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【Web版】従弟の尻拭いをさせられる羽目になった  作者: 紫音
第二部

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15話

 

 アルヴィスの話はここまでだ。少しだけ胸の奥が痛むのは勘違いではないだろう。あの出来事はアルヴィスにとって忘れることの出来ない大きなものだった。特に、彼女の最期の言葉は。忘れようとしたこともある。でも不意に脳裏に響いてくるのだ。アルヴィスさえいなければ、死なずに済んだ人のことを。

 ゆっくりと深呼吸をして、アルヴィスは隣に座っていたエリナを見る。すると、エリナはぽろぽろと涙を流していた。


「エリナ?」

「っ……も、申し訳ありませんっ。でも……悲しくて……」


 エリナが泣くような場面があっただろうか。怖がるならば理解できるのだが、泣かせるような話ではなかったはずだ。困惑したままのアルヴィスをよそに、エリナの涙は止まらない。

 エリナに触れようと手を伸ばしたアルヴィスだったが、ふと己の両手が血で染まったように見えた。無意識とはいえ、アルヴィスはあの時自分が何をしたのか理解している。激情に駆られて、力を思いのままに揮った結果に起きたことを。あの時、自分の力に恐怖した。剣を取って戦うことを選択し、騎士を志したのも原点はそこにある。騎士として、己を律していればもうあのようなことにはならないと。

 マナの操作も必死で制御できるように訓練した。今では、マナ操作について近衛隊の中でも随一であるアルヴィス。それはそこに至るまでの努力が実った結果だと思っている。

 だが、だとしても過去は変えられない。アルヴィスが行った結果がなかったことにはならない。そんな自分が為政者として、王となることが本当に良いのか考えなかったわけでもない。しかし、それもすべて背負わなければならない。ここでエリナに罵倒されても、非難されたとしても進む道はもう変わらない。既に、背負うことを決めたのだから。


「サラを呼んでこよう。少し待っていてくれ」


 一緒にいない方がいいだろうと、アルヴィスが腰を上げる。しかしそれは寸前で止められた。エリナがアルヴィスの手を引っ張ったからだ。

 あの話をした後で、エリナが自分に触れてきたことにアルヴィスは戸惑い、手を退こうとした。だが、エリナはさらに力を込めてギュッと手を引っ張る。すると、その勢いのままベッドへと倒れこんでしまった。


「っ……」


 柔らかいとはいえ、まだ怪我をしているアルヴィス。ベッドに倒れこんだ衝撃で背中に痛みを感じ、目を閉じて息を詰める。だが、近づく気配に目を開けるとそこには涙を目にいっぱい溜めたエリナの顏があった。


「エリ――」


 そのまま唇を塞がれる。驚きに目を見開いているが、エリナが離れることはなかった。アルヴィスは目を閉じてその温もりに身体を委ねる。

 どれだけの時間だったかはわからない。ゆっくりとエリナの唇が離れていく。と同時にアルヴィスも目を開けた。


「エリナ?」

「私は貴方を愛しています。悲しくて強くて……けれど優しくて少し臆病な貴方を」

「……」

「その想いはシュリさんに負けません」

「何を、言っているんだ?」


 シュリはアルヴィスを利用しただけで、結果的に利用されたまま殺された。アルヴィスは確かにあの時、彼女を愛していた。だが、彼女はそうではなかったはずだ。最期の言葉がそれを示している。アルヴィスを恨みながら亡くなったのだから。

 エリナの言葉が理解できなくて、アルヴィスは混乱する。しかし、エリナはゆっくりと首を横に振った。


「私にはわかります。同じ人を愛したから。それに……囚われていた時に彼から聞いた言葉もあります」

「トーグ……か」

「はい。きっと、シュリさんはアルヴィス様に自分のことを忘れて欲しかったのでしょう。この先、自身のことが負い目にならないようにと酷い相手だったと思ってほしかったのだと思います」


 それは希望的観測でしかない。そのようなこと信じられなかった。シュリはアルヴィスを利用していた。命令されたからそうしただけだと、彼女は言っていたのだ。彼女からアルヴィスに向けられた言葉は全て偽りだと。

 アルヴィスに近づいてくる人間は、家族以外は全て自分を利用しようとする者たち。それ以外の人がいるのかと信じていたところに彼女の真実を聞かされた。つまりは彼女もその一人だったと。その彼女がアルヴィスを想っていたなどとあるわけがない。


