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14話

当初から考えていたアルヴィスの過去の重たい部分です。

分けようかと思いましたが、一気読みの方がよいかとそのままにしました。

勢いのままはいつも通りです。

 

「……俺が当てもなく街に出ていた夜、酒場で俺より少し年上の少女が働いていた」


 何か目的があったわけではない。フラフラとしていたところに、少女が動き回っているのが見えて違和感を抱いた。その姿に目を奪われていたのだろう。立ち尽くしていたアルヴィスに少女が声を掛けてきた。それが、アルヴィスとシュリータの出会いだった。


「今思えば、元々それが目的だったのだとわかる。俺が……うろついていることも既に知られていたのだろうな」


 多少、服装を変えた程度では隠すことは出来なかったとも言える。子どもの浅知恵でしかない。暗がりであっても、明るい髪色はとても庶民には見えなかったことだろう。尤も、アルヴィスからすればそういった輩に絡まれたところで、憂さ晴らしになって丁度いいという程度にしか考えていなかった。そういう意味でも、本気で隠すつもりがなかったのは間違いない。


「会う度に他愛ない話をたくさんした。といっても、向こうが話すだけで俺は聞いているだけだった。自分が貴族だという自覚はあったからな……素性を含め、自ら晒すわけにはいかない、という程度の殊勝さはあったらしい」

「アルヴィス様……」


 多少自虐的な言い方をしたせいか、エリナが悲し気にアルヴィスを見ていた。あまりにもエリナとは違い過ぎる。この時、エリナは妃教育で必死に過ごしていた頃だろう。正反対どころか、アルヴィスに至っては不良だと言われても否定することは出来ない内容だ。


「彼女には家名がない。それでも関係なかったし、逆にそれがいいとも思った。もし、俺がここで不祥事を起こせば、俺を推す声は消えるだろうからな。それに何よりも……彼女の傍は心地よかったんだ」


 これまで思い出そうとはしなかった彼女との思い出。それは同時に己の愚かさと、死なせてしまった後悔。そして彼女の最後の怨嗟を思い出すから。だがそれを言い訳にしてはいけない。


「彼女は何も聞かず、ただ明るく笑って傍にいるだけ。たぶん、眩しかったんだろうな。そちらに行けないことを、俺は知っていたから」


 そんな日々を過ごして、少しだけぬるま湯につかった状態でいた時、事件は起きた。

 彼女が、アルヴィスを誘ったのだ。彼女がいる仲間たちのところへ共に行こうと。全てを捨てて、自分と一緒に生きていこう、そう彼女はアルヴィスを優しく抱きしめながら告げた。

 だが、アルヴィスはこれを受け入れることは出来ない。自分だけを捨てることは出来る。だが、それ以外を捨てる。その選択がアルヴィスには出来なかった。そこが彼女とアルヴィスの境界線だったのかもしれない。

 アルヴィスは目を閉じた。浮かぶのは、あの時の光景だ。





『ねぇ、アル。このままずっと一緒にいよう。そうしたら――』

『ごめん。それは、出来ない……』

『どうして? だってそこにいたらアルはまた……なのにどうして?』


 どうしてと言いながらも、どこか必死に説得しようとしている様子だった。そこに違和感を抱かなかったわけではない。彼女はどうしてもアルヴィスを引き入れる必要があった。まさか断られるとは思わなかったのだろう。驚きと焦り。驚くのは置いておくとしても、焦る意味がわからなかった。

 そうしてそのまま手を引かれ連れていかれた先は、波止場にある倉庫。


『へぇ、失敗したんだな』

『し、してない! だってアルは私と一緒にいるじゃない』

『その割には、そいつの面が納得してないって言ってるぜ』


 ここまで付いてきたのは、その背後にある存在を見ておきたかったから。そして、その顏を見てアルヴィスは納得してしまった。全ては()()()()()()()()()のだと。


『そうか……そうだったんだな。全部、侯爵が仕組んだってことか。つまりは君も……』

『そうよ! 貴方が公子だからよっ! それ以外に貴方を求める理由なんてないわっ』


 彼女の叫ぶような声。それを聞いてスッと頭が冷えていく。どこまでもそういうことなのだと、思い知らされたからだ。結局、アルヴィスはただ道化を演じていただけに過ぎないと。


『なるほどな。噂通りの愚か者ではないってことか。面白い』

『……』

『その女じゃ、物足りなかったかい? ならもう少し上等な女を用意するべきだったか』

『女、か』


 姦計に使うこととしては常套手段の一つ。だが、他の誰を用意しようともアルヴィスの答えは変わらない。


『誰を寄越そうとも、僕の考えは変わらない』

『ハッ、そこは貴族の甘ちゃんだな。この状況でそれがまかり通ると思ってるんならなっ』


 近づいてきた男はそのまま拳を振り上げると、アルヴィスの顔を殴った。勢いのまま後ろに飛ばされたアルヴィスは、口の中が切れたのか鉄の味が広がる。口の中にたまった血を吐き出すと、手の甲で口の端に残った血を拭った。


