日常化されていたお小遣い稼ぎが原因の一つだ。これまでは街の人たちが善意でやってくれていたが、中にはそうではない人もいる。子どもにはその区別がつかなかった。いや、本来はそれを孤児院側が判断し、把握していなければならなかった。全ての人が善人だとは限らないのだから。
「今後は、孤児院側で管理をして街の人たちからも許可なく手伝いをさせることは止めるようお願いするとのことです」
「当然だな」
当たり前のことだ。表向きというのもそうだが、孤児院自体の運営体制にも問題があると言わざるを得ない。それに今更動いたところで、起きてしまったことは変わらないのだ。
「今回の子もとても反省をしていて、食事も喉を通らないと。謝罪をさせて欲しいと懇願されました」
「誰への謝罪だ?」
「私とアルヴィス様です」
「……無理だ」
アルヴィスは呆れを滲ませながらため息をつく。危害を加えた側の人間と会わせろとは、何を言っているのか。それがただの一般人ならともかく、王太子夫妻だ。認められるわけがない。そもそも会ったところで、近衛隊らががっちりと脇を固めるだろう。子どもなど委縮して謝罪どころの話ではなくなるはずだ。
「はい、私もそれはお断りいたしました。そもそもアルヴィス様はお会いできる状態ではないと」
「その言い方は、俺が重病人に聞こえるが」
「今のアルヴィス様は十分重病人です! お怪我だってまだまだ……」
そっとエリナはアルヴィスの腕に触れた。背中の傷に触れないように気を遣っているため、アルヴィスの動きは緩慢なものとなっている。エリナは普段の様子を知っているからこそ、そこに違和感を感じているのだ。
「この怪我は半分自業自得なようなものだ」
「それでも痕が残ってしまうと聞きました」
「背に痕があろうとも気にすることじゃないさ。他の誰に見せる訳でもない」
未婚の女性ならば気にすることではあるが、生憎とアルヴィスは男だ。それに既婚者でもある。妻であるエリナは既に知っていること。ならば、気にすることは何一つない。
「他の誰にも……」
「エリナ?」
「い、いえ⁉ 何でもないですっ」
「?」
微かに声が上ずっているし、どこか顔も赤い気はするのだが一体どうしたのか。アルヴィスが首を傾げて見つめていると、エリナはゴホンと咳払いをした。
「申し訳ありません。話の腰を折ってしまいました」
「それは構わないが……大丈夫か?」
「大丈夫です!」
まだ顔は赤い。だが話が終わっていないのも事実なので、アルヴィスはエリナに話の続きを促した。
結果として、女性の話は受け入れられるものではなかった。今後の為に、子どもに寛容な罰をと望んだのだろうが、それは出来ない。どのような理由があっても、罰さないわけにはいかないのだ。それが出来るのならば疾うにやっている。
「王都へ移送する旨はお話しました。それは避けられないと」
「そうか」
「それと、例の人たちも移動する手はずは整っているとレオイアドゥール卿より伝言を預かっております」
例の人たちとエリナが話すのは、トーグたちのことだ。もう一度話をするべきか。アルヴィスは少しばかり迷っている。現状では許可は下りない。それでも本当にこのままでよいのかと。ちゃんと話をすべきではないかと思う自分がいるのも確かだ。
「何か、気にかかることでもおありですか?」
「……」
「アルヴィス様」
アルヴィスの腕を触れていたエリナの手に力がこもる。話をして欲しい。そう言っているかのように、エリナの目は真っ直ぐにアルヴィスを射抜いていた。アルヴィスはそんなエリナの顏に触れると、苦笑する。
「そんな顔をしなくていい。ただ、迷っていることがある。それだけだ」
「それは……」
何かを言いかけたエリナは首を横に振って口を閉ざす。すると、エリナは自分の頬に添えられていたアルヴィスの手を握りしめた。
「はい。わかりました」
何も聞かずにいてくれるらしい。アルヴィスはそのことに心なしか安堵した。ふぅと息をつくと、エリナがアルヴィスの手を握ったまま固まっていることに気づく。どうしたのかと声を掛ける前に、エリナがアルヴィスの顔を覗き込んできた。
「アルヴィス様……体調が悪かったりしません?」
「いや、いつも通りだが」
「……失礼しますね」
突然、体調を尋ねてきたかと思うとエリナは握っていない方の手でアルヴィスの首元に触れて来る。ヒヤリとした感覚に、アルヴィスの身体はビクリとはねた。エリナの手が冷たいのか。それは否だ。アルヴィスが熱いのだろう。全く意識していなかったのだが、エリナから見たらおかしいところがあったのだろうか。
「熱があります。アルヴィス様、横になってください」
言われてみればそのような気がする。すると突如として今までなんともなかったはずが、急に身体が重く感じた。このままではまずいと、アルヴィスは立ち上がる。だが、一瞬目の前が真っ暗になった。立ち眩みだと思った時には既に遅い。
「アルヴィス様っ⁉」
「痛っ」
ガタン、と手をテーブルにつくと同時に背中に痛みが走る。それ以上の力が入れられず、アルヴィスは崩れ落ちてしまった。辛うじてエリナに支えられる形となって何とかテーブルへ激突するのは免れる。その時、物音に気付いたのか、部屋の扉が勢いよく開けられてバタバタと足音が駆け寄ってきた。
「エリナ様、どうされましたっ? 殿下⁉」
「サラ、手を貸して! アルヴィス様をベッドまでお運びしないと」
「は、はいっ」
サラとエリナに支えられながら、アルヴィスはベッドへと横になる。自分で頭に触れてもなんとも感じないが、それでも気怠さは確かにあった。何よりも先程の醜態が体調の悪さを物語っている。先程までなんともなかったはずなのだが、こうして自覚した後の身体は正直だった。
「すまない……」
「いえ、私の方こそ気が付かずに申し訳ありません」
「エリナが謝ることじゃないさ」
寝るには早い時間だが、怠いと訴えて来る身体には逆らえない。アルヴィスは目を閉じる。そうしていれば、次第に眠気が迫ってくる。
「アルヴィス様?」
「……悪い、少し寝る」
「はい。お傍におりますので、お休みくださいませ」
そんなエリナの声を聞きながら、アルヴィスの意識は落ちていった。
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