「いや、あり得ない」


 エリナの言葉がアルヴィスには信じられない。あの状況で嘘を言う必要はない。死ぬ間際だったからこそ、真実を伝えた。その方がよほど信ぴょう性があるというものだ。


「もう死んでしまうからこそです。アルヴィス様……女性は、本当に愛した人の為ならば憎まれてもいいのです。それで愛する人が生きていてくれるならば」

「……」

「きっと、弟さんには本当の想いを伝えていたのだと思います。だからこそ、アルヴィス様の妻となった私が許せなかったのでしょう。アルヴィス様の相手はシュリさんであるべきだと」


 アルヴィスは眉を寄せた。トーグの言葉こそ信じられない。エリナを攫い、殺そうとした男だ。アルヴィスを狙うならば理由はわかる。むしろ恨まれて当然だろう。シュリからもトーグの話は聞いていた。二人きりの姉弟。必然と絆は強くなっていくものだ。アルヴィスとシュリの関係についても、不満そうに見つめていたこともあるほどだ。邪魔をしてくることこそなかったが、認めていたとは到底思えない。


「シュリさんは、アルヴィス様に生きて欲しかったのですよ」

「……」

「恨んでなんていません、絶対に。アルヴィス様と二人で過ごした時間は、本物だったはずです」


 絶対。エリナは断言する。そう簡単に信じることは出来ない。彼女はアルヴィスと出会わなければ、もっと長く生きていられたはず。いや、アルヴィスがベルフィアス公爵家に生を受けていなければ巻き込まれることなく……。

 そこまで考えてアルヴィスは頭を振った。もしもの話などしても仕方ない。それはエリナの言葉も同じだ。エリナはシュリではない。いや、シュリの想いなど誰もわかるはずがない。そしてそれはアルヴィスも同様だ。


「俺には……わからない」

「アルヴィス様、シュリさんとの思い出は他にもあるのではありませんか? 一緒に笑ったことも怒ったことも、アルヴィス様が共にいて楽しいと思っていたことだって沢山あるはずです」


 そう言われてハッとする。シュリとの思い出のことなど思い出したことはなかった。それは全てあの日のことに塗り替えられてしまっていたから。いつも思い出していたのは、あの憎しみの込められたものでしかなかった。


「お話ししてください、もっと。私は聞きたいです。アルヴィス様の話を。どんなことだっていいですから」


 そうすれば思い出せるはず。悲しい記憶だけじゃなく、楽しい記憶も。そのようなことを言われたのは初めてだ。当時のことは、誰も触れず聞かずにいてくれた。それはきっと周囲の人たちの優しさだった。

 その優しさに甘えてはいけない。自分だけはあのことを忘れてはいけないと、己を戒めながらアルヴィスは生きてきた。でもそれだけではいけなかったのかもしれない。


『過去を忘れる必要はありません。ですが、今を、未来を大切にしてください』


 レオナの言葉を思い出す。彼女もアルヴィスを見守り続けてくれた一人。当時のアルヴィスのことを両親よりも知る人物だ。彼女は、アルヴィスがどこか意固地になっていることに気が付いていたのかもしれない。


「……忘れる必要はない、か。そうかもしれない。俺にとってはシュリが憎んでいるのは当然であって、それ以外の思い出はなかったことにしたかった」

「それだけ……シュリさんはアルヴィス様にとって大切な人だったのですね」

「あぁ……大切、だった……」


 エリナの言う通りだ。それだけ存在が大きくなっていた。だからこそ、彼女の死の原因となったことも、彼女に利用されていたことも許せなかった。彼女も、アルヴィス自身でさえも。

 そっとエリナがアルヴィスの目元に触れる。何かを拭われて、初めて気付いた。自分が泣いていることに。


「アルヴィスさま……泣いて……」

「そうか、俺は……」


 きっと誰かに肯定して欲しかったんだろう。シュリとの思い出が嘘ではないと。あの時の全てが偽りではなかったと。憎しみじゃない想いがそこにはあったと、そう言ってほしかった。

 そのまま目を閉じていると、エリナがアルヴィスを抱きかかえて来る。


「沢山泣いてください。その時に泣けなかった分まで。私がお傍に居ますから」


 大人になってまで泣きわめくことはしない。だが、アルヴィスはそのままエリナの腕の中から動かなかった。今はただ、このままでいたい。そう思いながらアルヴィスは身を委ねるのだった。


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