『僕を殺す、か?』

『それもいい。行方不明ってことにして売り飛ばすのもいいしな。お前の顏なら多少傷があっても、いい値で売れるだろう』

『……奴隷売買は禁止されている、と言ったところで意味はない、か』

『少しは恐怖とか顔色変えたりしないのかよ……ガキのくせに、妙に肝が据わってるやつだな』


 そもそもガキに姦計を企てようとする辺りで間違っていると思うが、それは口にしない。恐らく、アルヴィスの基本情報など知っているのだろう。アルヴィスが、母とあまり接していないことも。そして、両親からの愛に飢えているだろうということも。

 アルヴィスの呟きに、相手の男の方が驚いていた。それはそうかもしれない。今、アルヴィスの状況は途轍もなく悪い。こちらに味方はいないが、相手は薄暗くて見えないものの男の他にも数人はいるようだ。だが、この状況もアルヴィスにとっては恐怖を感じるものではなかった。別に構わないとも思っている。ここで死んでも構わない。本気でそう思っていた。味方がいないなら、アルヴィスを庇う人もいない。相手の矛が向けられるのは、アルヴィスだけなのだから。

 動こうとしない相手に、アルヴィスは笑いかけた。


『どうした? 殺らないのか?』

『……』


 挑発とも取れるアルヴィスの態度に、男はナイフというには長めの武器を構える。


『大人しく傀儡になっていればいいものを……あの世で後悔するんだな』

『……しない。それだけは』


 後悔するとすれば、何も言わずに逝くことだけだ。あの幼馴染は怒るだろうか。もしかしたら飛んで帰ってくるかもしれない。だが、アルヴィスがいなくなれば彼らはきっと兄の下にいく。そうすれば、その未来も拓けるだろう。そのまま目を閉じて、その時を待っていた。だが、それは訪れることはなく、バタっと何かが倒れる音を聞いてアルヴィスは目を開ける。


『……え……』

『……クックック、アーハッハッハッハ』


 頭を押さえて笑い出す男。その手にあるナイフには血が付いている。何が起きたのかわからず、アルヴィスは足下にあるその姿を見て絶句した。


『……あ……シュ、リ……』

『な、んで……わ、たし……が』


 アルヴィスが慌てて抱き寄せると、力が入らない腕でそれが振り払われる。そして、キッと強く睨みつけるようにアルヴィスを見た。


『あ、んたの……せい、だ……どうして、わたしが……あ、んたなんかと、会わなきゃ……よかった……ほんとに、会わなかったら……こんな、おも……』

『……』


 怒りながら、泣いていた彼女は、そのまま瞳を閉じた。


『そうそう、その表情だよ。いい顏だ。それを待ってたんだよっ!』


 そのまま振り下ろされたナイフをアルヴィスは左手で掴んだ。ぎゅっと握りしめれば、そのまま血が流れて来る。それさえもどうでもいい。己の中にある衝動のまま、マナを放出して男の腹へと右手拳を叩き入れた。そこから先はうろ覚えだ。気が付いたら、倉庫には立っている人は誰もいなくなっていた。何が起きたかなど、考えるまでもない。アルヴィスは彼女の亡骸だけを抱えると、近くの墓地に彼女を葬った。

 その日は夜が明けるまで雨が降っていた。雨宿りをするでもなく、ただ彼女の墓の前で立ち尽くすだけ。そんなアルヴィスを迎えに来たのはリティーヌだった。彼女のことをリティーヌは知っていた。だがどうしてここがわかったのかは知らない。雨で多少は流されていたが、乾いた血と泥で汚れた服、そしてアルヴィスの表情。それを見てリティーヌは放置できないと思ったのか、微動だにしないアルヴィスを背負ってレオナのいる別邸へとアルヴィスを引っ張ってきた。


 着替えを済ませたアルヴィスは、リティーヌによって中庭へと連れていかれる。そこにいたのは、まだ幼い異母弟妹たち。アルヴィスが来ていることに気付くと、弟妹たちは笑いながらアルヴィスの手を引っ張ろうとする。その瞬間、真っ赤な血がいっぱいに広がってアルヴィスは思わず手を引き、彼らの傍から離れたくて逃げ出した。

 夢中で逃げているとレオナの別邸から出てしまっていた。すると、慌てた様子のナリスたちと遭遇してしまう。まだ顔を合わせたくないと思ったアルヴィスだったが、彼女たちの姿を見て言葉を失った。


『良かっ……良うございました』

『……ナ、リス』


 いつもきちんとしている服装は乱れて、目の下にはクマが出来ている。恐らく寝ていないのだろう。それはナリスだけじゃないようだった。涙を浮かべてナリスはアルヴィスを抱きしめた。身体を引こうとしたが、想像以上に強い力で抱きしめられて身動きが取れなくなる。


『心配しておりました。王女殿下から大丈夫だとは言われておりましたが、こうしてちゃんとお姿を見ないと』

『……ぼ、くは……』

『坊ちゃん? あ、坊ちゃん⁉ 酷い熱が――』


 アルヴィスの記憶にあるのはそこまで。その後も、この数日についてナリスたちから問いかけられたことはない。リティーヌとレオナがそれとなく伝えてくれているのはわかったが、どういう説明をしたのかも聞かされていない。




どこかで彼女視点のも描くつもりです。


誤字脱字報告、いつもありがとうございます!

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